
エッセイ|走りだせ、攣ったっていい
「あ、仕事辞めよう」
先の冬、前日に当選が分かったコンサートの帰り道、駅へ向かう道を歩きながら唐突に思った。私の考えを賞賛するように、風が吹き抜けていった。
生き生きと自分の好きな仕事をしている人たちの眩しさに触れたからなのか、自分でも意外で、でも迷いなく、まるで確定ボタンを押すように、そう思ったのだ。
幼い頃から空気を読むことに長けていた。
親の表情、友達の気持ち。いつもとは違う些細な動作から、その人が求めていることを予測して、先回りすることができた。
迷惑をかけたくない、役に立ちたい、褒められたい。
相手が喜んでくれることが嬉しくて、自然とそうしてきた。
便利だったその性質は、やがて私を縛る鎖になっていく。
四大は無理。まだ2人もいるんだから。女の子は短大で十分。
そう言われて言い返すこともできず、不満を静かに受け入れた。
まぁ、高校受験に失敗したので、結果的に四大は無理になったのだけど。
何を学びたいかわからない。でも就職はしたくない。とりあえずなんとなくその時興味があったジャンルの専門学校へ進学した10代。
就職に全くピンと来ず、親に急かされ当てがわれた就職先。
3年くらいで辞めればいいやと働き始めたものの、あれよあれよと辞められる状況ではなくなり、持ち前の責任感を発揮しながら働き続ける。
いくつか恋もしたけれど、結婚に辿り着くわけでもなく、恋愛に疲れた20代。
私の人生、こんな感じなの?納得いっていないんだけどな。
そんな感覚を抱き始めたのは、いつからだろう。
幸か不幸か、幼い頃からずっと、誰かが手助けしてくれ、どうにかしてくれていた。自分で決めなくても困ることはなかった。やりたいこともなく、空想レベルの夢を見ることはあっても、それを掴むに相応しい努力ができるほどの熱量もない。
だから、適齢期に結婚する一般的な幸せルートしか頭になかったのだけれど、同時に普通は嫌だとも思っていた。
30代、なんでもこなせる。それなりに働いてきたから。
それでもずっと半人前の認識で、正体のわからない本物になりたかった。
いつだって自分にできる範囲での最善を尽くすから、知らず知らずのうちに周囲から信頼され、それにプレッシャーを感じる。期待を裏切りたくなくて、出来ない自分を見せたくなくて、また頑張る。
特別好きなわけでもない仕事に全力を注ぎ、誰かの役に立つことで自分の居場所を確保しているのか。誰かの世話をすることで、自分の人生から逃げているのか。そんな自分に薄々気付きながら、そこに向き合うことは怖くてできない。自分の人生に責任を持つなんて、私にはできない。
誰かが私を幸せにしてくれるとずっと思っていたし、誰かに幸せにしてほしいと思っていた。
私を幸せにしてくれるのは、誰?
そうやって、自分の気持ちに目を背けているうちに、有り余る責任感と、積み重なる義務感にがんじがらめになり、周りとも自分ともバランスが取れず、不調和が生まれることが多くなった。
もう無理。逃げ出したい。その度に思ったけど、それでも辞めることは怖くてできない。
辞めたところで他に何をするのか。どこが私を必要としてくれるのか。
不安という呪いをかけながら、ますます自分を縛り付けていく。
自分の内側と向き合わないまま、外側にばかり刺激を求めた。
おしゃれをする。美味しい物を食べる。旅行に行く。コンサートに行く。
自分で自分を楽しませる方法はいくつも知っていた。
楽しむために我慢して働き、多くない給料を稼ぐ。誰かや何かに幸せにしてもらうには、対価が必要だ。
楽しんではいる。これを幸せと呼ぶ人もいるだろう。
でも、私の幸せって、何?
どうしたいのと尋ねても、「今は考えたくない。わからない」と答える私。
いつからか、頭の中に、人生を進めたい私と、人生を考えられない私の上下関係が生まれていた。
「そんなこと言ってるうちにもう40歳だよ」
同じような日々を繰り返し、同じような自問自答を繰り返す。
相変わらず考える気力はなく、時折現れる自責の念を目の当たりにしては不貞腐れて眠り、SNSをダラダラと眺め、見るつもりもない番組を見ながら、あれこれツッコむ。
本当にツッコむべきは、自分自身であることに気付いているのに。
物を買うのはもう終わり。これからは経験にお金を使おう。
ヨガを始め、マクロビオテックの料理教室に通い、茶道にフィトテラピーと、様々なお稽古ごとを始めて、これまで周りにいないタイプの人たちと出会った。
その中心にいる人たちは、常に仕事を楽しんでいるように見えた。
その姿は、人生そのものを楽しんでいるように私に映った。
刺激的だった。
そして、羨ましかった。
「自分の好きなことがある人はいいな。」「そんなことができるのは一握りの人だけ。」「お給料は我慢料と言うし。」
そう、ずっと言い聞かせてきた。
ある時、教室の先生から、広報誌への寄稿を依頼された。引き受けたものの、何を書けばいいのかわからず、気付けば締切前夜。
必要に迫られ、なんのアイデアもないまま書き始めると、楽しくて止まらなくなり、筆が乗るとはこういうことか!などと思いながら、これまで味わったことのない感覚を覚えた。
アドバイスが欲しくて友人にそれを見せると、思いがけず褒められた。
私は私に書けるものを書いただけ。そしてそれが思いがけず楽しかっただけだけど、静かに、ううん。しっかりと、胸が熱くなったことを覚えている。
私を幸せにしてくれるのは…?
あの原稿を書いた時、書きながら思ってもいなかった自分の感情が言葉となって浮かび上がってくることを経験し、2025年の春、真っ赤な真新しいノートに、まだ実態のない夢を書き出すことにした。
好きなこと、好みの思想、楽しいと感じること、今取り組んでいること。
ど真ん中にくるピースを見つけるために、まずは周辺のピースから集めていく。
得意なことを書こうとした時、怯んだ。
自分をアピールすることがとても苦手だから。
私に得意なことなんてあるのだろうか。自分しか見ないノートに書くことすら気後れするほど、私は自信がないのだ。
私にとって、ジャーナリングは重い作業だった。
常に頭の中で思考が蠢いてたはずなのに、書いて文字にすることと、ただ考えるのはわけが違った。
それでも、何日にも渡り、思いつくままに書いていく。そして最後のピースになりそうなものを見つける。
「書くこと」
誰にでも届くようなわかりやすい言葉で表現することは得意かも。
それに、書くこと自体好きかも。
中学の時、国語教師に文才があると褒められたこと。
学生時代、交換日記や手紙を書くことが好きだったっこと。
いつだって、誰かを喜ばせ、励ます言葉を贈れること。
得意なことなど何もないと思い込んでいたこれまでの人生に、ずっとピースはあったのだ。
「書くことを仕事にする?このAIの時代に?それっぽい文章が一瞬で出来上がる時代に、それで食べていけるの?」と私が問う。
「やってみたいと思えることにやっと出会えたかもしれない。この気持ちを大切にしたい。」と、もう一人の私が声を震わせながら言った。
私を幸せするのは、私。
そこからは、これまでの40年を思うと信じられないくらいのペースで、自分の中の自分が上書きされていった。
書くと言っても知識も技術もない。そう思うのと同時に、大学へ行きたっかった10代の私を思い出した。行きたいのなら、今からでも行けばいいのでは?
「「あなたはもう、自分の望みを自分で叶えられる。」」
秋には通信大学へ入学し、これからの自分に期待していた。
でも、その冬___
この冬のことを書くのはまだ怖い。
中年の瘡蓋は、剥がせそうな段階で剥がしてしまうとまた流血する。代謝が悪いのだ。
次の人生に進む前の大清算とでも言うように、次々と試練が襲いかかった。ストレスと疲労が肉体に覆い被さり、ついに私はからだを壊す。
そんな時、コンサートの当選の知らせが届いた。
当時は疲弊していてこのラッキーにさえ困惑したけれど、あれは神様からプレゼントだったのではと今は思う。
そのコンサートの帰り道に、仕事を辞めると決めたのだから。
突拍子もない考えではない。辞めるといっても、今すぐにということでもない。性格上それができないことは、私が一番理解している。
というか、それができるのなら、とっくに辞めている。
そのくらい、これまで我慢して、早まるなと宥めて、ほらいいところもあるしと励まして、自分で自分を説得しながらやってきたのだから。
でも、これまで気付かないようにしてやってきたことも、自分と向き合った後の今の私には、もうできない。
誰かを配慮するために、自分を傷つけるほど我慢しなくていい。
周りを見ていつも先に差し伸べてきた手を、まずは自分に出していい。
その優れた予測力は、自分に向けて使えばいい。
心の声も、体の声も無視しない。そうやって自分を大切にすることを、ヨガや料理教室、フィトテラピーを通して知った。
先のことを考えすぎず、今に集中することの大切さを、茶道に教わった。
どれも関連がないようで、一本の筋となっている。その筋をつくったのは私だ。
目を逸らしたくなるような出来事も、無駄に思える時間も、一見不要に見える出来事はすべて必要で、本来の道に戻るための最短ルートなのかもしれない。
先の冬の出来事も、ここに辿り着くために必要なことだったのだと、今はわかる。
人生をテレビドラマに喩えたら。
全10話、10年1話とすれば、今は4話。結末に向けて少しずつ展開が広がっていくあたりか。
遅いようにも思ったけれど、案外ちょうどいいペースで進んでいるのかもしれない。
書くことを仕事にしたい。作家になりたい。
この先のことは、まだどうしたらいいのかわからない。
それでも、あまり先を見すぎず、自分で選択し続けたいと思っている。
夢が見つかったのなら、走って、止まって、また走って、例え途中で足が攣ったとしても、そこからまた、走り出せばいいのだ。