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整体師とお坊さんとカカシ 第14話

    「やりたいことが見つかったので辞めさせてください」
     私は看護師長に時間をとってもらい、退職の意思を告げた。
     
     決意した理由はいくつかあるが、FBGの講習会で「ランバーロールの魔女」こと阿比留道代先生に教わった呼吸法を続けることによって「隠れ猫背」の不安から解放され、整体を極めたくなったことが大きい。

     当初はスケジュールを調整すれば、ツンノーテの勉強会を受けながら看護師を続けるという選択肢も脳裏にあった。だがやがて、それでは自分自身が納得できないと感じるようになった。

     看護専門学校で知り合った辻田深園つじたみそのと夜遅くまでレポートを書いたり、辛い実習をもがきながら乗り越えた日々が懐かしい。その甲斐あって国家試験にうかり、私は地元から近い病院に採用された。和泉ヶ丘総合病院での看護師生活もやがて6年目となる。

     病院への愛着があるなか、退職理由をどのように伝えるか悩んだ。

    「あの、お話ししたいことがあるんですが、少しお時間よろしいでしょうか」
     スタッフステーションでカンファレンスが終わって師長に声を掛けた。
     周りにいた看護師たちは目線こそあからさまに向けなくても、耳の神経を集中しているのがわかる。
     私の声がよく通ったこともあるだろうが、空気が変わったのを師長も察したはずだ。
    「そう、じゃあ相談室に行きましょうか」

     相談室は小さなミーティングルームだ。主には医師が患者さんやそのご家族と話すときに使う。やはり皆の目がない方がよいと判断したらしい。

     テーブルを挟み向き合う形で座ると師長から促してくれた。
    「どうぞ。何でも相談してちょうだい」
     師長とは業務報告するときに話す程度なので、個人的な都合で相談するのは緊張する。
     時候の挨拶や気になる話題から入るべきか・・・・・・さっきまでいろいろ考えていたけれど、いざ直面したらしっくりこない。お互いに多忙なわけだし、すぐ本題を切り出すことにした。

    「退職することに決めました。やりたいことが見つかったので辞めさせてください」
    「真山さんはリーダーとして後輩から信頼されてるし、いずれ副主任をお願いしようと思ってるんだけど。あなたがいないと困るのよね。続けてもらえないかなぁ」
    「そのように仰っていただけてありがたいのですが・・・・・・」
    「何か困ったことがあれば隠さずに言ってちょうだい。夜勤が辛いならばできる限り検討するわよ。もしかしてパワハラとか?まさか私じゃないわよね。ペイハラかしら」
     冷静な師長が話しているうちに焦ってきた。
     私は看護師の人員不足を身をもって感じているだけに、引き留めたい気持ちはよくわかる。だがそうも言っていられない。
    「正直なところ夜勤は辛いし、パワハラもセクハラもペイハラもあります。でもそれは慣れました。先ほどお話ししたように、どうしてもやりたいことがあるんです」
     師長は私のホンネを聞いて諦めたように肩を落とした。
    「どこの病院に行くの?」
    「いえ、もう看護師はやりません。整体師になります」
     整体師で新たなやりがいを見つけたから。とまでは言えなかった。

     後日、改めて退職届を提出し、しばらくは残りの有休を消化しながら過ごした。

    *

     院長の野中さんに看護師を辞めたことを報告しに行くと、驚き半分嬉しさ半分という表情で迎えてくれた。

     整体サロン・ツンノーテは相変わらず「行列が出来る」ほどではないものの、少しずつ地域の人たちに知られてきた。ときには噂を聞いて他県から来られるケースもある。

     私が正式に施術スタッフとして採用されてやがて2年となる。勉強会の参加者は入れ替わりがあり、ずいぶん顔ぶれが変わった。

     すでに隣町で開業していた岩本やすじ先生は上級をとることができ、自身で勉強会を開催している。
     今野ふとし先生はだんだん足が遠のき、しばらく顔を見ていない。院長にも連絡はないという。
     看護師の佐々木礼子先生も来なくなった。病院が忙しくなり時間が取れないそうだ。私ももし辞めずに続けようとしたらそうなったかもしれない。
     
     現在のところ正式な施術スタッフは私と宮田すずこさんの二人だけ。勉強会の参加者から希望者が出てくるとよいのだが。
     何しろ、予約が入ってない時間を活用して行うエリアのポスティングは人数が多いほど早く済む。宮田さんと二人ではなかなかハードなのだ。

     私は阿比留先生に教わった呼吸法を継続しており、姿勢もずいぶんよくなった。「隠れ猫背」のことは野中先生に相談できないでいるのだが、もう気にならないのでその必要もなさそうだ。

     呼吸法のおかげで自律神経が乱れにくくなったのか、精神的に安定してきた感じがする。
     アンガーマネージメントに加えて呼吸法を行うことにより、悩みの種である「青い光」をある程度は操れるまでになった。

     田中大造さんに施術を行ったときも、「強く揉め」としつこくいわれたため、少し懲らしめるつもりで「力」を使ったのだ。勢い余って頸椎部分の気の流れまでよくしたのがまずかった。野中さんから「頸椎矯正はNG」と釘を刺されているだけに、矯正テクニックではないにせよ一抹の不安が残る。

     ある日のこと。
    「西日本を対象に春の研修会があるんだけど、私は都合がつかないんだよね。今回は真山先生にお願いできないかなぁ」
     野中さんが軽いノリで企画書を見せてきた。
     院長の頼みとあれば無下には断れない。そう思って目を通したところ、反射的に顔をしかめてしまう。
    【京都・壬生さきがけ院にて心身を鍛えよう】
     研修会場らしからぬ文言が飛び込んできたからだ。

    「京都であるんですか。しかも会場はお寺みたいなんですけど。できれば宮田先生にお願いしていただけると・・・・・・」
     私は何とか断ろうとしてボソボソ訴えたが、耳に入らなかったらしい。
    「宮田先生に聞こえたらまずいけど。ほらお歳だからさ、無理させられないでしょ。ここはやっぱり若さ溢れる真山先生がふさわしいし、何よりも成長してほしいんだよ」
    「でも、田中さんの件がありますし、あまり目立ちたくないっていうか・・・・・・」
    「まだ気にしてんの。真山先生には無関係だって。刑事さんもあれ以来何も言ってこないでしょう」
    「それはそうなんですけど・・・・・・」
    「よし!迷いを吹っ切るためにもお寺で修行してきなさい!」
    「修行って、研修ですよね。大丈夫なんですかこの壬生さきがけ院って」
    「本部が選んだんだから間違いないよ。あ、そうそう、阿比留道代先生も来られるみたいだし」
    「え、阿比留先生が。わかりました、行きます」
     阿比留先生にまた会える。私の背中を押すにはそれだけで十分だった。

    *

     京都駅集合で乗り込んだマイクロバスには参加者と思われる面々が20人程度。西日本対象にしては少ない。今さら後悔してもしょうがないけど、やはり二の足を踏む企画なのだろう。

     新選組ゆかりの壬生寺を参拝した後、マイクロバスはなぜかどんどん離れて行く。

     進行役の運営部らしき男性が声を張り上げる。
    「新選組隊士たちが眠る壬生塚、感無量でしたね。気が引き締まったところで、いよいよ研修会場の壬生さきがけ院に向かいますよ。山の中腹なので蛇行するため少し揺れるかもしれません」
     どうやら壬生寺の近くにあるわけではなさそうだ。
     
     バスに揺られるのは30分ほどで私は平気だったが、中には車酔いした者もいた。
     森のなかに現われたのは堂々とたたずむ寺院だ。手前にあるのが本堂で奥にそびえる一回り大きな寺が宿坊なのか。
     
     我々の乗ったバスが駐車場に停まったので降りていると、もう一台入ってきた。
    「あのマイクロバスは?」
    「ああ、大阪方面は別ルートなんだよ」
     私が口にすると進行役の男性が教えてくれた。
     となると、単純計算で参加者は総勢約40名か。

    「まず、本堂で住職よりお話しがあります。くれぐれも雑談をしないように気をつけてください」
     お寺だから厳しいのは当然でしょう。私はそんなことを考えながら靴を脱いで黒光りする階段を上ると納得した。

    「荘厳」
     ご本尊をまつる祭壇が豪華なようで煌びやかではなく、深みのある光りを放っている。
     私は物言わぬ力に圧倒されて、迂闊におしゃべりできないわけを理解した。
     40名ほどの参加者と関係者が本堂に上がり正座したが、ほとんど音をたてなかった。
     誰しもこの空間では謙虚になれるらしい。

     ふと見れば黒衣の僧侶が立っているではないか。静寂のなか気配を消して現われるとは忍者のようだ。
     黒い法衣の下には白い襦袢を着ており襟や裾から覗いてるのがわる。
     丸坊主というのか丸刈りというのか、頭は丸めているがツルピカとまではいかない。バリカンで短くした感じだ。
     自然体でスラリと立つ姿は日ごろの鍛錬をうかがわせる。精悍な顔つきをしていながら威圧感はなくどこか優しい。

    「ようこそいらっしゃいました。私は是風と申します。当院の住職をしております」

     是風(ぜふう)和尚があいさつすると本堂の空気が共鳴したように震えた。



    第15話へ続く⇒


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