さよなら、バスガール。
バスの運転手をしていると、強烈な印象を残すお客様に遭遇することがある。東京の都心を走る某路線に乗務していた時、このような出来事があった。
片道70分……都内としては比較的長距離の部類に入る路線の終点。前ドアから乗車して運賃を支払い、運転席から離れている後ろのドアから降車するバスなので、降車するお客様と声をかわす機会は、通常ならば、あまりない。しかしながらその路線では終点に限り、両方のドアを開け降車していただくようになっているため、前のドアから降車するお客様に「ありがとうございました」と直接お声がけすることができるのだ。私はいつもそうしていた。その日も、変わらず。
最後のお客様が降車し、車内点検をしようとしたところ、前ドアから降りたばかりの、古希を過ぎたぐらいの品の良さそうな高齢の女性が、バスのすぐ横でニコニコと笑ってこちらを見ていた。「お客様、どうかされましたか?」私がお声がけすると、その方はさらに笑顔になり、一瞬恥ずかしそうな表情を浮かべつつ、このように言ったのだ。
「私ね、昔バスガールだったのよ。この路線で」
予想外の言葉であったが、私はすぐに理解した。バスガールとは、路線バスがツーマン運行だった時代に存在した女性車掌のことである。車内でバスの乗車券を発売したり、安全確認や発車合図をするなどの仕事を担っていたが、バスのワンマン化による合理化の影響を受けて1970頃にはほとんどのバス事業者で廃止されたと聞いている。その仕事をあなたがなさっていたとは!
終点での折り返し時間があったこともあり、元バスガールのお話にしばらく耳を傾けることができた。私が生まれた頃にはすでに存在しなくなっていたバスガールという職業の日常について、その方はきらきらとした表情をしながら滑らかな口ぶりで色々と教えて下さった。彼女がどのようなことを思い、たまたま乗り合わせたバスの運転手に過去の自分の話をし始めたのかは正直なところ分からない。数十年ぶりに、元の職場付近を訪れたのかもしれないし、ただ単に、普段そのような話をする相手がいないだけかもしれない。何にせよ、その相手に私を選んでくださったことが、本当にありがたかった。
時間にして、5分もなかったはずだ。とは言え職場の、そして人生の大先輩である彼女がバスガールとしての職務を真摯に努め、その経験が今の穏やかな笑顔につながっているのだろうということは、容易に想像できた。
「ごめんなさいね、お忙しいのに」ワイン色のベレー帽を被ったおしゃれなその方は、申しわけなさそうにしつつも、満足そうだった。
「いえいえ、貴重なお話、ありがとうございました」私がそう返すと、「これからも安全運転で。さようなら」と、先ほどの饒舌さから変わり、小さく手を振り、風のように去って行った。
路線バスの運転手をしていると、あれは夢だったのだろうかと思う出来事に遭遇することがある。
あの時、笑顔で仕事の思い出を語り、「さようなら」と言い残した彼女が、今でも元気で、そして幸せに暮らしていますように。