
「カメリアハウス」(65)エピローグ
陽菜の引越し作業も無事に終わり、亜紀たちは東京に帰った。今日から陽菜は新居だから、ゆう子はまたひとり暮らしになる。春の陽射しに誘われて庭に出ると、椿が満開だった。
いくつかの花は地面に落ちている。椿は花がポトリと落ちるから縁起が悪いという人もいる。しかし、ゆう子は少し違った感想を持っている。枝に咲いていた花が今は地面に咲いている。椿は、地面に落ちてもなお美しいと思うゆう子だった。
そこに陽菜がやってきた。
「ゆう子さん、ただいま」
「あらっ、引越してもやっぱり『ただいま』なのね」
「そう。カメリアハウスは、わたしが帰る場所だから。椿、今年もたくさん咲いたね」
「ほんとにね。普段あまり手入れしてないのに、毎年春を忘れずに咲いてくれるの」
「椿って、あんまり木が大きくならないのかしら。四年前と比べても大きさが変わってないみたい」
「そうね。私が結婚してここに住むことになった時には、もうこの木はあったの。毎年少しずつ剪定はしてるけど、その時と比べてもあまり大きさは変わってないように感じるわ」
「すごいね。五十年もの間ここにあって、住む人の歴史をずっと見てきたんだね」
「住んでいる人だけじゃなくて、出入りする人の歴史も見てきたんじゃないかしら」
「ゆう子さん、わたしね、大学に入ったばかりの頃は、漠然と食に関わる仕事をしたいと思っていたの。その頃と比べたら、少し成長できたのかな」
「私もね、この四年間で少し変わったのよ。老後はのんびり暮らそうって思っていたの。でも、陽菜ちゃんと暮らして、毎日の生活にハリが出てきたの。自分に役割があると生きがいにつながると実感したわ。陽菜ちゃんがここを出ることになってもアルバイトが決まって、今はワクワクしてる。気力、体力を考えると選択肢は限られるけど、挑戦してみようと思ってる」
「人って変わるよね。わたし、恋愛なんて面倒と思ってたけど、今は少し違う気持ち。誰かを好きになるかも知れないし、将来は結婚もするかもしれない。そんな未来もありかなって、今は思ってる」
人間が歳を重ね、変化するように、植物も成長し変化している。五十年間、樹形がほぼ変わらないように見える椿の木も例外ではない。
春に花咲き、夏に向かって実をつけ、秋にはその実が弾けて地面に落ちる。冬には他の植物に先がけて、蕾が膨らみ、やがて花開く。
毎年同じ光景が繰り返されているようだが、全く同じではない。椿は自身も少しずつ変化しながら、ここで暮らす五十歳差の二人の女性を見守って来たのである。
「そうだ、ゆう子さん、ここで写真撮ろう」
陽菜はスマホをかざし、ゆう子の肩を抱いて引き寄せる。艶やかな緑の葉と赤いカメリアをバックに、五十歳差の二人ははにかんだように微笑んだ。
(完)