
悪党の生涯 第三十話 悪党の生涯(最終話)
人は悪党として生きることはできても、悪党として死ぬことはできない。
それから幾十年もの歳月が流れた。
戦は終わった。
春が来て、夏が過ぎ、秋には稲が実り、冬には雪が降る。
人は生まれ、老い、そして静かに土へ還っていった。
あれほど血に染まっていた国も、いつしか戦を知らぬ子どもたちの笑い声で満ちるようになっていた。
弥三郎も老いていた。
髪は白くなり、背は少し曲がり、刀を握っていた手には深い皺が刻まれている。
それでも毎年、春になると必ず同じ場所を訪れた。
山の中腹に並ぶ二つの墓。
父の墓。
そして兄の墓。
弥三郎は何も言わず草を抜き、墓石を水で洗い、小さな酒器へ酒を注いだ。
昔は、この二人に認められたいと願っていた。
父に褒められたかった。
兄に追いつきたかった。
そのためなら何でもできると思っていた。
だが今は違う。
認められなくてもよかった。
ただ、もう一度だけ酒を酌み交わしたかった。
もう一度だけ兄と木剣を交えたかった。
もう一度だけ父に叱られたかった。
人は失ってからしか、本当に欲しかったものを知ることができない。
墓前へ酒を供えると、弥三郎は静かに笑った。
「父上。」
風が吹く。
草が揺れる。
返事はない。
「結局……私は、あなたのようにはなれませんでした。」
その声には恨みも悔しさもなかった。
ただ長い人生を歩き終えた男だけが持つ、穏やかな諦めがあった。
少し離れた場所では、一人の若者が子どもへ剣を教えていた。
大きく育ったあの子である。
もう立派な武士であった。
その顔立ちは兄によく似ていた。
笑う口元だけは、どこか弥三郎にも似ていた。
弥三郎は、そのことについて最後まで何も語らなかった。
兄嫁もまた、何も語らなかった。
語らぬまま生きることもまた、人の優しさなのだと二人は知っていた。
桜が舞う。
墓へ一枚、また一枚と花びらが落ちる。
弥三郎はゆっくり立ち上がった。
帰ろうと思った。
だが足は動かなかった。
不思議なほど身体が軽かった。
空を見上げる。
春の空は、あの日と同じように青かった。
遠くで子どもの笑い声が聞こえる。
鳥が鳴く。
風が吹く。
それだけで十分であった。
人は誰もが、自分の人生では主人公である。
だが歴史の中では、ほんの一行にも満たない。
それでも、その一人の人生には、喜びがあり、嫉妬があり、過ちがあり、愛があり、誰にも語られぬ後悔がある。
悪党とは、生まれながらの名ではない。
守りたいもののために道を誤り、その罪を背負いながら、それでも最後まで生き抜いた者へ、人が後から与える名に過ぎない。
春風が吹いた。
桜は静かに散っていく。
その花びらは父の墓へ、兄の墓へ、そして老いた弥三郎の肩へ等しく降り積もり、まるで人の善悪など春には何の意味もないと語るようであった。
長い人生であった。
幸福とは言えない。
だが、不幸とも言えない。
ただ一人の男が生き、一人の男が愛し、一人の男が過ちを犯し、そのすべてを背負って歩き続けた人生であった。
人はその男を、悪党と呼んだ。
だが春だけは、最後まで彼を一人の人間として静かに包み続けていたのである。
――完