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【シロクマ文芸部】三月は

    はらとけい

    三月は、送別会の予定で埋まっていた。

    部署異動に、転職者。
    花束を渡し、写真を撮り、笑って見送った。

    「お疲れさまでした」
    「向こうでもがんばってください」

    今日はあちらの部署、次の日は隣の部署。週末は取引先。
    毎晩のように同じ言葉を繰り返した。

    相手は皆、少し照れたような顔で去っていく。
    駅の改札やタクシー乗り場で手を振り、背中が見えなくなるまで手を振る。もう何百回振ったかわからない。

    三月の後半になっても、送るべき人は一向に減らなかった。直接関わりのない人にまで声をかけられる。
    「最後だから」と言われたら断れない。名前を思い出せないような相手にも、笑顔で花束を渡した。

    送別会のあとは、街が静かに感じられた。終電に乗るたび、なんだか昨日より車両の空席が増えている気がした。

    会社も空席が目立つようになっていった。デスクが一つ、また一つ空になり、段ボールが積み上がっていく。
    けれど業務は減らない。残った者がやるしかない、と皆が言う。社の空気は目に見えて疲弊していった。

    三月三十一日、最後の送別会が終わった。
    幹事を任されていた自分は、店を出る全員を見送る。酔った足取りの背中が夜に溶けていく。

    その場から誰もいなくなるまで、立っていた。

    *

    四月一日。
    いつも通り出勤しようとすると、駅に人がいなかった。

    改札は開いたまま、電光掲示板は点灯している。なのにホームに人がいない。電車も来ない。音だけがどこからか響いてくる。

    しかたなく会社へ歩いて行く。
    ようやく着いた会社にも、やはり人はいなかった。部署に照明はついている。けれどフロアにはデスクしかない。書類も、私物も、もちろん人も消えていた。

    電話は鳴らない。メールも届かない。
    昼になっても、誰も来ない。

    外へ出ても同じだった。店は開いている。信号も変わる。けれど人影がない。風だけが、無人の通りを吹き抜けていく。

    三月に見送った人たちを思い出す。
    顔はもう浮かばない。笑って去っていった背中。振り返らなかった人たち。

    送られたのは自分だったのだと。
    ようやく理解した時には、三月はとっくに終わっていた。

    (856文字)


    *この記事は下記企画に参加しています*

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