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山とわたしのエトセトラ ーくじゅう連山ー

    夜の海に、唸るような船のエンジン音が響く。波にたゆたうブイの灯りが心地よくて、まるで大きなゆりかごに揺られてる気分になる。「明日には、くじゅう連山にいるんだな」。そう思うと気持ちが高ぶって、なかなか眠れない。プシュー。もう一本、ビールを開ける。流れていく淡路島の街の灯りを遠くに見ながら、昔のことを思い出した。

    中学生の頃、大好きだったバンドのライブチケットが取れなくて号泣したことがあった。母は「そんなくだらないことで泣くなんて、情けない」と怒っている。母はとにかく要領が悪いことや、ぐずぐずしたことが大嫌いなのだ。「お母さんは、いつも私の気持ちなんて分かってくれない!」。そう思えて、よけいに涙が出た。

    そのいっぽう、父は町中のCD屋さんに「コンサートのチケットはここで買えるか?」と聞いて回ってくれてたらしい。
    母にそう話す父の声を壁越しに聞きながら、「そんなの取れるわけないじゃん!」と、ますます不貞腐れて布団に潜る。店員さんも「はっ? このおじさん、何言ってんだ?」って思ったに違いない。
    でも、ニコニコと人のよさそうな顔で町中を歩き回る父の姿が思い浮かんで、どうしてか分からないけど締め付けられるように胸が痛んだ。

    父はきっと優しい人だった。
    たびたび心に不調をきたしては、酒に吞まれていた。私は私で、小学生にして中二病を発症していたから(早熟だなぁw)、もはや普通の会話が成り立つふたりじゃなかった。
    だからこのチケット事件は、私が思い出せる、数少ないマトモな(?)父との記憶だ。

    くじゅう連山のことを初めて知ったのは、漫画『山と食欲と私』を読んだとき。
    主人公の鮎美ちゃんが、幼いころに亡くなったお父さんの足跡をたどって坊がつるを訪れる。お父さんのことをほとんど覚えてないから、実体を感じることができない。「私のお父さんって本当にいたのかなぁ」。そう呟きながら、お父さんのことをもっと知りたいと願い、ひとり山を歩く。
    晩秋のくじゅう。凍えるような冷たい風がゴーゴーと唸る。荒涼とした景色は寂しくて、胸がギュッとなる。それなのに、山も人も包み込んでくれるように優しくて暖かい。

    「坊がつる。くじゅう連山か……行ってみたいなぁ」

    9月。まだ残暑は厳しいけど、山はもう秋。九州の山とはいえ、朝晩はかなり冷えるはず。防寒着や冬用シュラフでパンパンになった60リットルの大型ザックを抱えて、別府行きのフェリーに乗り込んだ。ボーっと鳴る汽笛が身体に響く。
    船の旅。旅情がガンガンに盛り上がる。夜の甲板は、潮風がビュンビュン吹いて寒いくらい。上着を着こんで、遠ざかる街の灯りを眺める。「さようなら、大阪!」。しあさってにはまた戻ってくるんだけど、まるで永遠の別れのような気分になる。
    「なにこれ、めっちゃ旅人じゃん。最高」
    山への道のりがすでにセンチメンタル全開。大好物。

    まだ木々の緑が残り、坊がつるにもたくさんの笑い声が響いていた夏の終わり。山一面、雪で真っ白に覆われて、寒さで凍えそうだった冬。木々が最後の命を燃え上がらすように真っ赤に染まる晩秋。
    急峻でゴツゴツした山容は荒々しくてキツいし、黒い粘土質の土がズルズル滑って下山なんて恐怖だし、秋冬に吹き荒れる風の強さと冷たさに泣きそうになる。
    それでも……どの季節に訪れても、胸がギュっと締め付けられるような、たおやかな優しさがくじゅうにはあった。

    その切ない優しさには覚えがある。
    私のために、街中を歩き回って、取れるはずのないチケットを探してくれた父の姿。
    たぶん、きっと、すごく生きづらかった世界で、最後まで優しさを失わなかった父へのねぎらいと、数少ない真っすぐに差し出された優しさを受け取ってあげられなかった自分への後悔。
    どうしてたったひとこと、「ありがとう」と言ってあげられなかったんだろう。

    見渡す限り、黄金色に染まったススキの野原。その坊がつるを、ザックを背負ってひとり歩く。冷たい風が吹くたびにサラサラと揺れる淡い黄金色。それが切なくて寂しい。
    「さようなら、また来るね」
    私の記憶の坊がつるは切なく揺れるススキや、肌を刺す冷たい空気をまとっていて、いつも少し寂しい。それがたまらなく好き。でも、いちど、ミヤマキリシマの淡いピンクに染まる春のくじゅうを見てみたいと思っていた。

    大船山(たいせんざん)の稜線を平治岳(ひいじだけ)に向かって進む。北大船山のピークを過ぎるとミヤマキリシマの群生地がある。でも、肝心の花はまだ蕾が多い。登山道に張り出したミヤマキリシマの枝をかき分けて進む。すでに腕は傷だらけだ。うーん、遠くから見ると、わりとピンク色だったんだけど……。
    でも、本命は平治岳。事前情報では満開らしい。遠目に見ても山肌がピンク色で埋め尽くされてるのが分かる。早く近くで確かめたい。気持ちは焦るのに、黒い粘土状の土はドロドロで、脚を取られる。早く、早く。午後から雨予報だし、ときおり真っ白なガスが流れてくる。きっともうじき、ガスに覆われて何も見えなくなる。

    「平治岳?」。すれ違ったお父さんに声を掛けられる。「下り、ゴロタ石ばっかりやけんねぇ」。九州の言葉の優しい語感と、人懐っこい笑顔に焦る気持ちが少し落ち着いた。
    お父さんに教えてもらった通り、ゴロゴロの浮石が積み重なる下りが出てきた。脚をのせると、岩ごとガラガラっと崩れてしまう。「こんなん、デス・ロードじゃん!」。全神経を脚に集中させる。やっと樹林帯まで下りてきた。しばらく進むと、道の先が明るい。着いた!

    薄暗い樹林帯から飛び出すと、ピンクの花びらが洪水のように目に飛び込んできた。キリッとした色の花もあれば、優しい薄桃色っぽい花もある。そのぜんぶがグラデーションになって山肌を一面のピンクに染めていた。まだ空は青い。

    平治岳の山頂への道のりは険しかった。体感で垂直のようにも感じる急斜面。ふくらはぎが伸びきって痛い。岩を乗り越えるところでは、足がかりが少なくて、全身を使わないと登れない。きつい。でも、ピンク色に彩られた登山道を登っていくのは、いつもと違う楽しさがある。息が苦しくても、不思議と気持ちは明るい。あそこに見えているピークまで上り詰めれば、山頂部が見えるはず。もうすぐ、あと少し。

    最後の岩場を登り切った。その先にあるピークに立つ。そこからは1643mの頂まで緩やかに道が続いているのが見えた。たおやかなその斜面いっぱいに、優しく穏やかにミヤマキリシマが咲き誇っている。
    振り返ると、ピンク色のミヤマキリシマ越しに坊がつるとくじゅうの山々が見えた。
    いつも見る黄金色の景色じゃない。瑞々しい緑色で覆われた坊がつる。吹く風は心地いい。
    そこにはいつも感じていた、何かの別れを思わせる寂しさじゃなくて、命をそっと迎える温かさがあった。険しい峰々にそっと寄り添うような優しさがあった。

    父が死んだとき、あまりにも慌ただしくて、命日も享年も正確には知らない。お葬式にも間に合わなかった。わたしは父のことをなにも知らない。
    満開のミヤマキリシマを見ていたら、子どものころ、休みの日には父がいつも図書館に連れて行ってくれてたことを思い出した。妹とスーパーカブに三人乗りして(あっ、これダメなやつ笑)、坂道が登れなくて草地に倒れて笑ったこともあった。
    たぶん、わたしが忘れているだけで、本当は穏やかな思い出もたくさんあるんだろう。父の人生にも幸せな時間がたくさんあったはずだ。だからきっと、最後まで優しい人だったんだろう。

    下山しているとき、昨日、山小屋の温泉で一緒になったお母さんたちと出会った。「また会ったねー!」と喜んでくれて、一緒に写真を撮ろうと誘ってくれた。
    山で出会った人たちの思い出をわたしが心に刻んでいるように、わたしも誰かの記憶に刻まれてるのかな? ミヤマキリシマで彩られた美しいくじゅう連山を思い出すとき、わたしも一緒に思い出してもらえるのかな? そのとき、記憶のなかのわたしが優しく笑っていられるように。そう願いながら、ミヤマキリシマが咲き誇る山を下っていった。

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    平治岳の山頂へと続く道
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    平治岳山頂からの景色

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