
5-1 マイクロムーン
夏の始まりから、春の終わりまで。
夏の始まり
大雨。
お泊まり保育。元気に家を出た。
元気に帰ってきた。
そら豆を食べていると寄って来た。
皮を食べていた。
机の上に飛び乗り、窓から雨を眺めている。
トラックボールを操作する右手に頭を擦り付けてくる。
カーソルがあらぬ方向へ。操作を失敗する。
ノートの上に寝転がっている。
腹をむいて機嫌が良さそうにしている。
顔を埋める。
ひなたの匂い。
夏
本棚を足場にして机に飛び乗る。
ディスプレイの前に座り、目に鼻を近づける。
機嫌が良さそう。
お米が高い。
風呂上がりに背中に飛び乗ってきて、濡れた髪を舐める。
それぞれ寝ている。
お腹の中は暗かったらしい。
でんぐり返りしていたらしい。
蝉の羽化をみかける。

襖をこじ開けて入ってくる。
机に飛び乗ろうとして失敗する。
改めて本棚を足場にして机に飛び乗る。
秋
月蝕。

仲良く寝ている。前足で目を押さえている。
小さな黒い蛇をみかける。
ヒバカリというらしい。
「噛まれたら命はその日ばかり」
実際には、毒はないらしい。

出雲へ。
生臭い匂いがする気がする。
阿蘇へ。
運動会。
窓の前の足場を踏み外して落ちてくる。
恥ずかしそうに前足を舐めている。
仲良く寝ていることが増えた。
干し芋を欲しがる。少しだけ食べる。
姿が見えない。
呼んでも出てこない。
クローゼットの奥で寝ていた。
迷惑そうにこちらを見て瞬きする。
瀬戸へ。
能登へ。
冬
仕事を辞めた。
生臭い匂いがする気がする。
また戦争が始まった。
椅子の上で寝ている。
吐くことが増えた。
カーペットの洗濯をすることが増えた。
6歳になる。
テーブルを動かす時に手伝えるくらいになった。
ランドセルが届く。
箱を開けると入学おめでとうございますというメッセージ。
生臭い匂いがする気がする。内臓のような匂い。
シートに血尿。位置でどちらかはわかる。
病院へ。
卒園。
『こよみともだち』という絵本をよむ。
2月さんについて調べた。
最終登園。
夢わかばの楽譜をさがす。
香ばしい匂いが変わってきた。
整形外科でX線撮影、股関節。
春
月へ。
桜の下で写真を撮る。
入学式は雨だった。
月から帰ってきた。
送り迎え、行き渋る。
クローゼットの奥に隠れる。
撫でると機嫌が良さそう。
顎を撫でると手が臭くなる。
自転車の練習がてら、少し遠くのスーパーへ買い物に行くことが増えた。
10歳になる。だいぶ痩せている。
9歳になる。少し太った。
宅配の段ボールが溜まってきた。そろそろ捨てなければ。
クローゼットの引き出しの奥。
ふらついている。ほとんど食べない。
入院。
面会。背骨。
退院。夜、春雨に濡れて帰る。
手から少しだけおやつを食べた。
食べ残したおやつを全部食べた。
診察。
点滴の方法。
たくさんの皿が並ぶ。そのうち一皿だけ食べた。
いくつかのサンプルをもらい、帰る。
窓から外を見ていた。
ムービーを撮っているとこちらを向き、ゆっくり瞬きをした。
キッチンの前で、何かを伝えていた。
またクローゼットの奥へ。
春の終わり
カーテンの裏 唸り声。
少しだけ撫でる。ひんやり柔らかい。
机の裏。
夢で鳴き声が呼ぶ。
机の裏。
ベッドで一緒に寝ている。
話しかけるとゆっくり瞬きする。
ため息。
痙攣。
瞼を閉じて数十秒間、やさしく押さえる。
ランドセルの空き箱。
保冷剤。クーラー。
花を買いに行く。ひまわり。
毛はもう抜けない。
寝ているみたいだ。
赤紫の夕焼け。ベランダから写真を撮った。
わからないのか、ずっとさがしている。
物音がするとクローゼットの方へいく。
朝、一人で起きて覗き込んで静かに泣いていた。
抱きしめると、また眠った。
カレンダーを入れる夢を見た。
毛布。ごはん。花。
さつまいも、そら豆を急いで買いに行った。
雲が一つもない。
最後に玄関で挨拶。わからない感じだった。
タクシー。少し迷い、膝の上に乗せて運んでいた。
40分。
喉仏。
小さな骨。かわいい骨。
手に張り付いてきた。
小瓶。
寂しそうに机の下で伏せっている。
もう匂いがしない。
フルブルームーン。
小さな月、遠い月。