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整体師とお坊さんとカカシ 第16話

     春の香りがする新緑の森を突き抜けるように石段を登ってゆくとせせらぎの音がしてきた。私が子どもの頃に遊び回った背振さんの空気とよく似ている。

    「じいちゃんやばあちゃんと山菜採りに行ったなぁ」
     自然のおかげでさっきまで沈んでいた気持ちがずいぶんすっきりした。

     山育ちの私はともかく、周りの連中ときたら歩くほどに足と気持ちが重くなるらしい。
    「こんな山奥にあるのかよ」
    「熊とか出ないかしら」
    「怖がらせないでくれよ」
     ぼやくことで疲れを紛らわせながら一歩一歩踏みしめるように登っていた。

    「あった、滝だ」
     先頭集団から声が上がるとそんな雰囲気が一変した。
    「うわー、すげー」
    「マイナスイオン浴びてる感じ」
    「やっぱ修行しにくるだけあるわ」 
     
     あれほど嫌々ながら登っていたのに、誰しも笑顔になるのだから滝の放つ力は不思議だ。

     首を反らすように見上げなければ断崖から滝が落ちるところがわからないほど高く、しかも幅は約20メートルに渡るだろう。大きな滝が二本、少し細い滝が三本流れ落ちて滝壺の水面を叩きつけ、霧のような水しぶきが辺りを包んで清々しい。

    「男女別にテントがありますので、交代しながら白装束に着替えてください」
     運営部の案内に従い準備された白装束とビーチサンダルを受け取って並ぶ。
     和尚や寺の関係者がいないところをみると、FBGで独自に企画したのだろう。
     そんな憶測をしていたら、女性用の着替えテントから誰かが出てきた。
    「お次の方どうぞ。テキパキとね」
    「えっ、阿比留先生も滝行を?」
     私は声を上げるまで1秒を要した。つい「メイクされてないからわかりませんでした」と言いそうになり、慌てて口をつぐんだからだ。
    「もちろん。私だって滝行を楽しみにしてたんだから。あ、メイクは落としといた方がいいわよ。崩れたところを見せるよりいいでしょ」
     先生は私の表情から察したのか女性陣を気遣った。

     白装束になった大勢の男女が滝壺の前に並ぶと儀式でも始まりそうな雰囲気だが、私はどこか冷めていた。
    「やっぱり和尚さんがいない企画だから儀式じゃなくない」
     心の中でツッコんでいると、お経が聞こえてきたので驚いた。

    「しゅーじょーほーんらーいほーとけーなりー みずーとーこーおりーのごとくーにてー みずーをーはなーれーてこおーりーなくー しゅじょーおーのほかーにーほとーけーなしー・・・・・・」
     なんと阿比留先生が滝に向かってお経を上げているではないか。
     皆も聞きながら自然と合掌して滝を拝む。

    「是風和尚には許可を頂いてFBGで滝行を企画しました。このお経は白隠禅師の『坐禅和讃』です。滝に打たれる時間は1分ぐらいを目安に、お経を唱えながら精神統一するとよいでしょう。くれぐれも無理はしないように。まず私がやってみせますので、我はと思う人はそれに続いてください」
     先生はそう説明すると、躊躇せずにじゃぶじゃぶと滝壺へ入ってゆく。思ったより浅くて足のスネが半分浸かる程度だ。

     大きな滝の下に入ると容赦なく水が頭から肩を打ち付ける。阿比留先生は髪が長いのでお団子にまとめているが、前髪は垂れ下がり目が隠れてしまった。
    「しゅじょほんらいほとけなりーみずこおりのごとくにてー」
     心なしか震えた声でさすがにお経も早口になるらしい。しかも滝の音に掻き消されてあまり聞こえない。

     私はそんな先生の姿に勇気をもらい、すぐ横の大きな滝に駆け込む。
    「冷たい!痛い!うわーーー」
     信じられない。氷水のような冷たさと、水圧の衝撃の中でお経を唱えるなんてムリだ。
    「しゅじょほんらいほとけなりしゅじょほんらいほとけなりしゅじょほんらいほとけなり・・・・・・」
     『坐禅和讃』の冒頭部分だけを早口で繰り返して何とかしのぐ。
    1分経つと進行役の男性が合図してくれたから、素直に従って滝から脱出した。
     
     タオルをもらって髪の毛を拭いている間、次々と滝の中へ飛び込んでいくのが見える。
    「ぎゃー、冷てーーーーっ!」
    「ムリムリムリ、うううう」
     ほとんどが滝行なんて初めての経験だろう。つい叫びたくなる気持ちは同じらしい。

    「うーん、白隠禅師に敬意を込めて『坐禅和讃』にしたけど難しいわね。宗派にこだわらず、『はらいたまえ、清めたまえ、六根清浄』がよかったかしら」
     阿比留先生がタオルを首にかけながら話しかけてきた。
    「え?そうですね。ていうか、できれば夏にやったほうがよろしいかと」
    「バカね!本来は冬に極寒の中でやるところを敢えて春にしてるんだから。夏だったらバカンスになっちゃうでしょ」
    「そっか、そうですね」
     私は甘いことを言って先生に窘められてしまった。

    「おいっ、早よせんか」
    「ダメです。できません」
    「滝行やで!そんなんじゃ水遊びと変わらんやんけ」
     言い合う声が聞こえたので目をやると辻田深園が泣きそうな顔をしている。状況から察するに、滝の下まで入れと急かされているらしい。

    「犬丸先生、あまり無理をさせないでください」
     阿比留先生も気づいて男性に注意した。
     大広間で深園に「はよう」と急かしたのもきっと彼だろう。声が似ている。
     深園が所属する【ナニワ癒やしックス】の上司とみた。

    「阿比留先生、僕だって言いたくないですよ。しかし彼女の為を思って心を鬼にしてやっているんですから」
     なんと犬丸先生は反論してきた。当の深園はまた俯いているから表情がよくわからない。
    「そうね。あなたの指導方針があるのでしょう。でも、滝行は万が一ということが考えられるので無理は禁物よ」
     阿比留先生は本部から来た講師であり、この研修の責任者でもある。その言葉に犬丸先生もぺこりと頭を下げて従った。

     滝行を終えた者は順次テントで着替え、再び歩いて移動すると大浴場で体を温めた。
     大広間に戻ったら夕食の準備が整っておりカレーの香りが食欲をそそる。
    「こちらは高野山の精進カレーを参考にしたものです。肉・魚だけでなく、五葷(ごくん)とされる玉ねぎ、ニンニク、葱、ニラ、ラッキョウなど臭いが強い野菜は使用しておりません。コンニャク、油揚げなどの食感や干しシイタケ、昆布などダシの味わいをお楽しみください」
     是風和尚が作ったのだろうか、詳細に説明してくれた。まずは「いただきます」と手を合せる。誰しもお腹が空いていたはずだ。とくに食べ方の作法はないと言われただけに、黙々とスプーンで口に運び顎を動かした。

     全員が精進カレーを平らげるまで10分も要らなかっただろう。するとデザートが運ばれて歓声が上がる。
    「島田魁が新選組時代に作ったとされるおしるこ。それとレモネードです。皆さまお疲れでしょうから甘いものをご用意しました」
     カレーで足りなかったと思われる男性軍は和尚が話し終わらぬうちにおしるこに箸をつける。
    「甘い!甘すぎる!」
    「甘さが歯にしみる」
     私はそんな声を耳にして「大げさな」と呆れつつ一口食べてみた。
    「甘っ、ヤバい」
     甘すぎて頭が痛くなりそうだ。

    「島田魁は大の甘党で、砂糖をたっぷり入れたおしるこは『島田汁粉』と呼ばれたそうです。レモネードは甘さ控え目にしておりますので、お口直しにどうぞ」
     和尚は嬉しそうに解説した。
     おしるこも甘ければよいというものではない。
    「どんだけ島田魁が好きなんだよ」
     誰かがぼやくのを聞いてうなずいたのは私だけではない。

     食後はグループにわかれて初日の振り返りを行いながら、11時の消灯まで自由に過ごした。

     お寺だけに寝静まるとホテルや旅館では感じない雰囲気がある。
    つまり不気味なのだ。
     そんなときに限ってトイレに行きたくて我慢できない。
     私は渋々寝床から出て、薄暗がりのなかを手探りで歩いてゆく。
     無事に用を足して、ホッとしながら手を洗っていると、窓の外で人影が動いた気がする。

    「やだ、嘘でしょ」
     恐る恐る目を凝らすと、月明かりで二人の姿が映し出された。



    第17話へ続く⇒


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