私の名盤 RADIOHEAD『OK Computer』
RADIOHEAD『OK Computer』――ロックの未来を予言したアルバム
RADIOHEADの『OK Computer』が好きだ。
1997年に発表されたこのアルバムは、僕にとって「名盤」という言葉を聞いたときに真っ先に思い浮かぶ作品の一つだ。
何がそんなにすごいのか。
もちろん、「Paranoid Android」や「Karma Police」、「No Surprises」といった有名曲が入っているから、というだけではない。
このアルバムがすごいのは、ロック・バンドのアルバムでありながら、ロックという枠組みそのものを少しずつ壊し始めているところにある。
ギターがある。
ベースがある。
ドラムがある。
トム・ヨークの歌がある。
それなのに、いわゆる「ギターロック」のアルバムとして聴いていると、どこか違和感がある。
電子音が入ってくる。
奇妙な編集がある。
曲の構成が普通ではない。
暗い。
美しい。
そして、どこか未来的だ。
1997年に発売されたアルバムなのに、今聴いても古く感じない。
むしろ、2026年の今聴いても「この音、まだ未来っぽいな」と思ってしまう。
今回は、そんなRADIOHEADの『OK Computer』について、バンドの歴史を振り返りながら、一曲ずつ聴いていきたい。
「Creep」から始まったRADIOHEAD
RADIOHEADの歴史を語るなら、やはり「Creep」を避けることはできない。
デビュー直後、いきなり世界的なヒットとなった曲だ。
1993年に発売されたデビュー・アルバム『Pablo Honey』。
その中に収録されていた「Creep」が大きな成功を収め、イギリスだけでなくアメリカを含む世界中で知られるようになった。
「Creep」は今聴いても名曲だと思う。
静かなヴァースから始まり、サビへ向かって一気に爆発する。
そしてサビ前に入るジョニー・グリーンウッドの攻撃的なギター。
あの「ジャカッ」という音には、当時のグランジからの影響も感じられる。
ただ、その大ヒットはRADIOHEADにとって、必ずしも手放しで喜べるものではなかった。
「Creepのバンド」というイメージが強くなり、RADIOHEADは一発屋のように語られる時期もあった。
そして、バンド自身も『Pablo Honey』を完全に満足できる作品とは考えていなかった。
「Creep」の呪縛から抜け出すこと。
これが、初期RADIOHEADの大きなテーマの一つだったのではないだろうか。
『The Bends』で「Creepのバンド」から脱却する
1995年に発表された『The Bends』。
このアルバムによってRADIOHEADは、単なる「Creepのバンド」から大きく変わっていった。
当時のイギリスでは、OASISやBLURを中心にブリットポップが大きなムーブメントになっていた。
OASISの『Definitely Maybe』。
『(What's the Story) Morning Glory?』。
BLUR。
PULP。
SUEDE。
イギリスのロックが大きく盛り上がっていた時代だ。
RADIOHEADもイギリスのバンドなので、広い意味ではこの流れの中にいた。
しかし、音楽性はOASISやBLURとは少し違っていた。
『The Bends』では、ジョニー・グリーンウッド、エド・オブライエン、そしてトム・ヨークという3人のギタリストによる分厚いギターサウンドを武器にしながら、一方では「Fake Plastic Trees」や「High and Dry」のようなアコースティックな曲も聴かせる。
つまり、RADIOHEADはここで一度、自分たちなりのギターロックを完成させたのだと思う。
だからこそ、次が問題だった。
「この次に、何をするのか?」
1997年、『OK Computer』が登場する
そして1997年。
RADIOHEADは『OK Computer』を発表する。
この頃には、ブリットポップの勢いにも変化が出ていた。
OASISが『Be Here Now』を発表したものの、以前ほどの評価を得られず、94~95年頃のブリットポップ全盛期とは明らかに空気が変わっていた。
そんな時代に登場したのが、『OK Computer』だった。
同じ1997年には、THE VERVEの『Urban Hymns』も大きな評価を受けた。
そして、それと並ぶ、あるいはそれ以上に高い評価を受けた作品が『OK Computer』だった。
このアルバムの制作には、プロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチが深く関わっている。
RADIOHEADはお屋敷のような場所に機材を持ち込み、従来のスタジオ・アルバム制作とは少し違った環境でレコーディングを行った。
そして、ここでRADIOHEADはギター・ロックを捨てるのではなく、ギター・ロックの中にエレクトロニカを取り込んだ。
これは非常に重要なことだったと思う。
ロックの未来は「ロックを捨てること」ではなかった
『OK Computer』を聴くと、まず「ギター・アルバムだ」と思う。
でも、よく聴いてみると、そう単純ではない。
加工されたドラム。
サンプリング。
電子音。
奇妙な音響処理。
複雑な編集。
そして、従来のロック・アルバムとは違う曲構成。
当時はインターネットが一般家庭に広がり始め、音楽もアナログからデジタルへと大きく変わろうとしていた。
そんな時代にRADIOHEADは、ロック・バンドでありながら、その先にある音楽を先取りしていた。
その結果、RADIOHEADには「世界最重要バンド」という、少し大げさにも思えるキャッチコピーまで付けられるようになった。
でも、今聴き返してみると、あながち大げさでもなかったのかもしれない。
1. Airbag
アルバムは「Airbag」から始まる。
まず聴こえてくるギター。
そして加工されたスネア。
さらにギターのアルペジオ。
非常に綺麗で、意外と元気のある曲だ。
ただ、『The Bends』から聴き始めた人なら、最初から少し驚くと思う。
「これはギターロックのアルバムではないな」
そう感じさせる音が、最初から入っている。
ギターはある。
でも、電子的な処理もある。
生楽器とエレクトロニカが混ざっている。
この一曲だけで、『OK Computer』が『The Bends』の単純な続編ではないことが分かる。
2. Paranoid Android
そして「Paranoid Android」。
このアルバムを代表する曲であり、RADIOHEADを代表する曲でもある。
PVも制作され、世界的に評価された楽曲だ。
何より特徴的なのが、その展開。
一曲の中でテンポや雰囲気が変わっていく。
普通のポップソングなら、Aメロ、Bメロ、サビという形で進んでいく。
ところが「Paranoid Android」は、そんな簡単な構造ではない。
アコースティック・ギターのアルペジオから始まり、そこからどんどん別の世界へ移っていく。
クラシック音楽のような雰囲気すらある。
「難しい曲なのに、なぜか聴けてしまう」。
そこがRADIOHEADのすごいところだと思う。
これは単なるロックソングというより、ロックという形式を使って作った音楽作品に近い。
3. Subterranean Homesick Alien
ギターのリフが印象的な曲。
でも、この曲の魅力はリフだけではない。
ギターが何本も重なり合い、それぞれの音が空間を作っている。
歌を聴くというより、音そのものを聴いているような感覚になる。
場合によっては、ボーカルの入ったインストゥルメンタルのようにも聴こえる。
アルペジオがとても美しく、ギター同士の重なり方も素晴らしい。
一般的なポップソングからはかなり遠いところにある。
それなのに、ちゃんと一曲として成立している。
ここにもRADIOHEADの独自性がある。
4. Exit Music (For a Film)
アコースティック・ギター一本から始まる。
このイントロには、どこか『The Bends』の頃のRADIOHEADを感じる。
メロディーも非常に分かりやすく、最初はとっつきやすい。
「これなら普通のRADIOHEADの曲だな」と思っていると、途中から空気が変わる。
電子的な音が入り、曲が徐々に暗く、重くなっていく。
シンプルな構成から始まって、最後にはまったく違う場所へ連れていかれる。
この曲の暗さも、『OK Computer』を象徴していると思う。
5. Let Down
RADIOHEADファンの間で特に人気の高い曲。
ライブではそれほど頻繁に演奏される曲ではないが、好きな人は本当に好きな曲だと思う。
とにかく美しい。
メロディーも美しい。
そして何より、サウンドが美しい。
アルペジオ。
ピアノ。
ベース。
それぞれの音が重なり合って、一つのサウンドスケープを作っている。
僕はRADIOHEADをあまり知らない人に聴かせる曲としても、この曲はおすすめできると思う。
「Paranoid Android」のような難解さはない。
でも、RADIOHEADらしい美しさがしっかりある。
そして現在でも、この曲がトム・ヨークの弾き語りで演奏されることがあるのも面白い。
あれだけ作り込まれた曲なのに、ギター一本でも成立する。
それだけメロディーが強いということなのだと思う。
6. Karma Police
『OK Computer』の中でも、特に有名な曲。
テレビなどでも比較的演奏される機会が多く、RADIOHEADを知らない人でも聴いたことがあるかもしれない。
ピアノとアコースティック・ギターを中心にしたシンプルな構成。
でも、コード進行が非常に面白い。
突然Fシャープが入ってきたり、普通のポップソングとは少し違うコードの動きをしたりする。
それなのに、耳には自然に入ってくる。
この曲は弾き語りにも向いている。
ギター一本でもいい。
ピアノでもいい。
演奏していて気持ちいい曲だと思う。
そして、シンプルに聴こえるのに、ちゃんとRADIOHEADの世界がある。
7. Fitter Happier
ここで突然、雰囲気が変わる。
サンプリングされた声が、ラジオや機械から流れてくるように響く。
曲というより、インタールードに近い。
ピアノが流れ、その上に人工的な音声が乗る。
単体で聴くと少し奇妙な曲かもしれない。
でも、『OK Computer』というアルバムの中に置かれると、非常に重要な意味を持つ。
人間が機械に囲まれていく感覚。
「もっと健康的に」「もっと効率的に」「もっと幸せに」。
そんな現代社会の価値観を、機械的な声が読み上げる。
アルバム全体の不穏さを、短い時間で凝縮したような曲だ。
8. Electioneering
『OK Computer』の中で、一番ギターロックらしい曲。
アコースティック・ギターによる分かりやすいリフから始まり、勢いよく進んでいく。
ここまで聴いてくると、「やっぱりRADIOHEADはロック・バンドなんだな」と思わせてくれる。
かっこいい。
そして、アルバム全体の中で良いアクセントになっている。
エレクトロニカや複雑な展開だけではなく、こういうストレートなロックもできる。
だからこそ、『OK Computer』は単なる電子音楽のアルバムにはならない。
9. Climbing Up the Walls
この曲は、とにかく暗い。
重い。
そして怖い。
『OK Computer』の中でも、かなり異空間的な存在だと思う。
初めて聴いたときには、少し埋もれてしまうかもしれない。
でも、ライブで観ると印象が変わる。
暗黒的で重い雰囲気。
照明。
音響。
ステージ全体の演出。
そういったものが合わさることで、「曲」というより一つの異空間のように感じられる。
僕自身もライブを観てから、この曲がかなり好きになった。
『OK Computer』の深いところに潜っていくような一曲だ。
10. No Surprises
そして「No Surprises」。
これは非常に分かりやすい曲だと思う。
美しいアルペジオ。
綺麗なメロディー。
どこかビートルズを思わせるポップさ。
『OK Computer』の中では、かなり聴きやすい曲だ。
そして有名なのがPV。
トム・ヨークが水の中に浸かったまま歌い続け、次第に呼吸が苦しくなっていく。
とてもRADIOHEADらしい映像だと思う。
音だけ聴けば美しい。
でも、その美しさの裏側には息苦しさがある。
それはまさに『OK Computer』というアルバムそのものでもある。
11. Lucky
「Lucky」は暗い。
でも、とてもRADIOHEADらしい。
そして、比較的演奏しやすい曲でもある。
ライブやフェスで、限られた曲数でも「RADIOHEADの世界観」を出したいときに使いやすい曲だと思う。
R.E.M.のマイケル・スタイプとの共演でも演奏されたことがあり、どこかR.E.M.的な雰囲気も感じられる。
個人的には、弾き語りで演奏したときに、この曲の雰囲気が一番よく出たという印象がある。
壮大だけれど、同時にどこか個人的。
そこが「Lucky」の魅力だと思う。
12. The Tourist
アルバムの最後を飾る「The Tourist」。
それまでの曲に比べると、非常に穏やかな印象がある。
そして、さらっと終わる。
この曲を聴き終わったとき、ようやく長い旅から戻ってきたような感覚になる。
『OK Computer』は、決して明るいアルバムではない。
むしろ、かなり不安で、暗くて、息苦しい。
だからこそ最後に「The Tourist」があることで、アルバム全体が静かに着地する。
『OK Computer』の何がそんなにすごかったのか
改めて考えると、このアルバムがすごかった理由は、「新しい音を使ったから」だけではないと思う。
RADIOHEADは、『The Bends』でギターロックをかなり高いレベルまで突き詰めていた。
だから、次のアルバムでも同じことをやることはできたはずだ。
でも、それをしなかった。
ギターを捨てるわけでもない。
ロックを捨てるわけでもない。
そこにエレクトロニカやサンプリング、電子的な処理を加えた。
つまり、
「ロックを捨てて未来へ行く」のではなく、「ロックそのものを未来へ連れていく」
ということをやったのではないだろうか。
そこが『OK Computer』の革新的なところだった。
そして『Kid A』へ
『OK Computer』の次にRADIOHEADが発表したアルバムが、2000年の『Kid A』。
ここでRADIOHEADはさらに一歩進む。
いや、一歩どころではない。
今度は本格的にエレクトロニカへと接近する。
「これはロックなのか?」
そんな議論まで起こった。
『OK Computer』の時点では、RADIOHEADはまだ「ロック・バンド」という文脈のど真ん中にいた。
でも、『Kid A』以降は、もうその文脈から少しずつ外れていく。
ロックなのか、エレクトロニカなのか。
オルタナティブなのか。
実験音楽なのか。
そんなジャンル分けそのものが意味を持たなくなっていった。
そしてRADIOHEADは、最終的に、
「RADIOHEADというジャンル」
のような存在になっていく。
1997年に未来を見ていたアルバム
『OK Computer』が発売されたのは1997年。
今から考えれば、かなり昔だ。
でも、今聴いても古くない。
むしろ不思議なのは、1997年の時点でこの音を作っていたことだ。
インターネットが一般化していく時代。
コンピューターが人間の生活にどんどん入り込んでいく時代。
効率化されていく社会。
機械と人間の距離が近づいていく感覚。
そういったものを、RADIOHEADは音楽として表現した。
だから『OK Computer』は、単に「90年代の名盤」ではない。
未来を予言したように聴こえるアルバムなのだと思う。
そして、それこそが僕がこのアルバムを今でも名盤だと思う理由だ。
「世界最重要バンド」という言葉
当時、RADIOHEADには「世界最重要バンド」というようなキャッチコピーが付けられた。
正直、少し大げさだと思う。
でも、今になって振り返ると、その言葉にも納得できる。
なぜならRADIOHEADは、『OK Computer』を作ったあと、本当に誰もいない方向へ進んでいったからだ。
普通なら、これだけ評価されたアルバムを作ったら、次はその路線をもう一度やる。
「Paranoid Android」のような曲をもう一曲。
「Karma Police」のような曲をもう一曲。
そうすれば、きっと成功する。
でもRADIOHEADは、そこへ行かなかった。
『Kid A』を作った。
そして、さらにその先へ進んだ。
だから『OK Computer』を聴くと、単に「1997年のRADIOHEAD」を聴いているような気がしない。
このあとRADIOHEADがどこへ行ってしまうのか、その入口を聴いているような感覚がある。
『OK Computer』は「完成」ではなく「出発点」だった
『Pablo Honey』で「Creep」のバンドとして世界に知られた。
『The Bends』で、自分たちのギターロックを完成させた。
そして『OK Computer』で、そのギターロックを壊し始めた。
その結果、RADIOHEADは「世界最重要バンド」と呼ばれるようになった。
でも、本当に面白いのは、その先だ。
『OK Computer』はRADIOHEADの完成形ではなかった。
むしろ、ここからRADIOHEADはさらに自由になっていく。
だから僕にとって『OK Computer』は、
RADIOHEADが最もロック・バンドらしかった最後の瞬間であり、同時に、ロック・バンドではなくなっていく最初の瞬間
でもある。
ギターが鳴っている。
ドラムも鳴っている。
トム・ヨークが歌っている。
でも、その向こう側にはコンピューターの世界が広がっている。
1997年に作られたその音楽が、今聴いても未来の音に聴こえる。
それが、『OK Computer』というアルバムの恐ろしさであり、美しさなのだと思う。
