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整体師とお坊さんとカカシ 第9話

     T子さんは93歳になるおばあちゃん。糖尿病を持っており、現在は肺炎で入院中だ。
    「あなた初めてね。新人さん?お世話になります」
     私だけではない、担当している看護師たちはだいたい同じような挨拶をされる。
    「はい、真山と言います。こちらこそよろしくお願いしますね」
     返す言葉もだいたい同じになる。

     彼女はついさっき何を食べたか思い出せないが、さすがにご家族のことはハッキリ覚えている。面会に来られたら生き生きと会話する姿が微笑ましい。
     
     ただ、このところ気になることを口にするようになった。

     他の患者さんが退院したのに伴い、T子さんの部屋を移動したときのこと。
    「明日は私が火葬場に行くのね。ベッドの順番がそうなってるから」
     何を思ったか突拍子もないことを言い出すので、息子さんが驚いた。
    「いきなりどうしたの?悪い夢でも見たんじゃない」
     年老いた母親がいつになく気弱なことを口にしたのだから心配になって当然だろう。
     私はご本人の前で「妄想して作り話をすることがある」と説明するわけにもいかず、咄嗟に声を掛けた。
    「T子さんにはまだ50年は生きてもらわないと~」
     すると母子二人とも笑っていたのでホッとした。

     それから二週間後の土曜日、いつものように息子さんが面会に来ると、T子さんは白いメモ用紙を折りたたんで握りしめている。
    「これを渡したいの?」
     私が確認すると、息子さんに「読んでほしい」と手渡した。
    「え、どういうこと?」
     息子さんが目を通した後で、私にも見せてくれたが、筆圧が弱いので読めない部分がある。
     分かりづらい文字を私なりに補完して解読すれば次のようなことを伝えたかったらしい。

     お元気ですか
     今日で95歳になります
     いろいろありがとうございました
     もう一度あいたかったね
     もう最後です
     ぜんぜん力が入らなくて書けません
     何を社会にのこすのかな 目標がみつかりました
     みんなお元気でね 
     みんな仲よくね
     いい思い出をありがとう
     お昼のメニュー おいしかったです

     T子

     まるで遺書みたいな内容だけに、私はどう答えたものか言葉が見つからなかった。
     やはり息子さんだから真意を知ろうとT子さんに聞くことができるのだろう。
    「何が言いたいの。読みにくいところもあるし、ようわからん。そもそも、おふくろはまだ93歳だからね、なに年取ってサバ読んでんの」
    「今は昨日より調子がよくなったから、もう大丈夫」
     息子さんの心配をよそに、当のT子さんは平気な顔で答えたから張り詰めた空気が和らいだ。

     ナースコールの対応をはじめルーティンに追われているうち、その出来事を忘れてしまったが、日勤を終えて居酒屋で飲んでいるときにふと思い出した。
     
    「ダルムしゃん」は昭和の頃から続くお店で、二代目の大将が顔を真っ赤にしながら炭火で焼く焼き鳥が美味しい。私は夕食を兼ねて飲みにいこうと思い立ち最所ちゃんを誘った。
     入り口の引き戸を開ける前から香ばしい煙を感じたが、のれんをくぐると厨房からもくもく立ち上る煙を目にして「これよこれ!」と嬉しくなった。
     ちょうど空いていた二人がけテーブルに座りいつものやつを注文。豚バラと鶏皮、そしてダルムを肴にジョッキをあおる。

    「あーーーっ、働いたあとの生ビールってなんでこんない美味しいんだろう」
    「最所ちゃんは若いのにビール派なんだ。今どきの子はハイボールとかじゃないの?」
    「またーっ。真山さんだってまだまだ若いじゃないですか。でもチューハイなんですね」
    「ダルムしゃんは特別よ。チューハイが濃くて充実感があるっていうか、だから気に入ってるの」
    「さすが、先輩ナースの鏡。お酒のカルテまでバッチリですね」

     しょーもないことをダベっていると、私はT子さんのメモ用紙を思い出した。

    「どうかしました?急に黙り込んじゃって」
     最所ちゃんも気づくほど考え込んでいたらしい。
     店内は酔客たちの笑い声や食器を運ぶ音が入り乱れて賑やかなだけに、私の真顔は浮いて見えたことだろう。
    気分を変えるために飲まなけりゃと己を鼓舞する。
    「もう一杯いっとく?」
    「いいですね、じゃあ私もチューハイにしよっかな。すみませーん!チューハイ2つ、それとキャベツおかわり」
     最所ちゃんがオーダーしてくれ、第二ラウンドへ突入。
     すると気になることがさらに膨らむ。

    「私ってなんで看護師になったんだろう?」
     いきなり真面目なことを言い出したから最所ちゃんが意外そうな顔をした。
    「え、どうしたんですか?もしかして、それで悩んでたんですか?」
    「ごめんごめん。そんなことぼやくなんて先輩ナースとして失格だよね。でもさ、最所ちゃんはどうなの。知りたいな」
    「私ですか。ドラマを見て感動したのがきっかけですねぇ。看護学校で甘くないって思い知らされたけど。でも、現場に出ると皆さんが頑張ってるから、それを励みに続いてるって感じかなぁ」
    「そっかあ、私は幼稚園の頃に出会った看護師さんが素敵だったから。きっかけはそうだとしても、看護師になってしまうと目標も変わってくるような気がしてさ」
    「先輩ならではの悩みですね。私は新人だからまだいっぱいっぱいで、そんなこと考えてる余裕ないし。それに正直なところ、生活するために働いているっていうのが一番の理由ですから」
    「だよね、私だってそうだもん。もちろん自分が生きていくためには働かなけりゃいけない。その上で思うのよ、最近。何のために看護師やってるのかなって」
    「真山さーん、お気持ちはわかりますけど、新人に明かす悩みじゃありませんぜ」
     最所ちゃんにツッコまれて我に返った。酒の力を借りてつい愚痴りすぎたようだ。
    「やだ、私ったら。悩み相談になっちゃったわね。もっと楽しく飲んでストレス発散しなくちゃ。飲も飲も」
    「大丈夫ですよ。気にしないでください。私こそ、真山さんにはいつもお世話になってるんだから、何だって聞きますよ。それに新人のうちから将来の悩みを知っておくのも勉強になりますし」
    「そおっ!じゃあ、もう一杯いっとく?」
    「もちろんです。すみませーん!」
     飲むと集中力が落ちるらしいが、第三ラウンドはそれを証明するかのごとくそれまでの脈絡と関係が無いな好きな俳優の話題で盛り上がった。

    *

     整体サロン・ツンノーテには週1程度のペースで通っており、今日で4回目になる。私のシフトが決まってから予約を入れるようにしているが土曜日は初めてだ。

    「こんにちはーっ」
     私がドアを開けるといつもと違う艶やかな女性の声で迎えられた。
    「こんにちは、予約していた真山舞です。今日は野中さんじゃないんですね」
    「はい、院長は休みをとっております。本日はわたくし、宮田が担当させていただきます」

     宮田さんは丸顔でショートボブが似合う年上の女性だ。柔和な表情と口調から「気のいいおばさん」を思わせる。
     彼女は私の施術カルテに目を通すと主訴を確認した。
    「肩こり、腰痛、足のむくみ、けだるさ、耳鳴り。他に気になるところはありますか」
    「だいたいそんなところです。こちらに通うようになって軽くなったような気がします」
     私は問診アンケートに「意識が薄れてしまう」と書いていたのでドキドキしたが、そこは追及されなかった。野中さんは「今のところ何とも言えない」と様子を見ているので、それが共有されているらしい。

     施術ベッドに案内されてうつぶせに寝るのはいつもと同じだ。
    「頭頂部からほぐしていきますね」
     当然と言えば当然なのだろうけれど、アプローチの仕方も似ている。
     やり方は似ているが、野中さんと宮田さんでは力の入れ具合やポイントによって時間のかけ方が違うような気がする。
     そして私は宮田さんの施術を側頭部から肩甲骨周辺と感じながら確信した。

    「このおばさん、よくしゃべる」

     しかも相手と会話を楽しむというよりは、一方的に語り続けるのだ。こちらとしてはうつ伏せで返事をしにくい、それを前提にした彼女なりのコミュニケーション術かもしれない。

    「看護師さんってずーっと立ち仕事なんでしょ。足もむくみますよね」
    「ドラマに出てくるような意地悪なお局様ってやっぱりいるんですか」
    「AIで仕事がなくなるってホントにあるらしいですね。でも看護師と整体師はAIにとって代わられる心配はないかも。よかった」
    「ここなんか、こぢんまりし過ぎてAI導入なんて必要なさそうだし。院長かスタッフか出勤している者が受付から施術、会計までワンオペなんだから、AIじゃムリよねぇ。あれ、でも受付をAIがやってくれたら助かるわね。まあ、そのときは施術に専念すればいいのか・・・・・・」

     実によくしゃべる。でも聞いてるだけで答えなくてよいというルールがわかれば気楽なものだ。私的には整体院の内情まで教えてもらえ、好奇心を満たすのに役だった。

     およそ40分かけて施術が終わり心身とも爽快になったところで、こちらから切り出す。
    「宮田さんはなぜ整体師になられたんですか」
    「あら、そんなこと聞かれたの初めてだわ。あなた気が合いそうね」
     彼女がニンマリしたので私はちょっと引いてしまう。
     それでも気を取り直して話題を続けた。
    「いえ、気が合うというか、ちょっと気になったというか」
    「お時間あるんでしょ。ちょっとコーヒーでも入れるから座ってて」
    「あ、はい。なんかすみません」
    「いいのいいの、たぶん5時頃まで暇なんだから」
     
     こうして初めてツンノーテのスタッフと会い、整体師になった理由を聞くことになる。しかも宮田すずこという人物は、私の好奇心をさらに駆り立てた。



    第10話へ続く⇒


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