
塩麹をもらって、優しさの循環を思った
先日、知人から自家製の塩麹をいただきました。
以前、食べ物や発酵の話で盛り上がったことがあり、そのときに私が麹の話をしていたので、覚えていてくれたのだと思います。
「このご時世、他人の手作りが嫌じゃなければ……。よかったら貰ってくれる?」
そう言って、少し遠慮がちに渡してくれました。
その気持ちが、私はとても嬉しかったのです。
たしかに、コロナ禍を経験して、私たちの衛生に対する意識は大きく変わりました。
テレビなどでも、「人が握ったおにぎりはちょっと……」という話を耳にすることがあります。
もちろん、食中毒を防ぐために、清潔に作ることや適切に保存することは大切です。
でも、ふと考えました。
私たちは、微生物と切り離されて生きているわけではありません。
空気中にも、土の中にも、植物の表面にも、そして私たちの身体にも、たくさんの微生物が存在しています。
味噌や醤油、納豆、漬物、そして塩麹。
私たちが昔から食べてきた発酵食品も、微生物の働きによって生まれています。
目には見えない小さな存在が、時間をかけて食べ物を変化させ、旨味や香りを生み出していく。
そう考えると、発酵というものが、なんだかとても不思議で愛おしいものに思えてきます。
今回いただいた塩麹にも、そんな目には見えない営みが詰まっています。
そして私は、そこにもうひとつの「循環」を感じました。
誰かが時間をかけて作ったものを、誰かに渡す。
受け取った人が嬉しくなり、また別の誰かに何かを渡したくなる。
発酵も、すぐに結果が出るものではありません。
時間をかけて、目に見えないところで変化していきます。
人の優しさも、それと少し似ているのかもしれません。
そのときは小さな出来事でも、受け取った人の中でゆっくりと育って、いつか別の誰かへ渡っていく。
いただいた塩麹は、ただの調味料ではありませんでした。
そこには、その人が私のことを覚えていてくれたこと。
「よかったら使って」と、わざわざ作ったものを分けてくれたこと。
そして、受け取る私のことまで気遣ってくれたこと。
そんな優しさが、一緒に入っていました。
発酵するのは、食べ物だけじゃない。
目に見えない微生物が食べ物を変えていくように、人から受け取った優しさも、私たちの中で何かを変えていくのかもしれません。
そして、いつかその優しさが、また別の誰かへ渡っていく。
塩麹をいただいたことをきっかけに、私はそんな循環を感じました。
食べ物も、微生物も、人の優しさも。
目に見えないところでつながりながら、静かに次の誰かへ渡っていく。
そんな循環の中で、私たちは生きているのかもしれません。
📕今日の一冊
『発酵文化人類学――微生物から見た社会のカタチ』小倉ヒラク
