
Facebook運用代行から始まった、ニューオーダーの13年
社名がニューオーダーに変わった経緯は、前回書いた通りだ。
今回は、その後の話をしたい。
看板を掛け替えたばかりの会社が、何を売り、どうやって最初の飯のタネを見つけたのか。振り返れば、ここがニューオーダーの原点だった。
新会社の事業ドメインは、Facebook運用代行である。
2013年当時、これはかなりニッチな事業だった。
日本でFacebookが本格的に普及し始めたのは2011年頃からで、2013年は企業がこぞってFacebookページを開設し始めた時期ではあった。
だが実態は、「ページは作ったものの、何を投稿すればいいのか分からない」という企業が大半だった。
担当者が思いついたときに投稿し、反応がないまま、いつの間にか放置される。そんなページが世の中にあふれていた。
運用を専門会社に外注するという発想自体が、まだ世の中に定着していなかった。
大手広告代理店にとっても、SNSはまだ片手間に見られがちな領域で、テレビや新聞の予算に比べれば、誤差のような扱いだった。専業でやる会社は、ほとんど存在しなかった。
誰もやっていないということは、市場がないのかもしれない。
だが裏を返せば、競合がいないということでもある。
私はそこに賭けた。
電通でメディアの売り買いを見てきた人間として、企業のコミュニケーション予算が、いずれSNSに流れ込むことは、確信に近いものがあった。
とはいえ、確信だけでは会社は続かない。
さて、早速営業しないと飯が食えない。
会社の看板は変わっても、私の人脈は変わらない。
ゴーゴル時代のお客さんは、ゴルフ業界ばかりだった。ゴルフギアメーカーやゴルフ場とは、特に接点が多かった。フリーマガジンとSNSを9年間運営する中で築いた関係である。
私はその一社一社に、新しい事業を案内して回った。
反応は正直、鈍かった。
「Facebookって、あの実名のやつか」
「うちの客層には関係ないんじゃないか」
そんな声が大半だった。
無理もない。当時のゴルフ業界の顧客層は50代、60代が中心で、SNSとの距離はまだ遠かった。
新しいものを最初に説明して回る人間は、いつの時代も怪訝な顔をされる。相手の反応が鈍いと、自分の考えの方が間違っているのではないかと、不安になることもあった。
それでも回り続けた。
回り続けるしかなかった。
長く続けてきた会社を畳み、社名を変えて再出発した身に、退路はなかった。立ち止まれば、それまで積み重ねてきたものまで、すべてなくなってしまうような気がしていた。
最初に手を挙げてくれたのは、ゴーゴル時代からお世話になっていた、とある名門ゴルフ場だった。
新しい事業の実績は、まだ何もなかった。
Facebook運用代行という仕事自体、当時は説明しても、なかなか理解してもらえない。それでも、そのゴルフ場は、ニューオーダーという新しい会社の看板ではなく、それまで一緒に仕事をしてきた時間や、私たちが積み重ねてきた仕事を信じてくれたのだと思う。
救われた思いだった。
売上がゼロの会社にとって、最初の一社の重みは、経験した者にしか分からない。
金額の問題ではない。
「あなたの新しい商売に金を払う」
そう言ってくれる人が、この世に一人いる。
その事実だけで、自分が選んだ道は間違っていなかったのかもしれないと思えた。そして、また翌日も営業に出ようという気持ちになれた。
商売は数字で成り立っている。だが、最初の一歩を支えてくれるのは、数字ではなく、人の信頼なのだと思う。
ゴーゴル時代に築いた関係が、形を変えて、ニューオーダーの最初の仕事につながった。
過去の仕事は、会社の名前が変わったからといって消えてしまうものではない。それまでに積み重ねた信用は、見えないところで残り続け、苦しいときに自分を助けてくれる。
この最初のクライアントには、今でも感謝している。
提案した内容は、シンプルだった。
雑誌に記事を書く代わりに、Facebookに記事を上げる。
それだけだ。
ゴルフコースの景色、クラブハウスの料理、季節のイベント。そのゴルフ場が所有するホテルの魅力も含め、雑誌なら誌面を飾っていたはずの素材を、Facebookページに載せていく。
媒体が紙からSNSに変わっただけで、やることの本質はコンテンツ制作である。雑誌屋として9年やってきた人間にとって、これほど地続きの商売はなかった。
まったく新しいことを始めたつもりだった。
だが実際には、それまで自分がやってきたことの続きを、別の場所で始めただけだったのかもしれない。
こだわったのは、クオリティだ。
撮影は、雑誌時代にチームを組んでいたカメラマンに頼むことにした。
Facebookだからといって、クオリティは落としたくない。
当時の企業のSNS投稿といえば、担当者が携帯で撮った写真を、そのまま上げるのが普通だった。そこにプロのカメラマンが撮った写真が流れてくれば、嫌でも目立つ。
タイムラインは一瞬で流れていく。
その一瞬で指を止めさせるのは、結局、ビジュアルの力だ。雑誌でいえば、表紙を見て手に取らせる力と同じである。
紙の雑誌から離れることにはなったが、雑誌づくりで大切にしてきたものまで捨てるつもりはなかった。
写真の力を信じること。
言葉とビジュアルを丁寧に組み合わせること。
読んだ人、見た人の心を、ほんの少しでも動かすこと。
それは、媒体が変わっても変わらなかった。
結果的に、この判断が会社の土台を作った。
ニューオーダーのSNS運用は、クリエイティブのクオリティが高い。
これが、私たちの競争優位になった。
13年経った今でも、この評価は変わっていない。
安く大量に投稿する会社は山ほどある。だが、一枚の写真、一本の動画に雑誌クオリティを持ち込む会社は多くない。
創業初期に決めた方針が、そのまま会社の背骨になった。
もう一つ、創業時から始めたことがある。
毎月のレポーティングだ。
雑誌と違って、Facebookは数値が出る。
Facebookページのいいね数、投稿ごとのインプレッション、いいね、シェア。すべてが数字で見える。
雑誌時代、私たちが語れる数字は、発行部数と設置箇所くらいだった。
読者が実際にどの記事を読み、どのページで手を止めたのか。写真を見て何を感じたのか。そんなことを正確に知る方法はなかった。
それがSNSでは、投稿単位で反応が分かる。
メディアの人間として、これは革命だった。
どの投稿が伸びて、どの投稿が滑ったのか。
数字を並べて要因を分析し、翌月の企画に反映する。クライアントとの定例会議に、感覚論ではなく数字を持ち込む。
効果が見えるから、契約は続く。
こうした数値が、やがてSNS運用のKPIと言われるようになった。今では業界の当たり前になっているこの型を、私たちは創業初期から回していた。
今にして思えば、このレポーティングの習慣は、電通時代の視聴率との付き合い方に通じるものがあった。
テレビの世界では、毎分の視聴率がすべてを語る。
数字を読み、仮説を立て、次の打ち手を考える。
媒体は変わっても、数字と向き合う姿勢は変わらない。
過去のキャリアで身につけたものは、すぐには役に立たないように見えても、いつか別の形で自分を助けてくれる。
独立してから、何度もそう実感した。
最初のゴルフ場との仕事は、順調に育っていった。
プロの写真で構成されたFacebookページは、いいね数を着実に伸ばした。投稿を見て予約したという声が現場に届くようになり、担当者の社内での立場も少しずつ変わっていった。
自分たちの仕事が、画面の中だけで終わらず、実際の予約や来場につながっている。
その声を聞いたときは、純粋にうれしかった。
クライアントの成功事例ができれば、次の営業は格段に楽になる。
実績を見せて、同じ提案をする。
一社が二社になり、二社が四社になった。
最初の頃は、一社増えるたびに、本当に会社が少しずつ形になっていく感覚があった。売上表に数字が一つ増えるだけではない。自分たちを信じてくれる人が、一人ずつ増えていくように感じていた。
取り扱うSNSは、Facebookから始まり、時代とともに増えていった。
Twitter、現在のX。LINE、YouTube、Instagram。
プラットフォームが増えるたびに、それぞれの文化と作法を学んだ。
同じ写真でも、Facebookで刺さるものとInstagramで刺さるものは違う。拡散のXと、蓄積のInstagram。プッシュのLINEと、検索のYouTube。
媒体特性を見極めて使い分けるのは、テレビ、新聞、雑誌、ラジオを扱ってきた広告の仕事と、構造はまったく同じだった。
今ではTikTokの運用もある。
ニューオーダーは、ひと通りのSNSプラットフォームを扱うSNS運用代行会社になった。
これに加えて、SNS広告の運用から始まったWeb広告運用も、今では事業の2本柱の一つになっている。
オーガニック運用で培ったコンテンツ力と、広告運用で培った配信力。
この掛け算が、今のニューオーダーの基本形だ。
そして3本目の柱にしていきたいと考えているのが、AIである。
SNS運用の現場にAIがどれだけ深く入り込んできているか、日々の業務で痛感している。
企画、制作、分析。
あらゆる工程が変わり始めている。
2013年にFacebook運用代行という、当時はまだ正体のよく分からない仕事に賭けたときと、今の感覚は少し似ている。
市場が本当にあるのかは分からない。
正解も、まだ誰も知らない。
けれど、企業の仕事の進め方が大きく変わることだけは分かる。
この話は、また稿を改めて書きたい。
雑誌からFacebookへ。
ゴルフ業界の人脈を頼りに、一社ずつ回ったあの営業の日々が、すべての始まりだった。
当時の私は、13年後もニューオーダーという会社を続けている自分の姿など、想像できていなかった。
目の前の一社に提案し、一つの投稿を作り、一枚のレポートを提出する。
ただ、それを繰り返していただけだった。
振り返ってみれば、会社の歴史というものは、特別な一日によって作られるのではないのかもしれない。
断られても、もう一社を訪ねた日。
反応が少なかった投稿を、翌月もう一度考え直した日。
そして、ゴーゴル時代からお世話になっていた名門ゴルフ場に、「お願いします」と言ってもらえた日。
そんな小さな日の積み重ねが、いつの間にか13年になっていた。
最初の一社が手を挙げてくれなければ、今のニューオーダーはない。
新しい事業を始めるとき、最後に支えになるのは、それまでの仕事で築いてきた信用なのだと思う。
商売の原点は、いつだって「最初の一人」である。
そして、その一人から受け取った恩は、会社を続けている限り、忘れてはいけないのだと思う。