
学校とは、教師とは
ある中学校での校長から教員に対してのメッセージをもとに一部高校教員用に変更しました
日頃から、生徒たちの心身の健康、学力向上に力を注いでいただきありがとうございます。
多感な時期を過ごす高校生にとっては、この時期の教師・友人との出会いや学校生活が、将来にわたり大きく影響します。
教師の一言に救われた、友人に支えられた、大人になった今でも付き合いがあるなど、決して珍しい話ではありません。
それだけ、私たちは、生徒たちと一緒に貴重な時間を過ごしているのではないでしょうか。そして、だからこそ教師たちの言動や指導・支援には大きな責任が伴ってきます。
学校なので、教師と生徒の関係はありますが、一教師が絶対的な権力者ではありません。その前に、人と人の関係があるはずです。
教師としては、生徒の成長のために、いつ、どこで、どんな方法で、声をかけていけばよいのか、指導すればよいのか、生徒たちに教師の意図がしっかりと伝わる工夫をすることが、教育のプロとしての役割ではないでしょうか。
今、その原則が揺らいでいます。
客観的にみて心配なことが、数多くメディアで報じられています。また、私たちの身近でも少なくない数が報告されています。保護者からの意見も寄せられています。それはモンスターペアレンツという言葉で片付けることができない内容も含まれています。
大多数の教師には関係ないかといえば、そんなことはありません。
一つのほころびが、学校への、教育への信頼をなくすきっかけにもなります。
職員室で生徒の人権を否定するような会話が飛び交う雰囲気を作っていないでしょうか。
より良い指導・支援が行われるように、お互いが注意することはできるでしょうか。
「自分ばかり」と、一人で抱えてしまう教師がいないでしょうか。
学校は、安全・安心のもと、生徒たちが笑顔で、心身の健康を保ち、社会を生きていく上で必要な力やプロセスを学びながら、人格の形成を目指す場所です。また、正しい生き方や接し方、時にはダメなことはダメと教えるチャンスにあふれている場でもあります。
最後に、ある中学3年生が人権作文コンテストで書いた作文で目を引く内容があったので、その一部を紹介します。
『異なる意見や価値観を受け入れ、尊重し合うだけでなく、差別をなくすために、固定概念にとらわれることなく、柔軟な考えを持つことが大切だと思う。その柔軟な考え方を育むためにも、学校教育を受けるということは、多様性と人権についての理解を深める最高のチャンスだと思う。』
というものです。
高等学校に入学した生徒が、素敵な先生と出会い、末永く支え合う友人と出会い、素晴らしい経験ができるように、私たち教師も日々成長していきましょう。