
拝啓、嵐様
嵐は私の人生の隣にいつもいた。
小学生で嵐に出会い、中学に入る前恋をするようにファンになった。
まだブレイクしたとは言えない彼らより、もっと人気なグループは山のようにあって、ファンであることが肩身の狭い時期もあった。
それでも彼らが笑顔で楽しそうに歌って踊る姿は私の支えであり、何物にもかえがたかった。
大事な試験に向かう電車。
大学に入学してホームシックになった夜。
失恋して泣き腫らした顔で迎えた朝。
いつも隣にいてくれた。
物騒な名前なのに何より癒しパワーのあるグループだった。
活動休止の報告を聞いた夜、何も考えられず頭が真っ白になった。これから先もずっとそこにあり続けるものだと思っていたから。
まさに青天の霹靂だった。
始まったものはいつか終わる。
そんなことは百も承知だったのに、絶対になくならないと安心しきっていた。嵐のいない世界なんて想像できなかった。
そこから少しずつ自分の中でお別れの作業をはじめた。
2020年12月31日に自分の心が壊れてしまわないように。
思えば2020年はひどい年だった。
失恋した。大好きなアーティストが同時に活動休止した。
コロナ禍で誰とも会えない。
あの時、私の世界は止まってしまったと思った。
せめて嵐だけはと心の片隅に居場所を作って、大事に閉じ込めた。
寂しくならないように、目一杯グッズを買い、目に焼き付けた。
これでもう大丈夫。私はもう寂しくない。
そうやって迎えた翌年からのことを、私は記録に残すようになった。
そう、このnoteは嵐とお別れした翌月の中旬から始めた、休止期間中の私のログでもあるのだ。
もし彼らが二度と帰ってこなくても、それは仕方のないことだと思った。
彼らには彼らの人生があり、それを奪う権利は誰にもない。
それぞれの人生が幸せであればそれでいい。
だから最後のコンサートの情報を聞いてもそこまで揺れ動かなかった。
25周年を目処にファンクラブは退会していた。
もう会えないのなら、繋がっているほうが辛いかもしれない。
自分の人生の転換期でもあったので、そちらに集中しようと思った矢先の出来事だった。
一度お別れしたのだから、二度お別れはしたくない。
あんなに寂しくて辛かったのだから、このまま思い出に囲まれていたい。
そう思って迎えた2026年5月31日。
私は配信をみなかった。
一緒にみよう。最後に一緒にみたい。
そう誘われてすごく迷ったけれど、もう一度彼らに会いに行くことにした。
画面越しで、5年ぶりに。
あのとき虹の彼方に消えていくかのようにさよならした五人が、キラキラした笑顔で、そこにいた。言葉にならないくらい嬉しかった。
イントロだけで自然と体が動いた。
コールアンドレスポンスも覚えていた。
最初から最後まで私の好きな嵐のままだった。
あの時もしこうして直接ファンと顔を合わせてお別れしていたら、彼らはもう戻ってこなかったかもしれない。心残りがあったから、こうして帰ってきてくれたのかも。そう思うとあんなに恨めしかったコロナ禍にさえ感謝した。
もう一度会えてよかった。
私は嵐が、嵐の曲が、そしてこの五人が心底大好きなのだと胸がいっぱいになった。お別れが待っているのにこんなに楽しくていいのかと笑ってしまうくらい、楽しい時間だった。
今度こそ。今度こそきちんとお別れができたのだと思う。
あの時の、2020年の私は身も心もボロボロで自分を保つのがやっとだったけど、今はあの時より強くなれた。
泣きながら笑って、ようやく本当の意味でのお別れができた。
悲しい、寂しいだけじゃない涙が溢れた。
彼らが残してくれた数えきれないほどの思い出を心に灯して、普段は大切にしまっておこうと思う。辛いとき、悲しいとき、思い出して幸せな気持ちになれるよう、大事なお守りとしてもっておこう。
嵐に出会えてよかった。
今までもこれからも、ずっとずっと大好きです。
心からの愛と感謝を込めて。