
犬と勘違いした猫は、猫アレルギーを治してしまう
友達の家の猫は、子猫のときに拾われた。
その家には先に犬がいたので、その猫はどうやら、自分のことを犬だと思って育ったらしい。
猫なら普通鳴くような場面でも鳴かないし、ふるまいもどこか犬っぽい。
面白いのは、友達の家の子が猫アレルギーなのに、その猫にはあまり反応しなかったことだ。
ここで思った。
もしかしたら、
生きものは「外側の分類」だけで決まるのではなく、自分をどう認識しているかによって、まわりへの伝わり方が変わるのだ
その猫は、身体としては猫だ。
でも本人が「自分は犬の仲間だ」と思って生きているなら、そのあり方は空気や気配のようにまわりへ伝わる。
人は頭で「これは猫だ」と判断する前に、まず身体で相手の気配を受け取っている。
だから、猫アレルギーの子の身体も、最初にその猫を「猫」ではなく、「犬っぽい存在」として受け取ったのかも。
そしてあとから脳が、
「あれ? 猫に触っても大丈夫だった」
と認識する。
その体験が積み重なることで、
「猫=アレルギーが出るもの」
という思い込みがゆるみ、結果的に猫アレルギーが軽くなることもあるのではないか。
つまり、何者かを決めるのは、外側の名前だけではない。
自分が自分をどう思って生きているか。
その認識が、目に見えない気配となって、相手の身体にも届いているのかもしれない。
引き寄せなどでよく言われる、
「なりたいものになったように振る舞う」
というのは、ただの気休めではなく、案外、理にかなっている。
自分が自分をどう扱うか。
その認識は、態度になり、気配になり、まわりの受け取り方まで少しずつ変えていく。
応用編として、私には「簡単に痩せられた方法」がある。
一時期、少し太ったことがあった。
そのとき私は、鏡の前でぽっこりしたお腹を見ながら、あえてこう言っていた。
「ああ、痩せてる」
「スタイルいいよね」
「細いよねえ」
普通なら逆に思えるかもしれない。
でも、反対に、
「ああ太った」
「2キロ太った」
「また食べちゃった」
と言っていたときほど、私はどんどん太っていった。
たぶん、自分に向けている言葉が、そのまま自分の身体への認識になるのだと思う。
「私は太っている」
「また太る」
「どうせ戻らない」
そう認識し続けると、身体もその前提で動き出す。
逆に、
「私は軽い」
「私は整っている」
「私はきれいに戻っていく」
と扱い始めると、行動も、食べ方も、姿勢も、少しずつそちらへ寄っていく。
これは、さっきの“犬だと思っている猫”の話にもつながる。
外側から見れば猫でも、本人が犬のように生きていれば、その気配はまわりに伝わる。
同じように、外側から見れば少し太っていたとしても、自分が自分を「痩せている人」「スタイルのいい人」として扱い始めると、そのあり方は身体にも、行動にも、まわりの受け取り方にも伝わっていく。
兎にも角にも自分の思い込みが全てなのである
だったら、好きに決めたらいいのだ


