
爪痕のかさぶたを
娘はミルクを卒業してからというもの、食に関しては悩ましすぎるほど悩ましい毎日を今に至っても続けている。
もう高校生だというのに。
偏食は、親の心をかき乱す。本人は困っていない。
子供には健康であってほしい。
これは保護者なら当たり前に願うこと。
でも、健康であるためには、バランスのいい食生活が必要。
親は子供にそれを提供する務めがある。
自分で感じ、思うことならばともかく、他人から当たり前だと求められる無言の圧がある。
保護者に対する、まわりからの。
それが身近な義親だったり、実親だったりするわけだが。ネットの中にはあからさま、それができない保護者への当たりは強いと感じる。
私自身はあまり好き嫌いのない、よく食べる子供だったから、ニンジンがダメとかピーマンが苦手とか、そういう子供が苦手とする多くのもので悩んだことがない。
そのかわり、辛味に異常に敏感だったので、各種辛いとされるものは食べられなかったし、ニオイも苦手だった。なにしろ甘口のカレーライスが食べられず、辛子もわさびもコショウもダメ。変な子供だった。
最初は不思議に感じていた。
何がダメなのか。
どうしてダメなのか。
どうすればダメでなくなるのか。
このあたりは誰に言われずとも保護者なら皆考えるし、悩むし、工夫もする。その上で、食べない子供を前にして途方にくれるのだ。
料理のプロならば、工夫もそれはたくさんできるだろう。
でも料理の苦手な私は、それほどレパートリーもないし、お手上げ状態だった。降参、白旗ふりふりである。
でも子供は目の前にいて、毎日、毎食、悩むしかない。
この悩みは自分の心に自分で爪痕をつけた。
娘がつけたのではない。
私が私につけた傷だ。目には見えない自傷。
娘は味覚が曖昧で、嫌いなものはすべて辛いというタイプだった。
甘い、苦い、辛い、しょっぱい、酸っぱい、旨味、等々が理解されなかった。知識としては、時間をかけて覚えたけれども、自分の口の中の状況を説明できないでいる。今も。
それでも困っていない、娘は。
そんな娘は特定のモノを好んで食べる。
成長の過程で、ちょっとずつ食べられるものは増えて、野菜も色が増えて、最初は白だけしか受け付けなかったのに、食べられる。
自分が納得して美味しいと思ったもの、なら。
カップ麺系は味が一定なためか安心するらしくよく食べる。
肉は好きだが量は食べられず、魚は寿司の炙りサーモンだけとくる。
なかなかの強者だ。
真っ白なうどんや、真っ白なご飯や、真っ白な素麺を好んでいた就学前の娘の姿を鮮明に思い出す。
保育士さんがアレルギーもある娘と一対一で給食対応してくださったことも懐かしくありがたい。そのおかげで、全部ではないが食事に色がつきはじめた。時間をかけて、年単位で、色の種類を増やしてきた。
食が細く、どちらかといえば食に興味がないタイプの娘である。
その時々の関わりある人たちの力を借りて、娘は生きている。
今、ここにいる。それは奇跡だ。
大げさ?
大げさかもしれない。でも当事者の保護者なら、気持ちがわかってもらえる人もいると信じている。娘はこれからも、多少なりと助けられながら生きていくことになるだろう。
けれど、一人で出来ることも多いから、自分の健康のことも考えてほしいと伝えている。たとえ今、それが、自分の興味のないことでも。
十年後、二十年後、きっと本人には言っても想像できない先に困らないように。
私は、自分がつけた爪痕のかさぶたを今、少しのかゆみと少しの快感すらともなわせて、はがしている。
心に残る白い痕は死ぬまで残るけれど、傷は癒えたのだろう。
これからは娘自身が、私や他の人たちと作っていく未来。
そっと、かさぶたをゴミ箱に捨てて、前に進もう。