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#創作大賞2026 #恋愛小説部門 忘れ得ぬ想い~運命の恋 《第5話 》 運命の恋


    #創作大賞2026 #恋愛小説部門

    《第5話 運命の恋》

      緊急な知らせが入った。
      浩平に急遽アメリカに戻るよう、要請が出た。新設した工場で、アクシデントが起こってしまったのだ。帰国してまだ1ヶ月も経っていない。取り掛かり始めた業務の引き継ぎ等もあり、5日後に戻る事になった。
      浩平は課長の野田と打ち合わせた。
    「困った事になりました」
    「取り敢えず君は戻って、向こうでの作業を頼む。空席の間、課内での分担業務となる。引き継ぎはしっかりやっておいてくれ」
    「分かりました」
      即座にアメリカへ出張の手続きと、業務の引き継ぎが始まった。
      5日後には、日本を発たなくてはならないのだ。
      毎日が慌ただしく過ぎていく。

      要請が出て3日目、浩平は雑務の為土曜日だが出社していた。
      ふと、梨沙の事が浮かんだ。今日は第4土曜日。確か山下公園で小学生に絵を教える日と、斎藤が言っていた。アメリカに戻ったら僕達はどうなる。この先再び会えるのか?今のままの梨沙ちゃんと、会う事が出来るのだろうか。
      無性に梨沙と会いたくなった。今まで、会いたい気持ちを、ずっと堪えていたのだ。
      そう思うと、いても立ってもいられず、仕事を終わらせ、急ぎ会社を出た。
      帰りの電車の中で、七年前の梨沙、そして和久と一緒の梨沙を思い浮かべていた。
      やっぱり今でも僕は君が好きだ。忘れられるはずがない。今、会わなかったらきっと後悔する。
      家に着くとネクタイだけを外し、そのまま自転車に飛び乗っていた。

      この日、和久は急な姉からの用事で梨沙の家にいた。梨沙にも挨拶をして帰ろうと、姉に尋ねてみた。
    「あ、そうか。梨沙ちゃんは今日は山下公園だったね」
      帰る途中、梨沙が子供たちに絵を教えている姿を思い浮かべた。梨沙ちゃんはどんな様子だろうか。いきなり行って驚かせよう。
      そう考え、急遽山下公園へ向かう事にした。

      梨沙は、氷川丸を描く子供達を、ボランティア数名と一緒に見守っていた。
      子供の絵を覗いて、船を指差して話をしていたり、頭を撫でていたり、生き生きと活動に取り組んでいる姿を、山下公園に着いた浩平は、傍らからじっと見つめていた。
      子供の中の一人が、浩平の存在に気が付いた。
    「あのお兄さん、梨沙先生の事ばかり見ているよ。なんか用事でもあるのかな?」
    「きっと、梨沙先生の恋人なんだよ。迎えに来たんでしょ」
      小学生にも拘わらず、とてもおませな女の子が、梨沙のところに行き、浩平を指差して伝えている。
      梨沙は女の子が指を差した方向を見て、驚いた。
    「村上さん!」
      浩平も皆に注目をされ、隠れる事も出来ず、そわそわしていた。
    「さあ、皆さんそろそろ片付ける時間ですよ」
      ボランティアの女性が子供達に声掛けをし、梨沙にも話掛けた。
    「藤原さん。もうすぐ時間ですから、今日はこれで終わってもらって、いいですよ。彼氏も待っている事だし」
      梨沙は、女性の思い違いを訂正しょうと思ったが、その言葉に甘え、終わらせる事にした。
      浩平のところへ行こうとした時に、子供達は梨沙に向かって笑顔で拍手をしていた。嬉しいやら恥ずかしいやらで、一礼をしてその場から離れた。

    「村上さん。どうされました?」
    「自転車を走らせていたら、君の姿を見かけて、立ち止まってしまったよ」
      浩平は、アメリカに戻る前に梨沙に一目だけでも会いたかった、と言えなかった。
    「出て来て大丈夫なの?」
    「はい。大丈夫です。村上さんはお仕事でしたか?」
      ネクタイこそしていないが、帰宅してそのままのスーツ姿だ。
    「えっ、ああ、そうなんだ」
      慌てて来た事に気付き、照れ笑いをした。
      二人はしばらく歩いた。
      梨沙は七年前、浩平に何も告げずに離れて行った事を、詫びようと思った。
    「村上さん。私は村上さんに謝らなくてはいけないと、ずっと思ってました」
    「梨沙ちゃんが謝る事は、何もないよ。僕の方こそ、君の気持ちに気付けないでいた」
    「村上さん」
      美しい緑の季節の中、2人の心は不思議と穏やかになっていった。
      浩平は空いているベンチを見つけて座り、梨沙も隣に座った。
    「久し振りだね。斎藤から君の事をよく聞いているよ」
      梨沙は浩平の言葉に心苦しさを感じ、話を逸らした。
    「村上さんは5年間日本を離れていたそうですね」
    「ああ。5年の間に色々変わっているので、驚いたよ」
    「離れていると、変化に気付く事がたくさんありますよね、分かります」
    「梨沙ちゃんはフランスに何年間いたの?」
    「私も5年です」
    「ケルンで君の絵を見たよ。素晴らしい絵だった。君は君のやりたい事を、確実に叶えているんだね」
    「見てくださったのですね」
    「相澤さんと優香さんも、何度見ても感動すると言ってるよ」
    「絵を描く事しか取り柄がないのです」
      自信なさげに梨沙が答えた。
    「そんなことないさ。梨沙ちゃんは他の人には真似できない程の、豊な心を持っているよ。大切にしてほしい。それにいつか言っていたよね、君の夢。僕はあの時絶対に叶うと思っていた」
      覚えていてくれた。梨沙は思わず浩平を見つめた。
    「村上さん、有難うございます」
      やっぱり村上さんは以前のまま。優しく掛けてくれる言葉が私の心に響く。あの絵は、あなたを思い描きました。あなたに届いたのでしょうか?
      ふと和久の言葉を思い出した。
    『あいつもまだ独り身だし』
      村上さんはまだ結婚されてない。特別な人はいるのですか?私は今でも村上さんを・・
      浩平は優香の言葉を思い出していた。
    『梨沙ちゃんの思いが一筆一筆絵に込められている気がするわ。それを伝えるために、この絵を持ってきたのではないかしら』
      君の気持ちは今でも変わっていないのだろうか?斎藤がいても。
      二人のそれぞれの思いに、しばらく会話が途切れていた。梨沙がそれに気付き
    「村上さん」
    「・・・」
      浩平を呼んだが、気が付かない。
    「村上さん、大丈夫ですか?」もう一度呼んだ。
    「あっ、ごめん」ようやく気が付いた。
    「いつ帰って来られたのですか」
    「今月始めだよ。桜の満開を見るのを楽しみに帰ってきたんだけど、もう終わっていた」
      浩平は苦笑いをした。
    「今年の桜は開花が早かったのです。季節の移り変わりが少しずつ早くなって、これからどうなるのかなって、不安になることがあります。自然もどんどん変わっていくようで」
    「そうだね。以前を取り戻そうと色々考えられているけど、そう簡単にはいかないね」
    「戻れるといいですね」
    「自分達の行い次第だね。じゃあ僕はダメかな。昨日は電気を付けたまま眠ってしまったよ」
    「えー、そうなんですか」
      梨沙はあの浩平の寝顔絵を思い出した。
      穏やかな時間。あの夏の日の、もう戻ることはないと思っていた時へ、再び戻してくれた。そして浩平に会えた今この時を、少しも無駄にしたくない気持ちでいた。
    「心地よい風が吹いてますね」
      季節の風を受けながら、梨沙は空を仰いだ。
    「そうだね。清々しい季節だ」
    「自転車を走らせるのに、ピッタリ。爽快でしょうね」
    「君と出会った時も自転車だった。ちょうどこの季節にね」
      思いがけない浩平の言葉に
    「村上さんは、あの頃と少しも変わってない」   梨沙は思わず言った。
    「梨沙ちゃんこそ、変わってないさ。髪は伸ばしたんだね。似合っているよ」
      梨沙の髪が風に揺れて、そんな様子を浩平はみつめている。
      二人の時は遡り、これまでの遣りきれない思いなどなかったように、ベンチに座っていた。

      山下公園に着いた和久は驚いた。
      梨沙を迎えに行ったところに、梨沙と浩平がベンチで楽しそうに話をしているのだ。梨沙は、自分に向けた事のない笑顔と優しい眼差で、浩平を見つめている。
      長い時間二人はそこにいた。和久は声を掛ける事も出来ず茫然として、知らず知らずのうちに、足は駅に向かっていた。

    「送っていくよ」
      浩平は梨沙を駅まで送る事にした。
    「有難うございます。村上さんとこうしてゆっくりお話が出来て、良かった。桜木町駅までの道、久し振りですね」
    「懐かしいね」

      桜木町駅が近づくにつれて、二人の会話が途切れるようになっていた。

      北中橋を渡っていると、浩平の脳裏に七年前が鮮明に甦った。
      あの頃二人で歩いた道を、今こうして再び歩いている。梨沙ちゃんを送るのはこれが最後になるのか?僕が日本を離れるという事は、君と本当の別れを意味するのだろうか。
      いや、違う。もし今でも君の気持ちが変わっていないのなら、僕は、君ともう一度歩いていきたい。そう君に伝えてしまいたい。
      気持ちの昂りを感じていた。

      梨沙は浩平の様子に戸惑っていた。
      村上さん、もうすぐ桜木町に着いてしまいます。どうしましたか?なぜ黙ってしまったの?    何か言葉を掛けて欲しい。でないと、私、村上さんをずっと忘れる事が出来なかったと、言ってしまいそう。
      梨沙も無言の浩平に、自分の気持ちを言いたいという衝動に駆られた。思わず
    「村上さん、私は」
    「・・・」
    「私はずっと、あなた事を・・・」
      浩平は梨沙の気持ちを確信した。が、急に冷静になった。
    「何?」
      とっさに素っ気なく答えた。
      それはよく結衣が言っていた、人を寄せ付けない、とても冷たい言葉のように感じられた。
      梨沙は浩平の反応に動揺し、それ以上言葉に出来ず、話は途切れてしまった。
      浩平も聞き返す事はなかった。

      浩平は思っていたのだ。
      ここでお互いの思いを確認してどうなる。梨沙ちゃんには今、斎藤がいる。幸せそうに梨沙ちゃんの話をしていた斎藤を、裏切る訳にはいかない。そして自分はアメリカへ行く。いつ日本に戻れるか。先の見えない、こんな自分が梨沙ちゃんと又再び歩いて行くなんて、所詮無理な事なんだ。どうする事も出来ない。おそらく梨沙ちゃんも、七年前に同じ気持ちでフランスへ向かったのだろう

      桜木町駅に着いた。
    「村上さん、送って下さって有難うございました」
      黙ったままの浩平に、梨沙の気持ちは沈んでいた。
    「梨沙ちゃん、元気でね 」
    「えっ?」
      どういう意味ですか?浩平の言葉が、もう会うこともない、別れのように聞こえ、梨沙は狼狽えてしまった。
    「梨沙ちゃん」
      思わず梨沙を抱き寄せた。
      浩平の手から離れた自転車の、倒れる音が響いた。
    「村上さん」
      梨沙は突然の事に驚いたが、そのまま身を任せていた。
      暫くすると浩平は腕を解いて、梨沙から離れた。
    「ごめん。じゃあここで。さよなら」
      そう言うと、倒れた自転車を起こし、そのまま行ってしまった。

      浩平は自転車を走らせながら、哀しみに打ち拉がれていた。
      梨沙ちゃんの気持ちを確認出来たところで、何が変わると言うんだ。斎藤への後ろめたさ。先が見えない事への焦り。混乱を招くだけで何一つ解決しない。
      色んな事を乗り越えて、日本に帰って来た。しかし結局これが僕達の結末と言う事なのだろう。梨沙ちゃんと僕は、あの初夏の3ヶ月の出来事という事で、既に終わっていたんだ・・

      梨沙は茫然と立ち尽くしていた。
      村上さん、どうしたのですか?
      さっきの突き放すような言葉、今までにない浩平の様子、そして何よりも浩平が哀しい表情をしていた事に戸惑い、見えなくなるまでその姿を追っていた。
      村上さん・・
      和久さんと付き合っているいる私が、あんな事を言いかけてしまい、不快に思ったのでしょうか。
      7年前の事を村上さんに許された気になって、調子にのってしまった私。今さらの未練がましい思いに気がついて、同情されたのかもしれない。憐れに思い、哀しそうな顔をしたのですね。
      梨沙は自分の軽率さを悔やんでいた。浩平の本当の気持ちにも気付かずに。

      梨沙が家に着くと、義姉から和久が今日来た事を伝えられた。
    「梨沙ちゃんの留守を聞くと、すぐ帰ったわ」    と言っていた。
      梨沙は一瞬、和久が山下公園へ来たのではないかと思ったが、明日会う事になっているので、おそらく来てはいないだろうと思い直した。
      しかしそう思う自分に嫌悪感を覚えた。
      いつまで私は自分の気持ちを隠すつもりかしら。それに今日、思わず村上さんに思いを伝えようとした。こんな気持ちで和久さんと会って良いはずがない。でも、今さら理由も告げずに会うのをやめるとも言えない。

      翌日、和久の様子がいつもと違っていた。梨沙は一生懸命話題を提供していたが、どれもこれも素っ気ない返事だった。
    「昨日家に来たそうですね、お義姉さんが教えてくれました」
    「そう」
    「いよいよゴールデンウィークですね。暫くはお天気も良さそう」
    「・・・」
    「昨日のテレビで、日本の百名山を紹介する番組を見たんだけど、登頂するまでの様子に臨場感があって、景色にも感動しました」
    「ふーん、興味ないな。そんな話しは村上にでもしたら」
    「えっ?」
      いきなりの浩平の名前に、梨沙は困ってしまい話を止めてしまった。
    「そんなことより、ライブ行かないか。横浜出身のグループだよ。チケットが取れそうなんだ」
    「ええ、ライブは楽しいでしょうけど、私は大勢のところは苦手で」
    「そっか、じゃあいいよ、他の子を誘うから。もう、出ないか」
      そう言って、さっさと店を出て、
    「じゃあ」
      と行ってしまった。
      梨沙は和久の態度に困惑した。
      こんな和久さんは初めてだ。やっぱり昨日村上さんと一緒のところを見たのだろうか。それで怒っているのかもしれない。私の最近の不安定さにも、気付いているはず。
      このままではいけないけど、どうしたらいいのか・・
      梨沙は自分の優柔不断さに嫌気がさしていた。

    「課長、行ってきます」
    「ああ、村上、よろしく頼む。くれぐれも身体には気を付けるようにしてくれ」
    「有難うございます。失礼します」
      明日のアメリカへの出発を控えて、ようやく仕事が片付いた浩平は、和久の待つ居酒屋に向かった。どうしても聞きたいことがある、と言われているのだ。
      店では和久がビールの入ったグラスをじっと見つめていた。
    「斎藤、申し訳ない。だいぶ待たせたな」
    「村上、忙しいのに呼び出して悪いな。聞いたぞ。アメリカに戻るのか。」
      和久が浩平にビールを注ぎながら聞いた。
    「ああ、立ち上げた第2工場にトラブルが起こったらしい。順調に稼働したのを見届けて、日本に帰って来たんだけどな。こんなに早く呼び戻されるなんて、情けない」
    「再稼働にどのくらいかかるんだ」
    「状況が今一つつかめていない。3ヶ月・・いや、それ以上かかるのかもしれない。ひょっとして、そのまましばらく在籍となるかもな」
    「そうか。大変だな」
    「そう言えば、聞きたいことがあるって、どうした?」
      和久はしばらく考え込んで、おもむろに言葉を掛けた。
    「村上、お前、梨沙ちゃんの事をどう思っている?」
    「どういう意味だ?」
    「だからさ、好きかどうか聞いてるんだ」
    「何を言ってるんだ?何でそんな事を聞く。お前はあの子と付き合っているんだろ」
      しばらく沈黙が続いた。
    「村上と梨沙ちゃん、なんかお似合いなんだよな。似合い過ぎている。何でだろう・・村上、俺見たんだよ。お前達が楽しそうにしている姿を」
      浩平はびっくりして、和久に、視線を向けた。 和久が話を続けた。
    「土曜日、姉からの用事で家に行ったら、梨沙ちゃん例のボランティアで、山下公園に行ってると聞いて、様子を見に行ったんだ。そしたらなんと、お前達二人がベンチに座っているじゃないか。知らない同士のはずなのに楽しそうに、良くあんなに会話が続くと感心したよ。梨沙ちゃん、俺に向けたことのない眼差しで、お前を見つめていたんだ」
      浩平は和久から目を逸らす事が出来ずにいた。
    「ずっとそこにいたのか?」
    「いつ終わるか待った。終わったらお前を捕まえて、説明してもらおうと、待っていた」
      浩平は黙ってしまった。
    「それでようやく気が付いたんだ。三人であの東京駅の居酒屋に行った時の事。二人は初めて会ったはずなのに、全然初めてって感じがしなかったんだよな。もしかして二人は以前から知っていた?…それからの梨沙ちゃんは、いつも上の空で、一緒にいても、心ここに在らず、だった。しかし村上の話をすると、目を輝かせていた。それで、これは絶対に何かあると感じたんだ」
      浩平はしばらく黙っていたが、隠しきれず話し始めた。
    「斎藤、すまない。7年前に、ほんの2,3ヶ月間付き合っていた。付き合うってまでもいかないかな」
    「やっぱりな」
    「梨沙ちゃんとは急ぎの用事があって、自転車でみなとみらい駅に向かう途中、北中橋でぶつかりそうになった事が、きっかけなんだ」
      梨沙との出会いや、その間の二人の事、そして突然の別れを話した。

    「そうか。そう言うことだったのか」
      和久は黙ってしまったが、暫くして口を開いた。
    「梨沙ちゃんの尾瀬への拘り、ようやく分かったよ。そして村上、お前も。今まで色んな女子からのラブコールにも、お前は一線を引いていた。常に冷めていた。ベクトルが全て梨沙ちゃんに向いていたんだな」
    「その通りかな。しかし斎藤、梨沙ちゃんは今、お前の恋人だ。斎藤の事だけを考えている」
    「ふーん、俺の事だけをね。そうは思えないな」
      和久は溜め息をつき考え込んだ。
      浩平も言葉を見つける事が出来ず、うつむいてしまった。
      二人は食事をする気にもなれなかったので、店を出る事にして、東京駅に向かって歩き始めた。
    「村上、どうやら俺は、ただ美人の梨沙ちゃんを横に連れて歩きたい、そう思っていただけのようだ。どうもあの、美意識や想像的な感覚は、おれには分からん。そう言う類いのものに興味は無いし、付いていけないんだ。梨沙ちゃんはお前にぴったりだよ。お前に譲る」
    「譲るだと・・そんな言い方はやめろ」
      浩平はいきなり和久の胸ぐらを掴んだ。和久を気遣っていたが、梨沙を物でも扱うような言いぐさに、腹が立ったのだ。
      驚いた和久は息を吸い込んで、腕を振り払った。
    「斎藤」
    「こうまで言わないと、俺だって収まりがつかないんだよ!」
    「すまない」
    「村上。さっき言った事は本音だ。梨沙ちゃんとこの先、お互いをごまかして付き合っても、おそらくそう長くは続かないよ」
    「・・・」
    「梨沙ちゃんは間違いなくお前が好きだ。そしておまえも、今でも梨沙ちゃんが好きなんだろ」
      浩平はしばらく黙っていたが、思いが溢れた。
    「好きだ。梨沙ちゃんしか考えられない」
      和久は苦笑いをした。
    「なんだよなぁ、結局俺が、二人の間を取り持っていたと言うわけか」
    「斎藤」
    「安心しろ。梨沙ちゃんには指一本触れていない。惜しいけどな。ハハハ」
      浩平は深く頭を下げた。
    「村上、どうするんだ、アメリカに戻るんだろ」
    「そうだな」
      浩平はこのまま梨沙と再び別れる事を思う度に、苦しくなっていた。
    「後悔するなよ」
      和久が強い口調で言った。
    「ああ」
    「いつの出発なんだ」
    「明日の夕方だ」
    「明日なのか。こんな事をしている場合じゃないな」
      和久は空を見上げて考えた。
    「わかった。俺が必ず梨沙ちゃんを村上のもとに届けるよ」

      翌日、和久から急に呼び出され、梨沙は馬車道駅に向かった。
      2日前、和久が梨沙に突き放すような事を言ったのは、おそらく梨沙が浩平に対して、特別な感情を抱いてる事に、気付いている、そう思っていた。
      梨沙は優柔不断な自分と決別しようと、決めた。
      和久は既に着いていた。
    「梨沙ちゃん、休日なのにいきなりここまで呼び出してごめん。それと、この間は悪かった。酷い態度をとってしまったね」
      梨沙は黙って首を振りながら
    「私も和久さんにお話があります」
      真っ直ぐ和久を見て言った。
      和久は一瞬驚いたが
    「ちょっと歩こうか」
      と歩き始めた。
      
      北中橋に差し掛かると、和久は足を止めた。
    「この場所で、梨沙ちゃんと村上が出会ったんだね」
    「和久さん」
    「村上から全てを聞いたよ。なんで言ってくれなかった?」
    「・・・」
    「僕に気を遣ったのかい?」
    「ごめんなさい。私は、和久さんと付き合うと決めていました。でも村上さんに偶然に再会して、気持ちが揺れて」
    「梨沙ちゃん、君は村上を忘れていないんだよ。僕には分かっていた。二人で会っていても、いつも心は別のところにあった」
      和久は梨沙の言葉を遮るように言った。
    「和久さん」
    「自分の気持ちに、素直になるべきだ。僕に気を遣う必要はない」
    「ごめんなさい。私、優柔不断でした。本当にごめんなさい」
    「謝らなくていいよ。もとはと言えば僕が強引すぎた。君が頑なに断っていたのにね」
      梨沙はうつ向いて何も言えなかった。
    「梨沙ちゃん、村上は今日、夕方の便でアメリカに行く」
    「えっ?アメリカに」
    「おそらく、暫くはは帰れない」
    「!」
    「梨沙ちゃん。村上も梨沙ちゃんと離れて、ずっと辛い思いをしてきたんだ。あいつ、梨沙ちゃんを忘れられないくせに、僕に遠慮して我慢までしていた」
    「村上さんが?」
      梨沙は動揺を隠せないでいる。
    「梨沙ちゃん、村上が出発する前に、ちゃんと自分の気持ちを伝えろよ。ずっと好きだったと、伝えるんだよ。もう会えなくなるかもしれないぞ」
      和久は誇張して梨沙に伝えた。これぐらいまで言わないと、梨沙ちゃんはきっと又迷うだろう。
      梨沙の瞳は、みるみるうちに涙で一杯になった。
      このまま会えなくなる?やっと会えたのに、又村上さんに会えなくなるの?私は今でも村上さんが好き。
    「羽田だよ、アトランタ行きの飛行機に乗る。今すぐ行けば間に合う」
    「和久さん、私、行きます。村上さんに伝えます」
      梨沙は空港に行く決心をし、タクシーで羽田へ向かった。

      村上さん・・
      数日前の浩平の哀しそうな顔が思い出された。
      あの時の村上さんの様子は、そういう事だったのですね
      以前の私は、自分がどうしたいのかを言えず、ただ時間が過ぎるのを、何も出来ないままやり過ごし、村上さんを傷付けてしまっていた。
      そして偶然にも再会し、てっきり私に対して呆れ、軽蔑しているのだと思っていた。
      でも村上さんの本当の気持ちを知り、村上さんが日本を離れると聞いた今、私は同じ過ちを繰り返さない。思いを伝える。7年前のあの出会いから、村上さんを忘れられないでいる事を。ずっと好きだった事を。

      浩平は第3ターミナルのチェックインカウンターにいた。
      手続きを済ませ時間が有ったので、展望デッキに出た。
      飛び発つ飛行機を見つめながら、過ぎる時間に身を任せていた。
      梨沙ちゃん。僕は全てを受け入れることにしたんだ。だって、そうだろう?君とのあまりの偶然の数々。これを運命と言うのなら、たとえ今離れたとしても、僕はこの運命を信じるよ。優香さんの言った、出会うべくして出会い、惹かれ合うべくして惹かれ合った。様々な事があっても、きっとまた君に会える。そう信じている。
      浩平はそう自分に言い聞かせ、搭乗手続きロビーに戻った。
      ふと和久の言葉が甦った。
    『梨沙ちゃんを必ず村上のもとに届けるよ』
      辺りに目を向けながら、ため息を付いた。
      何を期待しているんだ・・
      セキュリティチェックに向かおうとしたその時
    「村上さん!!」
      聞き覚えの在る声に浩平は、驚き振り向いた。
    「梨沙ちゃん!」
      おもいっきり走ってきた梨沙は、息を切らしながら、浩平の前に立った。
    「村上さん、私はずっとあなたが」
      浩平は梨沙の唇に手を当てた。
      梨沙よりも先に、自分の気持ちを言いたかったのだ。
    「梨沙ちゃん、僕はずっと君が好きだった。そして今でも」
    「村上さん、私もあなたを忘れることが出来なかった。ずっと好きでした」
      浩平は梨沙を優しく腕の中に包み込んだ。
    「フランスへ行ってしまっても、いつか君に会える、斎藤との事で、諦めかたけど、それでも又二人で歩んでいける、そう信じたんだ」
      梨沙は溢れる涙を止めることが出来ないでいた。浩平はそんな梨沙の涙を優しく拭った。
    「梨沙ちゃん。僕はこれからアメリカへ行く。少しでも早く帰れるよう頑張るよ。待っていてくれる?」
      梨沙が頷いた。
      
      浩平を乗せた飛行機はアメリカへと向かって飛び立った。

      翌月の事
      浩平の後任同期の佐々木が、現地の空港まで見送りにきてくれた。
    「村上、お疲れさま。本当に助かったよ」
    「佐々木の迅速な対応と段取りで、大事に至らず、当初の予定より早く再稼働に漕ぎ着けた。ありがとう」
    「作業環境の改善と効率化、マニュアルの見直しまで村上に協力をしてもらった」
    「離れてみると、見落としに気がつく。ちょうど良かったよ」
    「斎藤から、村上を早く解放してやってくれと、メールがきてたよ。何でも、七年越しの美しい女性が、待っているそうじゃないか。羨ましい話だ」
    「あいつ、口が軽過ぎる」
      浩平は渋い顔をした。
    「村上、お前達が努力して立ち上げた第2、お前に恥じないよう生産性を向上させて、しっかり引き継いで行くよ」
    「宜しく頼む」
      二人は固く握手をした。

      梨沙は羽田空港にいた。
      和久から、浩平の帰国が決まったという連絡をを受けていたのだ。
      和久からの通知を確認した。

    『梨沙ちゃん、村上が今週日曜日午後の便で帰ってくるよ。予定された期間の約半分でトラブルを解消させたらしい。あいつの執念には感服させられるよ。とても真似できない。
      梨沙ちゃんに変な虫が付かないか、よっぽど心配だったんだな。(あっ、僕は違うよね)
      あいつは一途な男だ。少なくとも一緒に仕事をした2年間はね。アメリカでの5年間は分からんが、それは梨沙ちゃん自身で確認をすればいい。ハハハ。
      梨沙ちゃん、村上と幸せになれよ。
      追伸。これからは僕を通さないで、直接村上とやってくれ。2ヶ月間だけど梨沙ちゃんと付き合っていたんだ。僕にもプライドがあるからね』

      和久さん、有難うございます。
      梨沙は和久の言葉に、申し訳ない思いを感じながらも、感謝の念を抱いていた。

      空港ロビーで浩平の姿を探した。
    「あ!」
      浩平は笑顔で帰って来た。
      信じられない程嬉しかった。梨沙には、こんな日が来る事を想像も出来なかったのだ。とびきりの笑顔で浩平を出迎えた。
    「お帰りなさい」
      浩平は懐かしそうな眼差しで、梨沙を見つめている。
    「ただいま。来てくれて、ありがとう」
    「お疲れさまでした。長い時間大変でしたね」
    「大丈夫。さあ、これからケルンに行こう」
    「えっ、ケルン?」
    「相澤さんと優香さんに報告だ!」
      二人はタクシーで桜木町駅へ行き、駅のロッカーに浩平のスーツケースを入れ、ケルンへ向かった。

    「こんばんは、忙しい時間にすみません。ご無沙汰しています」
      浩平がケルンに現れた。
    「まあ!浩平くん、帰ってきたの!」
      優香が驚きの声を上げた。
    「おお、浩平、お帰り。予定より大分早かったな」
      相澤も嬉しそうだ。
    「少しでも早く帰りたかったので、頑張りました。今日は羽田からここへ直行です」
    「そうなの!嬉しいわ。それにしてもやっと帰国したと思ったら、いきなりUターンだったから、酷いわよね」
    「それだけ会社が浩平を必要としているんだ。凄いことだよ」
    「さあ、浩平くん。そんな所に突っ立ってないで、どうぞ」
    「いや、お店が忙しい時間ですから、挨拶だけと思って。あの・・」
      浩平が何やら言いたそうにしている。
    「浩平、どうした?」と、相澤。
    「紹介したい人がいます」
      浩平は入り口の方に視線を向けた。
      相澤と優香が釣られて入り口に目をやると、そこに梨沙が立っていたのだ。
    「梨沙ちゃん!」
    「お久しぶりです」
      梨沙は中に入りながら、恥ずかしそうに挨拶をした。
    「えっ、あなた達、いつの間に」
    「色々とご心配を掛けました。優香さんの言ってくれた通り、僕達、再び会う事が出来ました」
      浩平と梨沙が並んで相澤と優香の前に立った。
    「そうなのね。良かった、本当に良かった。私はずっと信じていたのよ」
      優香の瞳に涙が溢れた。
    「いつだったか、窓の向こうに梨沙ちゃんらしい姿を見かけて。でも浩平くんはそんなはずないと言った。梨沙ちゃんは今日、水族館へ行ってると言ったわ」
    「あっ・・」
      あの時の事、梨沙は思った。
    「何故そんな事が分かるのか聞いたら、梨沙ちゃんには恋人がいて、その恋人は浩平くんの同期だと言ったわ」
    「水族館の事、斎藤が会社の同僚に話していたのを、聞いたんだ。斎藤がすごく楽しみにしていたようだったから、覚えていた」
      梨沙は何も答えられなくなった。
    「でも、それを聞いても、私は信じていた。浩平くんと梨沙ちゃんはいつか又会える。会って以前のような二人に戻ると、信じていたわ」
    「斎藤は、出会った頃の僕達の事を知り、身を引いてくれたんです。僕の掛け替えのない友人です」
    「私の優柔不断な態度から、周りの人を混乱させて、本当に申し訳ありませんでした」
      梨沙は震えてしまうくらい、自分を責め詫びていた。
      浩平は思わず梨沙の手を握りしめた。
    「違うよ、僕が」
      相澤がすかさず間に入った。
    「梨沙ちゃんが謝る事じゃないよ。浩平も。人生、平穏ばかりじゃないさ。色んな思いの中で、生きていくんだよ。浩平自身、良くわかってるよな」
      浩平が頷いた。
    「とにかく浩平と梨沙ちゃんが一緒にいる事、嬉しいよ。こうしていると七年前が甦る。本当に良かった」
    「やっぱり、あなた達二人が並ぶと絵になるわ。そうだ、帰国と再会祝いをしましょうね」
    「有難うございます、今日は取り敢えずご報告と思って。又、日を改めて伺います」
    「まあ、少しはいいだろ。座れよ」
      相澤がカウンターに促した。
      浩平が座り、隣に梨沙も座った。七年前そのものの光景だ。
    「そうだわ」
      優香が思い出したように、スタッフルームに行った。
    「浩平、帰国してすぐの話でなんだけど、秋に予定しているよ」
      相澤が登山の真似をした。
    「おー、そうですか。どこですか?」
    「鹿島槍、伊藤達とね」
    「いいですねー」
    「浩平も行くだろ。あっ、梨沙ちゃんごめんね。浩平を借りるよ」
      相澤が梨沙に申し訳なさそうに言った。
    「そんな」
      梨沙が慌てて手を振っている。
    「二人に見てもらいたくて」
      優香がスタッフルームから戻り、額の絵を見せた。それは以前に梨沙が描いた、浩平の寝顔絵だ。
    「まぁ、懐かしい」
      梨沙が思わず言った。
      優香は、浩平がアメリカへの転勤が決まった時に、浩平に頼んで絵を預からせてもらったのだ。
    「梨沙ちゃんはフランス、浩平くんはアメリカ。二人とも横浜を離れてしまい、寂しかったわ。二人を忘れたくなくて、傍に置いていたの。私の願いが届いたわ」
      優香は嬉しそうに寝顔絵を見ている。
    「優香の神通力だな」
      相澤が二人にウインクをしてみせた。
    「浩平くんにお返しするわ。私の役目はおしまい」
      浩平に手渡した。
    「優香さん、大事にして頂きありがとうございました」
      梨沙が深々と頭を下げた。

      店が忙しくなったので、浩平と梨沙は相澤達に感謝の思いを伝え、ケルンをあとにした。
      二人は思い出の場所、大さん橋へと向かった。

    「わぁ、日没ですね。夕焼けが、美しい」
    「あの時と同じだね。この景色は変わらないな」
      二人は七年前と同じように、デッキからみなとみらいの風景を見ている。
    「この後の夜景が素晴らしいのですよね。トワイライトタイム」
    「梨沙ちゃん、上高地へ行かないか」
    「上高地?」
    「そう、上高地。二人で。すぐは難しいけど、 そうだな、9月に」
    「ええ。行きましょう。二人で」
      浩平は梨沙の肩を引き寄せた。浩平の顔が近付き唇を重ねてきた。梨沙は驚き一瞬戸惑ったが、そのまま受け入れた。
      
      暫くして梨沙から離れた。
      梨沙はうつむいたままだった。
    「梨沙ちゃん、どうしたの?」
    「村上さん、まるで外国人のよう」
    「えっ、どうして?」
    「回りに人がいます。私、顔を上げることが出来なくて」
    「そう言うことか。でも、七年前のお預けがようやく叶ったんだ。人前なんか関係ない」
    「どういう意味ですか」
    「だって梨沙ちゃん、大粒の涙を流していたじゃないか。七年前、僕が上高地を誘った時に」
    「ええ」
    「あの時は…梨沙ちゃんが一緒に行くって言ってくれると思っていた。で、yesと言ったら、僕は梨沙ちゃんの唇を奪ってしまおう、そう思っていたんだ。ハハハ」
    「まぁ、村上さん」
      梨沙は恥ずかしくなって更にうつむいた。
    「思いとは裏腹に、梨沙ちゃんが泣き出したから、困ってしまったよ」
    「ごめんなさい。誘ってもらって嬉しかったんですよ。本当に村上さんとあの景色を見られたら、どんなに幸せか。でもフランスに行く事を伝えられず、辛かった」
    「梨沙ちゃんが悩んでいた事に全く気が付かず、本当に申し訳なかった。後から考えたら、思い当たる事が次々と浮かんだ。僕は自分の事ばかり考えていたな・・君が離れていって分かったんだ。よくよく自分勝手な男だって」
    「そんな事ないです。私がいけなかったのです。別れは始めから分かっていた事なのに。村上さんに会う度に、どんどん惹かれていって、言えなくなってしまった。伝えたらきっと、それまでとは違う二人になってしまうと思って。私こそ自分勝手でした」
    「僕たちお互いに自分勝手だね」
    「ええ」
      梨沙と浩平は互いを見て笑い出した。

    「梨沙ちゃん」
    「はい」
    「ここからは、梨沙ちゃんにどうしても聞いてもらいたい事があるんだ」
    「何でしょうか?」
    「梨沙ちゃん。君がどう受け止めようとも、僕はちゃんと話しておかないといけない」
    「はい」
    「僕は梨沙ちゃんをずっと忘れられなかった、それは真実だよ、でもアメリカでの生活で、どうしても自分を保つ事が出来ない時があった。そしてその3ヶ月間、ある女性に自分の身を委ねてしまったんだ。
      その女性を好きになったからか?その時はそう思い込んだ。自分で仕向けていた」

       浩平は三年前の出来事を、包み隠さず梨沙に伝えた。

    「 梨沙ちゃんと一緒に見た、下の大堀の絵画は僕に衝撃を与えた。更に夏の思い出の演奏.。 僕はいったい何をしてるんだ、自分のスランプをいい事に、安易に快楽的なものへと走った。
       梨沙ちゃんと別れたときに誓った、成長した自分になって又いつか梨沙ちゃんに会う。そんな自分は結局は大学時代から少しも変わってない、情けない自分だった。
       僕は梨沙ちゃんと再び会う資格はあるのだろうか。自問しながら二人の数少ない思い出に支えられ励まされた。優香さんの言葉を信じ、やるべき事に真摯に取り組んだ。夢中の2年半は、人間関係の構築に努め、信頼を取り戻した。駐在期間が終わり、帰国が決まった時は、アメリカを離れる事に寂しささえ感じる程だった。それでもやはり日本に帰り梨沙ちゃんに会う。そんな思いで、日本へ帰ってきたんだ」 

      梨沙はじっと最後まで浩平の話を聞いた。瞳は涙で溢れていた。
     「異国で自分を保つ難しさは、並大抵な事ではありません。ましてや責任ある仕事。そして責任感の強い村上さんだから尚更の事。本当にお疲れ様でした」
       梨沙は浩平の見失った3ヶ月を問う事なく、労った。
     「梨沙ちゃん、僕は君を忘れられずにいながら、他の女性と深い付き合いをした。どの面下げて君に会えるだろう。いつもそう思っていた。それでも会いたかった」
     「村上さん、自分を責めないでください。私が村上さんを非難する権利なんかないです。私こそ、村上さんが話してくれた辛い出来事を知りながら、2度も苦しめた。私の自分勝手な思いから傷つけてしまった」
     「梨沙ちゃん」
     「村上さんにどんなことがあろうとも、私はあなたの優しさを忘れていない、あなたの持っている心も。この涙は村上さんの過去に対してではなく、あなたを心からいとおしく、あなたを笑顔にしたいという思いなのです」
       浩平は堪らない気持ちで、深く頭を下げた。 「梨沙ちゃんがフランスへ行ってしまった後、優香さんから君の気持ちは聞いていた。そして君は僕にとって、特別な存在となった」
     「村上さん」
     「君は突然僕の前からいなくなり、そんな君を忘れられなくなったんだ」 
    「村上さん、本当にごめんなさい」
     「謝らないで。今までの事全てが僕達二人にとって必然的なもの、運命なんだと思う。梨沙ちゃん、君を必ず幸せにすると、約束するよ」
       浩平がポケットから小さな箱を取り出し梨沙に渡した。
     「梨沙ちゃん、プレゼント。受け取ってくれるかな」
       プロポーズリングだった。
     「これを私に」 
    「斎藤から君の指のサイズを教えてもらったよ。斎藤も、梨沙ちゃんがなかなか教えてくれないので、姉さん経由で聞いたと言っていた」    照れなが言った。 
    「村上さん、有難うございます」 
      梨沙は嬉しさで胸がいっぱいになった。もう人前なんかどうでもいいと思った。 
    「かして」
       浩平は指輪をとり梨沙の左手薬指にぴたりとはめた。 
      梨沙は浩平にはめてもらった指輪をじっと見つめた。輝きの中で浩平との今までの事が走馬灯のように流れていった。 
    「浩平さん」
      特別な人が呼ぶ事の出来る名前。
    「浩平さん。離れない、二度と」
       浩平はもう一度梨沙を抱き寄せた。 もうあの桜木町駅での哀しい思いとは違う、二人に明るい未来が待っているんだ。 
    「梨沙ちゃん、僕と結婚してくれますか」
     「はい。ずっと浩平さんのそばにいます」
      梨沙が頷いた。 
      運命としか言い様のない、七年の時を越えての、永遠の約束だった。 
    「さあ、行こう。これからはずっと一緒だ!君を決して離さない」
       浩平は梨沙の手をとって、二人はしっかりと歩いていった。

                       《忘れ得ぬ想い~運命の恋》    完



     
     
    各地を訪れて、絶景や季節の移り変わりを観賞するのが好きです。

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