
大人になるな!〜人間いつまでも少年少女
小学生の頃、とあるアニメにどハマりし、
忍者になって里を守るべく、チャクラを練る修行をしていた。
そう、ナルトだ。
ナルトでは、最初、
足裏にチャクラを集中させ、
歩いて木に登る修行がある。
俺はその頃、家の外壁の急斜面を
駆け上がって登る修行をしていた。
ミーンミーンミーン
耳障りな蝉の音も
当時の俺は脳内で声援に変えることができた。
手に石を持ち
登れたところに線を引いていく。
来る日も来る日も修行に勤しみ、
気づけば車庫の上まで
登れるようになっていた。
今思えば、そんなことができるようになったって
なんの意味もない。
でも、あの頃の俺は本気だった。
大人になるにつれて、
人は“意味”を求めるようになる。
子どもというのは、
純粋で好奇心旺盛
好きなことに夢中になれる
時間を忘れて目一杯遊ぶ
新しいことに挑戦する
好きを隠さない
他人の目なんて全く気にしない。
では大人はどうだろう。
大半は
正しさや責任感でそれらを殺してしまう。
なぜ大人は夢を隠すのか
挫折や正しさ、責任感に押され、
“失敗しないこと”が優先になっていく。
他人の目を気にして
なかなかやりたいことに踏み出せない。
子どもの頃は、
無謀そうなことでも、
自分がやりたいと思ったらやってみるのが当然だった。
しかし大人の世界は
人が無謀そうなことをやっていると、
批判したり、水を差したりしてしまう。
(もちろん、皆がそうだというわけではない)
子どもは、無責任だから夢を見られるのかもしれない。
だが、大人は
“自分で責任が取れる”からこそ、
本当はもっと自由に挑戦できるんじゃないだろうか。
大人になることは
夢を諦めることじゃない。
責任を持ちながら、
好きなことに本気になれるということ。
人間、いつまでも少年少女でいい。
子どもの頃に全力になっていた
無駄
無意味
非効率
なことが、人生を豊かにしていたのかもしれない。
大人になると、一度の失敗や挫折で
現実を見て辞めてしまうことが多い。
自分にはできないという現実。
でもそれはただの一つの現実に過ぎない。
あえて腹の奥の方にある
剥き出しの言葉で表現するなら
一つの現実を見て、
現実を知った気になってんじゃねーってばよ!
できない現実を知ったなら、
できる現実を探すんだってばよ!
現実は一つだけとは限らないんだからさ!
そして、他人の挑戦に批判したり、
キラキラした投稿に落ち込んでしまってる現代の大人!
あなたの物語の主人公はあなた。
他人の人生の読者になるなってばよ!