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Photo byvoice_watanabe

ヤクルトレディと蜘蛛

     独り身なので、ほぼ毎日、馴染みのスーパーにお買いものに行く。

     商品をカゴに入れて、レジで支払いを済ませようとすると、曜日や時間帯によって、長蛇の列ができている場面にぶつかる。そんなとき、キャッシャーさんが、どんな人か、各レジの列の長さ、それに並んでいる他のお客さんのカートの中身の多寡を計算に入れつつ、はやく進みそうな列の後ろにつく。

     計算通りにはやく進むと、(我ながら素晴らしい)とほくそ笑み、逆に、並んでいる列が、まったく進まず、隣の列がスルスルと進んでいくのをみると、「クソっ」と、判断の未熟さに自己嫌悪に陥ったりすることも。

     ことしの冬の終わりから春にかけてだろうか。韓国のニュース報道で、韓国のアマゾンとも呼ばれている大手通販サイト「クーパン」で、数万人ともいわれる名前や住所はもちろん、暗証番号などの顧客情報が、外部に漏れていた事件が発覚したことを、連日、取り上げていた。

     事件は、会社の顧客に対する謝罪の誠実さや事件を矮小化する態度に加えて、その後の対応のマズさなども手伝って、顧客の怒りに火をつけた。

     結果、顧客が「クーパン」の会員から脱退するケースが激増した。さらに、会社が、脱退を防ぐためか、煩雑な仕組みのアプリを作成していることが、またしても問題になった。そんななか、こうすれば一気に脱退できると指南するような動画が投稿されて、多く視聴されていることも取り上げられていた。

     手元にあるスマホを、ちょこちょこと操作するだけで、万をこえる会員が、脱退したのだった。

     ところで、ある日、いつものようにお買いものをして、家にもどる途中、マンションの前に停めてある1台の自転車が目に入った。そこへマンションから出てきたユニフォーム姿の女性。

     ヤクルトの配達員、そう、ヤクルトレディだった。

     お読みいただいているかたもご存じのように、ヤクルトは新聞などのように、定期契約をして、決まった曜日にヤクルトレディが家まで届けてくれる仕組みになっていますね。

     わたしが見た光景は、まさにその配達中だったヤクルトレディに遭遇したのだった。

     2016年まで釜山のとある短大で教壇に立っていた。短大の隣には、何棟もあるような巨大なマンション団地があった。家から市内バスに乗り、最寄りのバス停で降りる。そこから短大まで歩く道すがら、そのマンション団地を通ることがよくあった。

     マンション団地を貫通している道路の歩道にある街路樹。そこには、いつもヤクルトレディが、販売用の商品を入れたカートを停めていた。その光景だけ見たら、日本でもありそうな光景に違いないだろう。だが、話はそれで終わらないのだ。

     なんとヤクルトレディは、その場所で椅子に腰かけ、雨よけ用のブルーシートに似たものまで張って、お客を待っているのであった。マンション団地なので、それなりの人の往来があった。お客の応対をしている光景を何度も目撃した。そうでないときは、スマホで何を観ているか分からないのだが、スマホに見入っている姿も見たことがある。

     こういったことは、ここだけではなかった。銀行に用事があり、授業の合間の空き時間に行くことが、たまにあった。銀行に着く。すると、その銀行の前には、野菜などを売っているいくつかの露店が出ていた。そこに混ざって、ヤクルトレディのカートも停められていた。が、ヤクルトレディはみあたらない。

     銀行に入って、謎が解けた。ATMが並んでいる空間にヤクルトレディがいた。もちろん、ATMを利用するのではない。冷房や暖房が効いているので、待合室代わりに使っているのである。お客がカートのそばまで来たら、駆けつけて、対応していた。

     韓国も、日本のヤクルトのように、定期契約を結び、家まで届けてもらうという仕組みも、検索してみると存在していた。しかし、外出していて、急に飲みたいとなったとき、こうしてヤクルトレディがいれば、いつでも買えるところに、柔軟さを感じた。

     「クーパン」に代表されるように、韓国はネットであらゆることが完結する。飲食のホームデリバリーは、日本よりも、以前から根付いていたような気がする。

     そんな、先進ネット社会の韓国で、ヤクルトレディのように、まるで蜘蛛が、巣を張って、獲物がかかるのを気長に待つという時代錯誤的ともいえるような光景が、展開されている。

     ヤクルトレディも、蜘蛛も、こうして命を繋いでいることに、わたしは言葉を失った。




     
     
    毎日毎夜、韓国のニュース報道番組をみる人。90年代あか抜けない韓国へ。慶州の大学寄宿舎での葛藤、ソウルの語学堂行脚を経て日本語教師に。挫折から釜山へ落ちのび、大学院を修了後、16年間短大の教壇に。30年の「まだら模様」の日常を、柳に風のようなしなやかさで描く、自然派エッセイスト。

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