
おちゃめなマズロー先生(欲求段階説と自己実現のこと)
マズローの欲求段階説は、福祉をならうと必ず出てきます。
もともと、マズローという心理学者が「人間性の心理学」(翻訳で500ページもある本です)という著作で述べたのは、人間が行動を起こすにあたっての動機付けの構造でした。
人間の基本的欲求の出発点は、生理的欲求である。この部分は異論のないところでしょう。「食物、安全、愛情、尊敬などを失った人では、恐らく食物への飢えが他の何者よりも強いであろう(マズロー「人間性の心理学」産能大学出版部 1987年 p.58)」しかし、食物への飢えが満たされていたら? 次の欲求(より高次な、他の欲求)が出現し、それが生理的欲求に代わって優勢になる。一番上位の欲求が「自己実現の欲求」なのだ、というのです。ピラミッド型の図がついていて、これを名付けて「マズローの欲求段階説」。(ただし、あの図解は、後世の人たちが分かりやすく説明するために創作したもののようです。少なくとも「人間性の心理学」の中には出てこない)
ヘルパー研修の講師をしていたころ、これを講義するのが、とてもイヤでした。欲求に段階性がある、というのは、ほぼ合意できます。でも、最上位に出てくる「自己実現の欲求」ってなに? 自己を実現するというのが、そもそもわかりませんし、ワタシの自己なんか実現したら世の中にはご迷惑さまでしょう。分かることなら、説明はできる。体感したことのない、よく知らないことについて、他人の受け売りで説明するのは、講師の立場としては不誠実な感じがしていたのです。
先日、部屋の片付けをしていたら、講師をやっていたころの書類が出てきました。欲求段階説についての説明のメモを読み返してみて、ふと思いました。
マズロー自身は「自己実現」をどういう英語で表していたのだろう?
調べてみると、こうなっていました。
self-actualization
セルフ・アクチュアライゼーション? えっ、そうだったの? アクチュアライズ、という英語はおおざっぱに「実現」と訳すこともできますが、その語幹のアクチュアルには、「実際にこうあるもの」「現実にそうあるもの」というニュアンスがあります。だとすれば訳が微妙にずれている。
どういう日本語ならいいのだろう?
重音テトの「エイプリルスター」をかけて、クルマを運転しながら考えていました。
ちなみに、テトはもともとエイプリルフールのネタ話だった子です。存在しない「嘘の歌姫」。紆余曲折あって、今は、高性能のエンジンを得て大人気のボーカロイドになっています。彼女の自己実現をうたう歌が「エイプリルスター」。ボカロ曲の名人の一人であるOSTER projectさんの作詞作曲です。
さて、自分自身が、こう「アクチュアル」になるというのは、どんな感じかしら。
結婚したての頃、一緒に寝ていた映子姫はオンボロの赤いパジャマを着ていました。首のところの糸がほつれていて、でも、そればかり着ている。「だって楽なんだもん。でも、ゴロちゃんも何でそんなテレテレのパジャマ着てるの?」「だって楽なんだもの」 ふたりとも着慣れた服を着ていて、ほっこりしている。これは、「実際にこうある」感じだな。自分たちのありように、なんだかフィットしている感じがある。
「ヒトをだめにするソファ」っていう、ビーズでできている体にぴったりフィットするソファがあるけど、外国人が「怠け者のテーブル」と呼ぶ日本語では「コタツ」というお道具があるけれど、こういうハマり方をするものについて、「実はこれ、手放せないんです」と言います。この「実は」の部分がアクチュアルです。
BBCなんかの国際ニュースを聞いていると、公式見解がまず述べられます。そのあと、内情の説明や打ち明け話が始まるときには、最初にアクチュアリー(actually)というコトバが現れます。「ここから先は、ぶっちゃけ話だよ」というフラグが立つのです。
あ、分かった気がする! マズローの言う「自己実現」の代わりになる訳語は「自分の<実のところ>は、◯◯なんですよ」という意味の何かだ。マズロー先生ごめんなさい、これだったら分かる。
アクチュアリーがぶっちゃけ話のフラグだとすると、つまりゴロちゃん訳のself-actualization は、「オレのぶっちゃけ」だ。
食物、安全、所属と愛情、尊敬の欲求の上に立つ、最も高次の欲求は「オレのぶっちゃけ欲求」。嘘の歌姫だった重音テトの最も高次の欲求は「歌いたい」ということそのもの。それ以外のものは、ぜんぶ吹き飛ばしてしまえる。なるほど。
マズロー先生も、あの本のなかでこんな風に言っています。「これらの欲求(注:低次の欲求)がすべて満たされたとしても、人は、自分に適していることをしていないかぎり、すぐに(いつもではないにしても)新しい不満が生じ落ちつかなくなってくる。自分自身、最高に平穏であろうとするなら、音楽家は音楽をつくり、美術家は絵を描き、詩人は詩を書いていなければならない。人は、自分自身の本性に忠実でなければならない。このような欲求を自己実現の欲求と呼ぶことができるであろう」(前掲書p.72)
これに関連して、マズローは、欲求の階層性については例外がありうることを述べています。自尊心の方が愛よりも大切なタイプ、創造への動機が何よりも優先してしまう芸術家タイプ、非常に低い生活水準で長い時間を過ごしたことによって、食物さえあれば満足してしまうタイプ、高い価値にすべてを殉じてしまう殉教者など(前掲書pp.80-83)。
最高位の欲求として「オレのぶっちゃけ欲求」が出てくるのだとすると、こういう例外は、人間のあり方としてあたりまえです。
ちなみに、普通に理解されているマズロー的な欲求段階説については、ヴィクトル・フランクルという人の批判があります。このひとは、ナチスの強制収容所で過ごした時期があって、後にその経験を書いた「夜と霧」(みすず書房 1961年)という、とてつもない名著を著した人です。フランクルはその著作の中でこういうことを言っています。収容所の中の極端な欠乏の中でも、最後のパンの半分を同僚に分け与え、パンがなければ心のこもった言葉で周りの人々を勇気づける人が存在した。ということは、生理的欲求とか安全の欲求とかを満たされていない状況でも、自己実現はありうるではないか、と。
後には、こんな風にも言っています。「自己実現は、人間の究極の目的ではない。(中略)人間が世界のなかで意味を充足する限りにおいてのみ、人間は自己を充足するのである。(中略)「自己実現といういとなみ」は、「重要な仕事への関与を通じて」最もよく実現される、ということを認めている点で、マズロウは私の主張、すなわち人間は、自己実現を求めるならば、自己実現の地盤を失うのであるという主張と完全に一致する。(中略)ブーメランが、的をはずれた場合にのみ投げ手のもとにもどってくるように、人間もやはり、自分自身の使命を見失った場合にのみ、自分にもどってきて自己実現しようとするのである」(ヴィクトール・E・フランクル「意味への意志」ブレーン出版 1979年p.45)
自己実現を「オレのぶっちゃけ欲求」と読み替えた場合、ぶっちゃけは「自分は、ホントは◯◯なんだ」という意味です。この場合の◯◯は、この人生における自分の使命と等価です。生理的欲求よりも、その他の欲求よりも大事な欲求がこれです。だからあらゆる(自分の)欲求が満たされていない収容所でも、自分の本質に導かれてヒトを助けるのですし、自分の使命を見失った時、ヒトはもう一回自分にもどって来なければならない。指針は、そこにしかないから。自己実現をしようとして、自己だと思っている「がらんどう」の中を他人の言説で満たしても、何も起こらない。フランクル先生が「人間は、自己実現を求めるならば、自己実現の地盤を失うのである」というのは、そういうことなのでしょう。もっと内側にある「ぶっちゃけ」まで触りに行かないと、人生は変わらない。
ヘルパーは、欲求段階説でいうところの「低次の欲求」の部分を手助けすることが多い職能です。そして、マズローの欲求段階説は、低次の欲求を支えているとだんだん自己実現に至るという読み込みがされています。
マズロー先生の本のなかでは、欲求の階層性について、低次の欲求が完全に満たされると次が出るというわけではなく、相対的なものであるという解説もなされています。「優勢な欲求Aが10%しか満たされていないと、欲求Bは全く目に見えないであろう。ところが、この欲求Aが25%満たされると欲求Bは5%(出現するであろう)」
「独断で数字を当てはめてみると、平均的な人では、おそらく生理的欲求では85%、安全の欲求では70%、愛の欲求では50%、自尊心の欲求では40%、自己実現の欲求では10%が充足されているようである」(前掲書p.83)。
ここまで見ると、マズローの欲求段階説は、実は「自己実現」が分かりにくい用語であったことで、かろうじて学問の体裁を保っていたようだということがわかります。
でも、彼の言う「自己実現」が、self-realization ではなく、self-actualization であったことは、マズロー先生の人間性への理解と、茶目っ気でもあったのかもしれません。自分の学説を根本的に崩してしまう可能性のある用語を、結論部分に忍び込ませるなんて、並の神経でできることではありません。
今、私たちは、自分の自我を現実化(リアライズ)した人を、幾人も知っています。ドナルド・トランプも、ウラジミル・プーチンも、イーロン・マスクもそうでしょう。自己実現のなれの果てを、私たちは恐怖をもって見つめています。
でも、マズロー先生のいう「自己実現」は、そういうものではなさそうです。自分の本質に静かに寄り添おうとする営み、それを彼はself-actualizationというコトバの中に、祈りのように埋め込んだのだと思います。
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