メインコンテンツへスキップ
見出し画像

記|今さら新しいものを好きになるなんて。相手はVTuberだった

    ある夜、私はひとり自室でスマートフォンを眺めていた。

    画面の中では、水色の髪をしたアニメ調の女の子が、ガンダムについて熱く語っている。

    50歳を目前にしたサラリーマンが、深夜にこんな動画を見続けていていいのか。

    正直、よくわからなかった。

    ただ、やめることができなかった。

    一本だけのつもりだった。
    でも関連動画を開き、さらに次を開き、気づけば日付が変わっている。

    翌朝の会議準備はまだ途中だった。

    それでも、画面から目が離せなかった。

    これが、VTuberという世界との最初の出会いだった。


    新しい「好き」が減っていた

    私は、音楽を聴くことも、作ることも、演奏することも好きだ。
    マンガも読む。推理小説も読む。ガンダムも好きだ。ラジコンも好きだ。廃墟やダム、B級スポットを訪ね歩くようなことも、昔から好きだった。

    趣味に割く時間は、かなり大切にしてきたという自負があった。

    ただ、歳を重ねるにつれて、少しずつ変わってきたことがある。

    家庭を持ち、仕事上の役割も増え、昔のようにフットワーク軽くあちこちへ動き回ることは、なかなか難しくなっていた。

    音楽やマンガ、小説なども、気づけば新しいものを開拓するより、昔好きだったものをもう一度味わい直すことが増えていた。

    それはそれで、悪い時間ではない。

    かつて好きだった作品には、何度戻っても安心できる居場所のようなものがある。

    昔好きだった音楽を聴けば、その頃の自分に一瞬で戻れる。かつて読んだマンガを読み返せば、忘れていた感情がふっと蘇る。

    ただ、その一方で、どこかで薄々感じていた。

    最近、新しいものを好きになっていないな、と。

    もちろん、新しいものを見なければいけない、などと思い始めると、それはもう趣味ではない。新規開拓は義務感でやるものではない。

    だからこそ、余計に進まない。

    趣味の時間は大切にしている。
    でも、その中身には、どこか停滞感があった。

    そんな私が、50歳を手前にして、久しぶりに「新しいものを好きになる」という経験をした。

    その入口になったのは、昔から好きだったガンダムだった。


    ちょっとだけ見てみるか

    2025年放送の『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』。

    昔からガンダム好きだった私は、この作品にかなり本気でハマっていた。

    先行公開の劇場版は気づけば4回観に行き、テレビ放送も毎週リアルタイムで追いかける。放送後はYouTubeやSNSで感想を漁る。

    文字どおり「作品を浴びる」みたいな感覚になっていた。

    ただ、それはまだ、自分にとって馴染みのある世界だった。

    ガンダム。
    昔から好きだったもの。
    安心して夢中になれる場所。

    そんなある日、ふと気づいた。

    エンディングテーマが、頭から離れない。

    毎話、次はどうなるんだと心を乱される終盤で流れてくるあの曲。
    気づけば鼻歌になっていた。

    誰が歌っているんだろう。

    調べてみると、VTuberが歌っているらしい。

    「星街すいせい」。

    名前は初めて聞いた。

    VTuberという言葉自体は知っていた。
    でも、それは「存在を知っている」という程度だった。

    正直に言えば、少し距離を置いていた世界でもある。

    私たちの世代には、「大人がアニメのキャラクターに夢中になるのは、ちょっと恥ずかしい」という空気がどこかにあった。

    少なくとも、私はそう感じ取っていた。

    ガンダムやマンガを楽しむことと、キャラクターを応援する、いわゆる”推す”ことは別のものだと、勝手に線を引いていた。

    私は、そういった世界を嫌っていたわけではない。

    ただ、なんとなく、「踏み込みにくい場所」だと思っていたのだ。

    ……ちょっとだけ見てみるか。

    そう思ってYouTubeを開いた。

    今思えば、あの瞬間に、すでに小さくも新しい扉が開いていた。


    この人のことを、もっと知りたい

    最初はMVだけ見るつもりだった。

    ところが、おすすめ欄に一本の動画が出てきた。

    「ジークアクスを楽しむために、1stガンダムを履修するすいちゃん」

    動画の中で彼女は、『ジークアクス』をもっと楽しむために、初代ガンダム全43話を履修し始めていた。

    社会人になるとわかる。

    43話という数字の重さが。

    仕事があって、家事があって、日々やることに追われる中で、スキマ時間をかき集めながら作品と向き合うこと。それは、軽い気持ちでは続かない。

    しかも、劇場版三部作で済ませるのではなく、TV版を一話ずつ味わっている。

    「本当に楽しみたいから、ちゃんと知りたい」

    そんな姿勢が、画面越しに伝わってきた。

    この人は、中途半端に楽しんでいないのだと思った。

    しかも彼女は、ただ観ているだけではなかった。

    「これは正義と悪の話じゃなくて、信念同士の衝突なんだ」

    そんなことを自然に語り始める。

    一方で、推しキャラについて話し始めると、急に「当時絶対人気だったでしょ!」とテンションが上がる。

    分析眼とメロつく心が、同じ人の中に同居している。

    全力で楽しみ、楽しそうに「楽しい」と言える人。

    その人間味が、妙に魅力的だった。

    いつしか私は、「星街すいせい」としてではなく、同じガンダム好きの「すいちゃん」として動画を見ていた。

    コメント欄には、

    「すいちゃんがガンダム語ってくれて嬉しい」

    という声が並んでいる。

    ああ、自分だけじゃないんだ。

    そう思った瞬間、次の動画へ進むハードルが、少し下がった。


    続けていい理由が欲しかった

    すいちゃんを見終えると、今度は「みこち」ことさくらみこへ。

    さらに宝鐘マリンへ。

    みんな全然違う。

    みこちは天然で危なっかしくて、でも妙に応援したくなる。
    マリン船長は、とにかく喋りがうまい。

    ふと気づいた。

    ガンダム関係なく、楽しめている。

    その瞬間、急に我に返った。

    ……待てよ。

    自分みたいなおじさんが、このままVTuberにハマっていっていいのか?

    家族にはどう説明する?

    会社の同僚に知られたら?

    50歳手前にもなって、自分はどこへ向かおうとしている?

    そんな問いが、頭に浮かぶ。

    でも今振り返ると、私は「やめる理由」を探していたのではなかった。

    「続けていい理由」を探していた。

    なぜなら私は、迷いながらも、次の動画を探していたからだ。

    「これはまずいかもしれない」と思いつつ、スマホをスクロールしている。

    もう答えは出ていた。

    だったら、一回ちゃんと飛び込んでみよう。

    50歳手前で、新しい世界に。


    本音を言えば、可愛いのである

    沼に飛び込んでみると、そこは思っていたよりずっと豊かな場所だった。

    VTuberの何が面白いのか。

    しばらく沼に浸かってみて、私は「人間味」なのだと思った。

    こちらが見ているのは、アニメ調のアバターだ。
    なのに感じるのは、「キャラクター性」より、むしろ強烈な人間味だった。

    それはVTuberという仕組み自体に、少し独特なところがあるからなのかもしれない。

    アバターがあることで、見た目の条件は一度均一化される。

    でもその一方で、雑談の空気感や、笑い方や、言葉の選び方、誰かへの気遣いみたいな「中身」は、むしろ強く滲み出てくる。

    だからなのだと思う。

    VTuberを見ていると、「キャラクター」を見ているというより、「人」を見ている感覚になるのは。

    すいちゃんが、ガンダムを本気で楽しむために労を惜しまなかったこと。
    みこちが、失敗しても笑われても、前へ進み続けてきたこと。
    マリン船長が、自分の苦労さえも明るく笑えるエンターテインメントに変えてしまうこと。

    もちろん、こちらには想像できることも、想像しきれないこともある。

    でも、圧倒される面白さの裏には、やはり何かしらの腹の括り方があるのだと思った。

    中途半端なものでは、人はそんなに長く惹きつけられない。

    そして、そういう世界で長く愛される人たちは、やはり人間味のある人たちなのだと思う。

    歳を重ねるほど、「人間って面白い」と思うようになる。

    VTuberは、その人間味をこんなにも強く感じられる場所だった。

    しかも毎日のように、新しい動画や配信が供給される。

    これはもしかすると、自分の人生後半を豊かにしてくれる趣味になるかもしれない。

    ……と、ここまで考えて、私は少し苦笑した。

    我ながら、ずいぶん綺麗にまとめたな、と。

    本当は、もっとシンプルな理由もある。

    可愛いのである。

    理屈より先に、ときめいていた。

    気づけば、街を歩いていても、店の中を眺めていても、二次元の女の子の絵が以前よりずっと目に入るようになっていた。

    以前なら通り過ぎていたはずのものに、ふと目が留まる。

    そこに「可愛いものがある」という、少し前向きな期待感のようなものが生まれていた。

    明らかな変化だった。

    もちろん、「人間味が面白い」というのも本当だ。

    でも、「可愛いもんは可愛い」というのも、同じくらい本当だった。

    ただ、おじさんは、それを堂々と口にしづらい。

    「可愛い」と言うだけで、少し警戒される気がする。

    だから私は、こう折り合いをつけることにした。

    建前では、「VTuberは人間味が面白い」と語る。

    でも本音では、「可愛いもんは可愛い」と思っている。

    その両方が本当だ。

    これが、私なりの、幸せなVTuberの推し方になっていった。


    おじさん、東京駅で迷子になる

    そして私は、次のステップへ進むことになる。

    欲しくなったのである。グッズが。

    アクリルスタンド。
    ぬいぐるみ。
    キーホルダー。

    これまでの人生で、ほとんど縁のなかったものたちだ。

    ただ、オンラインショップを眺めるだけで、なかなか買えない。

    どれを選べばいいかわからない。
    実物のサイズ感もわからない。

    ……いや、本当は違う。

    まだ怖かったのだ。

    そんな私の背中を押してくれたのは、娘だった。

    ある日、家族でショッピングモールへ出かけた時、ゲームコーナーでホロライブのぬいぐるみを見かけた。

    「あ、これ、あのガンダムの歌の人の仲間たちらしいよ」

    私がそんな話をすると、娘は「ふーん」と言いながら、ぬいぐるみをじっと見ていた。

    それからしばらくたった別の日、妻と娘が「パパにお土産!」と言って、ホロライブのメモ帳を渡してくれた。

    「あのガンダムの歌の人たちだよね?」

    その言葉が、妙に嬉しかった。

    ああ、前にちょっと話したことを覚えていてくれたんだ。

    それは、娘がホロライブに詳しくなった、ということではないと思う。

    ただ、「パパが最近ちょっと気にしているもの」として、覚えていてくれた。

    そのことが嬉しかった。

    そして私は決意した。

    一回、ちゃんとグッズショップに行ってみよう。

    調べると、東京駅にホロライブ公式ショップがある。

    ただ、休日は怖い。

    なので私は、「平日午前なら空いているはず」という、妙に綿密な計画を立て始めた。

    何時に到着するか。
    開店直後は逆に目立つのではないか。

    50歳手前のおじさんが、ホロライブショップ入店計画を立てている。

    冷静に考えると、かなりおもしろい。

    しかし当日の私は、本気で緊張していた。

    東京駅に着く頃には、心臓が少し速くなっている。

    そしてついに、ショップ前へ到着した。

    客は少ない。

    なのに、「入るぞ」と思った瞬間、視界がキューっと狭くなる。

    久しく味わっていなかった緊張だった。

    私は大人としての余裕を完全に置き忘れたまま、店内へ突入した。

    悩みに悩んだ末、アクリルスタンドを購入する。

    星街すいせい。
    さくらみこ。
    宝鐘マリン。
    白上フブキ。
    猫又おかゆ。
    白銀ノエル。

    合計、一万円超え。

    「この出費を躊躇しないために、私は会社員として出世してきたのだ」

    そう自分に言い聞かせながらレジへ向かう。

    すると店員さんが言った。

    「ノベルティのショッパー、お付けしますか?」

    意味もわからず「はい」と答えた次の瞬間。

    巨大なホロライブの紙袋が出現した。

    かなり全面ホロライブである。

    私は思った。

    ……これを持って東京駅を歩くのか?

    その瞬間、羞恥心が爆発した。

    私は地下通路をさまよい、お手洗いへ駆け込んだ。

    個室で、アクスタをカバンへ収納する。

    問題はショッパーである。

    カバンに入らない。折りたたむべきか。
    しかしそうすると、限定ノベルティの価値は落ちないか。

    東京駅のトイレ個室で、「恥ずかしさ」と「限定ノベルティ価値」を天秤にかけるアラフィフ。

    人生、何が起きるかわからない。

    ようやく落ち着いて外へ出た時、私はさらに気づいた。

    ここ、どこだ?

    動揺しすぎて、東京駅で迷子になっていた。

    壁の案内板を見ながら歩き回り、やっと現在地を把握できた時、私は少し笑ってしまった。

    まだこんなふうに、自分は動揺できるんだな、と。


    今さら新しいものを好きになるなんて

    その後、私は家族と、星街すいせいが出演するフェスイベントにも行ってみた。

    ライブが始まり、彼女が最初に歌ったのは、『ジークアクス』のエンディングテーマだった。

    あの夜、私を沼へ引き込んだ曲。

    私は客席で、不思議な気持ちになっていた。

    最初は、「ちょっと見てみるか」くらいだった。

    そこから、恥ずかしさに戸惑い、言い訳を探し、東京駅で迷子にもなりながらグッズも買ってみた。

    そして今、私は、目の前で人生を賭けてステージに立つ彼女を見に来てまでいる。

    私は静かに思った。

    ああ、自分は久しぶりに、「新しいものを好きになる」という体験をちゃんとやっているんだな、と。

    歳を重ねると、人はだんだん失敗しなくなる。

    恥をかかなくなる。

    「自分はこういう人間だから」と、歩む道を整理し始める。

    でも本当は、まだ知らない景色はいくらでもあるのかもしれない。

    帰り道、娘と手をつなぎながら考えていた。

    もし将来、娘が何か新しいものに挑戦しようとし、でもどうしよう、と悩む日が来たら。

    その時私は、少し胸を張って言える気がする。

    大丈夫。

    パパなんて、50歳手前でVTuber沼に飛び込んだから。

    しかも、東京駅で迷子になったから。

    でも、思い切って飛び込んで、本当に良かったと思ってる。

    思えば、すべてはガンダムのエンディングテーマから始まった。

    耳から離れない旋律を追いかけて、私は知らなかった世界の扉を開いた。

    そして気づいた。

    50歳手前で飛び込んだ新たな沼は、思っていたより、ずっと豊かだった。

    この記事が参加している募集

     
     
    中間管理職。ホロライブ/VTuberにハマっていく体験記や考察を語る「飛びこめ!VTuber沼」を発信。

    あなたへのおすすめ