
「完璧な母」捨てたらすべてが手に入った
わたしには捨てたものがある
「完璧な母親」という幻想だ
2003年、郵便局でのことだった
4歳、2歳、0歳の娘を抱え、どのように過ごしていたのかほぼ記憶がない
でもこの日のことだけは鮮明に覚えている
そんなある日、ふと手書きのチラシが目に入った
「モンテッソーリ子どもの家
園児募集のお知らせ」
直感のアンテナがピリリと動いた
翌日向かったのは住宅街のマンションの一室だった
扉を開けた瞬間、わたしが想像を超える世界があった
整理整頓された教具
カラフルな装飾がない壁
静けさの漂う場
「本物だ」と感じた
しばらくして、他の幼稚園では毎日泣いていた長女が言った
「ここに通いたい」
園長先生はをわたしの子育てを全部見透かしているようだった
ある日、先生が静かに言った
「あなた自身が、親に甘えていないかしら。いままで親のいいなりになってきたのではないですか?」
「過保護は罪です」
トンカチで頭を叩かれた感覚だった
靴を履かせ、ご飯を食べさせることが、愛だと疑わなかった
でもそれは子どもの力を奪うことだった
なぜあの瞬間、わたしはチラシに直感を感じることができたのだろう
思えば、原点は1992年にあった
16歳の私はアメリカにいた
英語がわからなかった
誰も助けてくれなかった
「自分でやるしかない」という悔しさだけがあった
ホストファミリーの家では、全員に役割があった
洗濯、料理、掃除
母親だけが抱えるものは何もなかった
子どもも父親も、留学生のわたしも、家族として助け合って、生きていた
「日本の母親はなぜこんなに一人で抱えているのだろう」
16歳のわたしが感じた疑問は、ずっと心に残っていた
帰国後、わたしはいつの間にか「母親らしさ」に縛られていった
長女の妊娠中、お腹が大きくなってもヒールを履けば白い目で見られた
女であることを捨て、自分を殺して子どもを守ることが母親の役目だと思い込んでいた
母も祖母もそうだった
社会が求める「母親らしさ」に応える以外の選択肢を知らなかった
モンテッソーリに出会って、
16歳のあの疑問とつながった
「自分のことは自分でやる」
「家族で助け合っていきていく」
アメリカで体験したことと、モンテッソーリの哲学がわたしの中で合致した瞬間だった
「待つ」
たったそれだけのことが、こんなに難しいとは思わなかった
環境を整えて、ただ見守る
するとある日、
娘が「自分でできた」とキラキラした表情をみせた
子どもはその力を持っている
その力を奪っていたのは、わたしだった
モンテッソーリが変えたのは、娘たちだけではない
わたし自身が一番変わった
日本の女性はすべてを諦めすぎる
「母親だから」という言葉で、夢も時間も手放してしまう
でもわたしは断言できる
自分の機嫌は自分で取る
まずは自分を輝かせよう
輝いている母親をみて育った子どもは、自分も輝いていいのだと知る
3人の娘たちはいま、それぞれ全く違う道を歩んでいる
全員が自分の人生の主人公だ
あの日、郵便局で手書きのチラシを見つけた私へ
よく見つけてくれた
24年前の限界だった私が、
今こうして書いている
自由がある
お金がある
時間がある
3人の娘との最高の関係がある
わたしが望んだ
すべてを手に入れた
でもこれはわたしだけの話ではない
自分の人生の主人公になること
自分のことは自分で選ぶこと
それができる人が増えれば
子育てが変わる
家族が変わる
社会が変わる
郵便局の手書きのチラシがわたしの運命を変えたように
出会いはいつも思いがけない場所にある
あなたの人生を変える一枚がどこかに待っている
もしこのエッセイであるとしたらーー
次はあなたの番です
✦noteでは、3人の娘たちを自立させた母のわたしが、自由・お金・時間・愛、すべてを手に入れるまでのリアルライフについて綴ります
✦今後、オンラインまたはオフラインで秘密の「自己解放講座」を開講準備中ですので、ぜひご参加&フォローお願いします
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