
その子の「今日」に間に合うために学校・医療・家庭のあいだで揺れる支援
「今日は、少しは飲めた?」
帰ってきたA君に、母親は毎日のようにそう声をかける。責めたいわけではない。
確認しないではいられないのだ。昨日も飲めなかった。おそらく今日もそうだろうと思いながら、それでも聞かずにはいられない。
A君は中学2年生。発達の特性があり、強いこだわりや潔癖さがある。手洗いや消毒を繰り返さないと不安が高まり、頭では「大丈夫」と分かっていても、身体が次の行動に進めなくなる。
学校生活の中では、その困りごとが水分摂取やトイレの利用にまで及んでいる。
喉が渇いても、水が飲めない。
トイレにも行けない。
プールにも入れない。
言葉にすると短いが、実際にはこれは、学校で一日を過ごすことそのものに関わる深刻な困難だ。
少し我慢すれば済む話ではない。本人の努力不足でもない。頑張れば乗り越えられるという種類のものでもない。
毎日持っていく水筒は、ほとんど減らないまま帰ってくる。母親は、その重さでその日の状態を知る。