【エッセイ】六十七
わたしは昔から、太陽というものがあんまり得意じゃない。もちろん太陽の方には何の責任もなくて、毎朝名前も知らん木の向こうから昇って、山の奥に沈む。勝手に一日始めますけど、みたいな顔で、一日を照らしているだけなのだから、問題があるとすれば、たぶんわたしの方にある。
晴れた日より雨の日の方が好きだし、これを書いている今も、時計は午前二時を少し回ったところで、昼間なら考えもしないようなことを、こういう時間になるといつまでも考えちゃう。
大抵は一人反省会から始まって、今日は忙しすぎて、すごい早口で新人さんに指示出しちゃったなとか。あれちゃんと聞こえてたかな、とかさ。
昼間あれだけ喋った口で、深夜に一人「生麦生米」とかブツブツ練習してたりする。
窓の外では、どこか遠くを車が走っていて、よーく目を凝らすと星がいくつか見える。いつもあんなところにあったっけ。最近は曇りや雨が多かったから、よくわからない。
夏の夜は不思議だ。
昼間はあれほど暑かったのに、夜になると案外涼しくて、昼間そこらじゅうに散らかっていた熱が、暗くなるにつれて少しずつ行儀よくなっていく。
昼間の暑さが百くらいなら、夜の暑さは六十七くらい。どうして六十七なのかと聞かれても困るんだけど、六十五ではなく、七十でもなくて、「私」と書いていたものを「わたし」と書き直すくらいの違いなら、たぶんある。
こういう夜には、どうでもよくて、どうでも良くないことを思い出す。子供の頃にうまくできなかった遊びのこととか。
あやとり、リリアン、金魚掬い。
何度やっても田んぼの次にいけなくて、わたしのあやとりはいつもそこで終わっちゃう。「あーもう」なんて不貞腐れながら糸をほどいた記憶を辿っていくと、なぜだか最後は汗ばんだ手のひらに行き着く。
リリアンなんて、最後に見たのがいつだったかも、もう覚えてない。
時計を見れば、午前二時十三分。
あやとりも絡まるし、記憶も散らかる。
太陽が昇るまでには、まだ少し時間がある。明日は休みだし、夜が夜のままでいるうちは、もう少しくらい起きていてもいい。
そういえば、今日も浴衣を着た人を何人か見た。
昔から金魚掬いは下手だった。わたしのポイなんて、一匹追いかけているうちにすぐ破れるのに、隣では何十匹も掬っているおじさんがいた。本当に同じものを渡されているのだろうか。お前のポイだけ何枚重ねなんだよって子供ながらに思ってた。
特に欲しかったのは、デメキン。真っ黒で、目がギョロっとしてて、尻尾がヒラヒラしてて。子供のわたしには、あの不恰好さだけが妙に完成して見えたんだよね。買えばいいのかもしれない。大人なんだから。でも、そういうことでもない。
窓の外はまだ暗くて、星もまだ見える。それでも、あと何時間かすれば、太陽は何食わぬ顔をしてたぶん今日はあの番犬のうるさい家の屋根から昇ってくる。
ああ、全然眠くない。
金魚は一匹も掬えなかったけれど、今夜はこうして、破れそうな紙で夜を掬っている。
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