
インドネシア料理店にて "何者でもない自分"になる
とくに今、家族や友人との付き合い、
仕事やこの先の人生について深刻に悩んでいるわけではない。
それでもどこかで、女性として、娘として、日本人として、市民として、個人事業主として
たくさんの何かに属して生きていることに対する
ある種の息苦しさのようなものを無意識に感じているのかもしれない。

ここ、マタハリカフェさんは 浜松駅ちかくのインドネシア料理店。数年前に後輩の紹介で初めて行った。
今ではたまに、ひとりでもふらりと入り
お氣に入りのアボカドドリンクやバリ島のお菓子などをいただく。
今日はアボカドが熟していないという理由で、アボカドドリンクが飲めなかった。
そこがまたよい。
お昼ごはんをいただいたのだが、
ランチメニューの写真でちょこんと鶏ミンチがのっていたところには、鶏ササミがのっている。
ふわふわの揚げせんも、写真とは色もかたちも違っている。おおらかさにすこし笑う。
ここに来ると、日本人客はわたしだけで
他のテーブルでは多言語が飛び交っていることがよくある。
ここで多言語シャワーを浴びていると、
セクシャリティも立場も人種も、
「自分が何者であっても何者でもなくても、
どうでもよい」と思える。

もしこれをお読みのあなたが、
自分の立ち場に、責任感に、たとえようもない何かに押し潰されそうなときや、
そんなでもないけど、知らず知らずのうちに何か溜め込んでいるのかもしれないと思ったら、
どうでもよい、全てそのまま、ありのままでよいと思える場所で
ひと息ついて欲しいとおもう。