余白の景色|「どんぶらこ」のその先へ|シロクマ文芸部
借りた本
「おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきました。」
誰もが一度は聞いたことがある、桃太郎の一場面ですね。
今、どんな景色が浮かびましたか?
おばあさんだから、白髪でしょうか。
昔話だから、着物を着ているでしょうか。
川は広い?
それとも、向こう岸がすぐそこに見えるくらい?
大きな桃って、どのくらい?
両手で抱えられるくらい?
それとも、おばあさんが腰を抜かすほど大きい?
空は晴れているでしょうか。
「どんぶらこ、どんぶらこ」
この言葉だけで、水に浮かんだ桃がゆらり、ゆらりと揺れながら流れてくる景色が浮かんできます。
でもきっと、あなたが見た桃太郎の景色と、私が見た景色は違っています。文字には、そこまで書いてありません。
書いていないところを、私たちは想像を膨らませて読んでいます。
私は子どもの頃、図書館が大好きでした。
たくさんの本が並ぶ中で、
「好きなものを選んでいいよ」
と言われるのがうれしかった。
背表紙を眺めて、気になった本を引っぱり出す。
表紙を見て、また棚に戻す。
やっぱり気になって、もう一度手に取る。
そうやって選んだ本を抱えて家に帰る途中で、待ちきれずに開いた日もありました。
本を開けば、少しの挿絵と、文字だけです。
なのに、読んでいるうちに景色ができる。
登場人物の顔ができる。
声まで聞こえてくる。
「怒った」と書いてあっても、怒り方はひとつじゃない。
大きな声で怒ったのだろうか。
悲しそうな顔で怒ったのだろうか。
本当は泣きたいのを我慢していたのだろうか。
書かれていなければ、想像するしかありません。
この人は、どんな気持ちだったんだろう。
物語を読むとき、私たちは知らないうちに、そんなことを何度も考えています。
映像が悪いわけではありません。
映像には、映像だから伝わるものがある。
でも、文字には文字にしかない余白があります。
その余白に、自分で景色を描いたり、誰かの気持ちを想像したりする。
私は、子どもたちにもその楽しさを知ってほしいと思います。
さて。
今日は、どんな世界を借りて帰ろうかな。
*******
最後まで読んで下さってありがとうございました。
サムネのちょっとしたいたずら気づいていただけましたか?
よろしかったら、また別の作品もお願いします。
