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ペリヌ来航

     人は䜓に䜕かしらの「難」を抱えお生きおいる。
     それは時ずしお「疟病」ず呌び、時ずしお「個性」ずもいう。

     その曖昧な倩秀が厩れた時、もしかしたらそれは第䞉の道「サブりェむ」ず呌ばれるのかもしれない。

     わたしの名前は増田゚リ。
     某病院で働く看護垫だ。入職初日に「モスダ」ず蚀い間違えお以来、いただに「モス゚リ」ず呌ばれおいる。増田ずモス゚リのあいだで、今日も境界を生きおいる。呌ばれれば振り向き、名乗れば噛む。そんな感じだ。

     キャリアはほんの10幎足らず。ひよっこにトサカが生えた皋床の、䞀番ややこしい立堎である。

    「モス゚リ、回蚺぀ける」
    「ぞぇ」
    「モス゚リ、議事録曞いずいお」
    「ぞぇ」
    「モス゚リ、ズボンのチャック開いおるよ」
    「hey」

     今日もこんな具合だ。
     身䜓はい぀だっお正盎で、圹割や理性などお構いなしに反応する。肛門も、もちろん䟋倖ではない。
     わたしだっお、ドラマ「コヌドブルヌ」や「救呜病棟24時」に憧れた時期はある。ドクタヌヘリに乗れなくおも、自分の持ち堎も立堎も十分に理解しおいる぀もりだ。

    「゚リちゃん、このギプスに䜕かメッセヌゞ曞いおくれない」

     患者の小西さんは、ギプスを誇らしげに掲げた。぀い先日、山から転げ萜ちお骚折した患者だった。
     高校生か、ずいう問いをグッず堪え、わたしは極倪のマゞックを握り、ギプスの䞊を滑らせた。
    「たた山に行こうぜ」そう曞いおマゞックの蓋を閉じた。こうしお自ら境界を越えるこずもある。

    「モス゚リ、先生きおる。回蚺始たるよ」
    「はヌい」

     ここは消化噚倖科病棟。腹ず尻のトラブルが䞻戊堎である。
     そしお、時には山から転げ萜ちた迷子も受け入れる。わたしは小西さんにマゞックを預け、ナヌスステヌションに戻った。

    「ICが必芁そうな人ず、話の長い人は埌回しね。ずりあえずオペ埌の人から回ろうか」

    「はい」

     小西さんは、回蚺が始たるこずに気が぀くず、ぱっず目を茝かせ、倧事そうにギプスを撫で始めた。人は動けない時ほど、動こうずするものだ。

     我々は小西さんの暪を玠通りした。悲しそうな芖線が背䞭越しにするりず撫でられた気がしたが、振り返らずにわたしはカルテをそっず広げた。

     病棟においお回蚺は軜く扱えない。わたしはカルテから目を離さなかった。
     患者ず医垫の䌚話を聞きながら、必芁なずきだけ小さく蚀葉を差し蟌む。看護垫は双方の境界を生きおいる。

     ステヌキで蚀えば「ミディアム」。

     患者でもなく、医垫でもない。理解しおいるふりをしながら、䜕も決められない。いちばんおいしくお、火加枛を間違えるずすぐに台無しになるポゞションだ。

    「先生〜、おしっこするず最近んん、痛くっお」
    「あぁ、膀胱炎かもしれたせんね。モス゚リ、採尿オヌダヌ入れおおくから」
    「HEY」

     䞀瞬顔を芋られた気がしたものの、わたしは぀かさずその患者に説明を補足する。

    「あずで怜尿カップお枡ししたすので、䞭間尿を採取しおください。最初におしっこしおもらっお、その途䞭のおしっこを20ccほど入れお貰えば完了です。途䞭、あくたで途䞭のおしっこが必芁なんです」

     最初ず最埌は雑菌が混じるからだ。
     医孊は、案倖繊现である。

     患者の柿田さんは眉をピクリず䞊げた。癜髪をきっちり撫で぀け、声はビブラヌト長めで䜎い。おじいちゃんみたいなおばあちゃんだ。

    「䞭間の〜おしっこ、ずはぁ」

     真顔だった。
     偎から聞いおいれば哲孊的な問いだが、あずで説明をするこずに了承を埗お、我々は次の患者の郚屋ぞ移動した。

    「ちょっず、聞いおないな。困るよ」

     䜐䌯医垫は眉を顰め、次の患者の前でそう蚀った。お腹から出おいるドレヌンが、ほんの数ミリ、未来に向かっおいたのである。

    「完党に抜ける前でよかったです。排液の色、いたのずころ倉化ないです」

     無衚情でかわしお、小さな爆匟凊理に成功する。わたしのシヌルドは垞にフル装備である。
     冀眪に関しおは、目を瞑ろう。事故がなければいい。これが境界だ。

     小西さんは、ただ廊䞋でりロチョロしおいる。壮倧なアピヌルに痺れを切らした䜐䌯医垫は、ずうずう小西さんの前で足を止めた。

    「小西さん、退院しおいいよ」

       ひどい。誰もが思っおいたこずを、時々医垫は淡々ず刀決文のように読み䞊げる。

     わたしもそれ以䞊蚀葉が芋぀からず、「お倧事に」ずギプスをポンポンず觊り、その堎を埌にした。

     回蚺に぀いおいるず、わたしの「難」は自然発生する。人の身䜓は正盎だ。理屈や圹割よりも先に、反応しおしたう。

     話が長い。
     説明が終わらない。
     逃げ堎がない。

     増田、囜家非垞事態宣蚀である。
     病院では、うんこが出るこずは案倖めでたい。
    食べたものが消化され、腞が動き、身䜓がちゃんず生きおいる蚌拠だからだ。だが、すこしはタむミングをわきたえお欲しいず思うこずもたた、事実である。
     歩きながら、わたしはヌッず銖を䌞ばした。芖線はもう、トむレのロックマヌクを探しおいる。

    「じゃ、このたたICはいろうか」
    「ふぁヌい」

     無意識的にwhyが口を濁す。この時のわたしは、すでに境界に立たされおいた。

     人䜓は、思っおいるより民䞻的ではない。盎腞に入ったら、ほが逃げ堎がないのだ。わたしは静かに自身の「うんこ」ず察峙を始めた。緊迫した空気は、い぀になっおも慣れないものである。

     術前怜査の説明を終えた、その盎埌だった。

    「モス゚リ、同意曞」

     ず、䜐䌯医垫はひらりず手銖を返した。

    「は、はぁ‌」

     口を぀いお歊士が出た。情けない悲鳎が挏れた瞬間、10幎やっおきた勘が「本栌的にたずい」ず告げおいる。

     薄いA4甚玙の壁。
     わたしは震える指先でかろうじお玙の端を摘み、䞡手で医垫ぞ献䞊した。

     ボヌルペンのむンクが赀にも青にも芋える。瞳孔がグワっず開き、黒が顔を出したこずにほっずする。ICの終盀、突劂ずしお珟れる意図せぬ芋埗に、我ながら驚いた。黒が芋えた瞬間、䞖界が戻る。

     むンクが玙を滑る音を芋送り、わたしは患者さながらに安堵のため息を぀いた。冷や汗がマスクの䞭を䌝っおいく。

    「今日の回蚺、終わり。じゃあ、かいさ」

     「ん」を埅たずしお、わたしは駆け出した。獲れたおの魚のように、党おの蚀葉を振り切っお䞀目散に、開枯の地ぞ。

     芖界の端に、「䞭間尿ずは」ず眉を䞊げた柿田さんが映った。

    「゚リちゃん‌」

     わたしはいた、内圧ず倖圧の板挟みである。
     仕方なく振り返る。

    「ははヌ」
    「出すぅ、止めるぅ、出すぅ〜、でいいのよね」

     そのたっすぐな目に、わたしは芳念した。

    「出す、止める、出す、で結構でっすぅヌ」

     もう、限界だった。
     蚀葉にするず、どうしおこうも远い蟌たれるのだろうか。

     出したい。
     出せない。
     いや、ちょっずなら出しおもいいのではないか

     ずいう問いが浮かび䞊がっおは消える。
     わたしの肛門には、すでに黒船の劂く、ペリヌが来航しおいた。

    「゚リ、開枯シロyo」

     圧倒的な軍事力に、なす術がない。
     そこからのわたしの脚は速かった。

     廊䞋では数々の蚀葉をすり抜けお走り抜け、「゚リヌ」の声すら時に「ペリヌ」に聞こえる。

     ペリヌがわたしをたくしたおる。
     うんこはペリヌで、ペリヌはうんこだ。

     その境界はミディアムにもなれず、ずうずうりェルダンに突入する勢いだった。

     トむレはどこも開いおいない。
     なぜだ、なぜなんだ、ペリヌ‌

     その時、突劂ずしお、わたしは肩を掎たれた。

    「゚リちゃん、退院する前に䞀枚写真撮らない」
       こ、小西さヌん‌

     小西さんは、ニコニコずスマホを掲げおいる。スマホの画面には、私がその第䞉の道、サブりェむに萜ちた瞬間が、ばっちり収められおいた。

     病気でもない。個性でもない。身䜓は時々、理性より先に答えを出す。看護垫をしおいるず、それを嫌ずいうほど思い知らされるのだ。

     食べたいのに食べられない人。歩きたいのに歩けない人。生きたいのに身䜓が぀いおこない人。泣きたくないのに泣いおしたう人。今すぐトむレに行きたいのに行けないわたし。 
     わたしは今日も、境界の䞊でミディアムを装っおいる。だが身䜓は、時々勝手に枯を開くのだ。

     そんなこずは、誰も知らなくおいい。
     ただここに、曞いおおく。

     ヌヌ開枯。

     
     
    note創䜜倧賞2025・2026恋愛小説郚門䞭間遞考通過。 #なんのはなしですか 珈琲倧䜿。 物語の読める珈琲、焌き菓子店。「なんのはなしですか」ずいう蚀葉を起点に、店舗ずのコラボレヌションを展開䞭。気軜にDM䞋さい♡

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