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大船渡市の第二次山火事鎮圧・綾里地区立ち入り禁止解除を経て、報道機関から無視され続けた田浜地区の現在を散策する

  • 割引あり

2025年2月19日から続いていた大船渡市三陸町綾里地域の山火事が、同年3月9日に鎮圧を宣言され、翌10日に全域が避難指示解除となった。2月26日に発生した赤崎町合足地域の火災及び三陸町綾里地域の田浜地区で一度鎮圧した山林火災が再燃し大規模に延焼した山火事から三陸町綾里地域は全面的に立ち入り禁止となっていたが、避難指示解除を以って立ち入りが可能となった。

2月19日に発生した三陸町綾里地域の田浜地区の山火事から日々綴ってきたnoteもこれで遂に更新を終えられる可能性がある。とはいえ、現状は未だ鎮圧であり、鎮火は目途がついていない状況だ。2月26日に再燃した田浜地区の山火事のように、再び火がつき、延焼が拡大する可能性は消えていない。さりとて、2月26日以来入れなくなっていた綾里地区に入れるようになったのは、前進と言える。

本noteでは、2月26日以降、激しい大火に包まれていたにもかかわらず、報道機関が無視を決め込んでいた大船渡市三陸町綾里地域の田浜地区を中心に現況を伝える。一度鎮圧した山火事が再燃した事実について、報道規制でもかかっていたかのように報じられず、あまつさえ誤報同然の不適切な情報が流布され続け、見放された地区と囁かれてすらいた田浜地区の現在を知って欲しい。

※テレビ朝日(ANN)に関しては、長らく筆者はやり取りを続けており、報じるための努力を行っていたことを確認している。しかしながら綾里地区封鎖に伴い、報道するために必要な情報を得られる状況になかった。他の報道機関についても同様の事情を持っていた可能性はある(とはいえ、鎮圧後の再燃、再延焼によって住宅が焼失したことに触れられなかったのは事実である)


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綾里・赤崎大火:3週間近く山火事に苛まれ続けた大船渡市三陸町綾里地域の田浜地区の2025年3月10日の現在を写真と共に伝える

大船渡市三陸町綾里地域の田浜地区の住宅地及び隣接する山地を歩いた。写真を中心に、田浜地区の現在を説明する。これまで伝えてきたnoteに掲載された2月26日以前の写真と見比べながら読んで欲しい(有料部分では比較を掲載している)。

写真と地図で見る、大船渡市の山火事鎮圧後の三陸町綾里地域の田浜地区の様子

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田浜地区:まずはこの辺りを紹介する
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住宅地近くの旧山林地帯。切り株が全体的に焼け焦げている
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田浜上地区最奥の住宅から山林へと向かう道。

2月25日に鎮圧が宣言され、2月26日に再燃した山火事は、鎮圧前には到達しなかった住宅地まで延焼している。結果的に住宅近くの木々や道路に散った枝葉も焼け焦げていた。

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最奥の住宅は延焼した山火事によって全焼(全壊)していた

田浜上最奥の住宅は、鎮圧後再燃した山火事によって全焼していた。避難指示解除を受けて訪れた所有者は、自身が建設した住宅が全焼した姿を目の当たりにし、「やはり自分が建てた家が燃えてなくなるのは悲しい」と漏らし、一通り確認した後、報道陣に対応し、帰って行った。

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水神様を祀る石碑の周囲が燃えている

付近では、水神様を祀る石碑の三方を囲むように燃え、その脇の家屋が燃えずに残った場所も見られた。

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山肌が一面焼け焦げている
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道には焼け焦げた枝葉が落ち、左右の切り株は黒く染まっていた
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2月19日以降何度も足を運んだ道が燃えた跡を目の当たりにするのは、思うところがある
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奥の方がすっかり焼け落ちてしまっている
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数多くの消防隊が警戒していた
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黒く染まった景色が、火勢の強さを物語っている
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竹は折れ曲がっていた
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次はこの辺り
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住宅が一軒全焼している。向かい側の家々は残っていた
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住宅上の祠は残っているが、目と鼻の先まで火が迫っていた様子が分かる
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祠の周囲が燃えたことが分かる
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次はここ
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先ほどまでの場所を上から見た写真。住宅近くまで山肌が広範囲にわたって焼け焦げているのが分かる
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住宅のすぐ後ろまで燃えた様子が分かる
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一帯が燃え、住宅地へと火が下っていった様子が見て取れる
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一見すると町並みは変わらない
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奥の方は大体が燃えていた

この画像の手前を左折すると旧・綾里中学校及び総合運動公園に至る。そちらにも足を運んだ。

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この辺り

この山道は、2月19日に発生した田浜地区の山火事において、住宅地への延焼を防ぐための防衛線のような位置づけとなった。画像上において、この山道の内側(左側)に延焼すると住宅地へと火が雪崩れ込む形になるためだ。翻せば、この山道を越えさえしなければ住宅地への延焼は概ね防げる形だった。

2月25日に出された鎮圧までの期間、火がこの山道を越えることはなかった。消火にあたった方々の力あっての功績である。しかしながら、2月26日に起きた再燃、再延焼時は、14時時点で火が既にこの山道を越え、住宅地へと入っていた。それだけ、再燃時の勢い、火の手が回る速さは尋常でなかった。

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山道を進むと山中での延焼の酷さを垣間見れる
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住宅地から離れると燃えた痕跡がより濃く見られる
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木々が焼け朽ちた斜面となっている
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切り株は、表面が焼けただけなく内部まで焼けていた
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焦土と化す斜面
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左右どちらを見ても焼けた跡だった
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奥の方まで焼け落ちている
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焦げた切り株の道ができていた
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もはや炭の塊である
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次はここ
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道路を挟んで両方が燃えている
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坂の下側は全焼している
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全焼した倉庫。奥にあった民家も全焼している

上記のNHKの記事において、「震災後に建てたワカメ加工場が火災で被害を受けた人も」で報じられている倉庫である。東日本大震災の津波によって流失、全壊した住宅の跡地に建設された倉庫となっている。今回の山火事において、東日本大震災後に建設した住宅が焼損した事例は少なくないと思われるが、東日本大震災によって被災した跡地に建設した建物が焼損した事例は、極めて少ないと見られる。

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倉庫の残骸
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次はこの辺り
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2月26日の14時前後、すぐ裏手が燃えていたエリア。住宅は無事
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川のすぐ上の土地が焼けている
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坂を上った先、山側にあった住宅が2棟焼失していた。恐らく奥にあった祠も焼失している
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消火活動ができる体制のヘリコプターが飛んでいた
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漁港側へ
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対岸の石浜の漁港にあった漁業協同組合の倉庫が全焼している
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東日本大震災以前は倉庫が並んでいたが、東日本大震災以降は倉庫が移設されている
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次はここ
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墓地があった辺りから海側に向かって斜面が焼けた様子が伺える。斜面の側にあった住宅が焼失した
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斜面が広く燃えた様子が伺える
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一面焼けた様子を確認できた
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火の手は斜面だけでなく、平地の辺りまで伸びた様子が伺える
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神社は焼けずに残っている
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2月26日に真っ赤に染まった様子が撮影された場所

田浜地区の紹介はここまでである。住宅地の辺りは、これで一通り見た形となる。田浜地区の建物被害は15軒とされている。この被害規模で収まったのは奇跡と言って良いように感じられる。

それほどまでに、2月25日に鎮圧が宣言され、翌26日に再燃した山火事の勢いは凄まじく、瞬く間に住宅地に迫っていためだ。避難時には住宅地に炎が点在しており、だからこそこれだけの被害で済んだのは奇跡としか言いようがない。

建物被害がゼロで済むのが最善ではあったが、田浜地区一帯が取り囲まれるように火の手に見舞われた状況を思い起こせば、難しかったのだと思う。建物を失われた方々には心身共に一刻も早く落ち着ける状況になることを願ってやまない。

大船渡市の山火事において大きな被害を受けた港地区の様子

大船渡市の山火事において何度も被害状況が映し出された三陸町綾里地域の港地区の商店街(住宅街)の様子を伝える。

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商店の建物が焼失し、ピアノ教室を行っていた建物が焦げている
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報道陣や工事業者、住民たちが集まり様子を確認していた
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一帯が焼け落ちている
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山側の住宅には残っているものもあるが道路側の建物は多くが焼失していた。山火事の広がり方が特殊である様子を物語っている

港地区については、上記のnoteも参照して欲しい。最後に、2月26日前後の写真を比較する。ここからは有料となるが、以前のnoteと本noteに掲載されている写真を見比べれば同じ内容を知られる。2本のnoteを比較することに手間や面倒さを感じる方は購入して欲しい。

大船渡市三陸町綾里地域の山火事について第一回目(2/19-2/-25)と第一回目の再燃再延焼及び第三回目の火災が延焼しておきた山火事(2/26-3/9)の写真を比較する

 
 
 
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