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日章丸から73年、出光丸がホルムズ海峡を抜けた。日本人船員の凄さと「日本船なら通す」の裏側

2026年4月29日、1隻の大型タンカーがホルムズ海峡を抜けました。
出光興産の「出光丸」です。
サウジアラビア産の原油約200万バレルを積み、日本人3人が乗っていました。
日本向けの原油タンカーが海峡を通ったのは、2月28日に戦争が始まってから初めてのことでした。

出光と、イランと、タンカー。
この三つの言葉が並ぶと、思い出す方も多いはずです。
1953年の「日章丸事件」。
映画『海賊とよばれた男』のクライマックスです。

73年前、出光のタンカーは英国の圧力をはねのけて、イランの石油を日本へ運びました。
73年後、出光のタンカーがまた、ふさがれた海から原油を運び出しました。

出来すぎた話かもしれません。

ただ、2026年の海は、映画のように一隻の勇気だけでは開きません。

保険、オイルメジャーの通知表、米国の制裁、そして船の上の人間。
このnoteでは、その全部を書きます。

そして、どうしても書いておきたい問いがあります。
イランは「日本船なら通す」と言っている。中東には親日の国も多い。
それなのに、なぜ日本のガソリンは1リットル約50円の補助金で支えられ、石油備蓄は減り続けているのか。
政治の判断が、日本人船員の身の安全を後回しにしてはいないか。

少し保守寄りの、私個人の考えも混ぜて書きます。
最後まで付き合っていただけたらうれしいです。

※数字は2026年9月末〜10月1日時点。ドルの円換算は1ドル=155円の概算です。

1953年、日章丸は「国の後ろ盾なし」で出ていった

1951年、イランは英国資本が握っていた石油を国有化しました。
怒った英国はイラン産の石油を買う者に圧力をかけ、海の上でも目を光らせます。世界の大手石油会社も、誰も手を出しませんでした。

そこへ乗り込んだのが、出光興産の創業者・出光佐三です。
弟の計助を第三国経由で密かにイランへ送り、モサデク首相と交渉して、石油の直接取引をまとめました。
1953年3月23日、自社唯一のタンカー「日章丸」は、行き先をサウジアラビアと偽って神戸港を出港。
4月にイランのアバダン港で積み込み、5月9日、川崎港に帰り着きます。

見逃せないのは、当時の日本政府の姿勢です。
英国との衝突を恐れ、外務省は「政府は何ら関与しない」と表明しました。
国は一歩引き、民間の会社と、その船の乗組員がリスクを背負ったのです。
英国の石油会社アングロ・イラニアン(現在のBP)は出光を訴えましたが、勝ったのは出光でした。

乗組員の話も残っています。
出光グループの現役の船長がテレビの取材で語ったところでは、当時の新田船長は記録によればとても厳しい人だった一方、乗組員から深く信頼されていた。
だから行き先が突然アバダンに変わっても、誰も不満を言わずに一丸となって海へ出た、と。

イランではこの出来事が今も語り継がれ、親日感情の土台の一つになっているとされます。
美談として語られすぎている、という冷静な見方もあります。
それでも、敗戦から8年の日本の民間船が、戦勝国の圧力に屈せずに海へ出た事実は動きません。

2026年、出光丸はなぜ最初に通れたのか

話を2026年に戻します。

出光丸は、イラン当局の許可を得て海峡を通過しました。
日本政府の高官は、イランに通航料を払っていないと説明しています。
日本経済新聞は、出光がイランと長い時間をかけて築いてきた幾重もの関係こそ、出光丸が最初に選ばれた理由だと分析しました。

日章丸の縁が73年後に効いた、と書けば美しすぎるかもしれません。
ただ、「困っているときに誰が来てくれたか」という記憶が、国と国、会社と国のあいだで生き続けることは、商売を長くやってきた人間なら実感として分かるはずです。

その後も、日本関係船(日本の会社が所有・運航する船)は少しずつ海峡を抜けていきました。
5月14日には、ENEOSグループの原油タンカーが日本人4人を乗せて通過。
6月19日には、日本人3人が乗る原油タンカーが抜け、日本人が乗る日本関係船はすべてペルシャ湾の外に出ました。
7月7〜9日には22隻が一度に通過し、湾内に残る日本関係船は4隻まで減っています。

日本人船員は、なぜ凄いのか

日本の外航船に乗る日本人船員は、いまでは多くありません。
一般に、乗るとしても船長や機関長などの幹部として、という場合が多いとされます。出光丸には3人、ENEOSグループのタンカーには4人。
その少人数で、国籍もばらばらの乗組員を束ね、次のような仕事をこなしています。

世界共通の「通知表」に合格し続ける

タンカーの世界には、保険とは別に、もう一つの関所があります。
荷主であるオイルメジャー(国際石油資本)が「この船に自社の原油を積ませてよいか」を審査する、ベッティングという仕組みです。
判断材料は、SIRE(船舶検査報告プログラム)と呼ばれる世界共通の検査報告のデータベース。
運営するのは、石油会社111社が加盟する業界団体OCIMF(国際石油会社海事フォーラム)です。
SIREは、1989年にアラスカ沖で起きたエクソン・バルディーズ号の油流出事故のあと、1993年に始まりました。

業界の解説では、新造のピカピカの船でも、運航管理の成績が悪ければ入札にすら参加できない場合があるとされます。
学校の通知表なら机の奥に隠せますが、この通知表は世界中の荷主が同じデータベースで見ています。

面白いのは、日章丸を送り出した出光が、いまはこの通知表をつける側にもいることです。
出光のタンカー会社は、自社のベッティングについて、船主の評価、過去の検船記録、事故歴、乗組員の質などで判断し、不具合の改善が確認できなければ船を受け入れないと説明しています。
73年前に封鎖を破った会社が、いまは誰よりも安全にうるさい。
筋が通っていてかっこいい、と私は思います。

検査官の「なぜ?」に、英語で答える

SIREは2024年9月、刷新版の「SIRE 2.0」に一本化されました。
決まったチェックリストを埋める方式から、船ごとに質問を組み替える方式へ。
見られるのは設備、手順、そして人です。
車でいえば、車検に「ドライバーの口頭試問」が加わったようなものです。

検査官は「なぜその手順を選んだのか」と聞いてきます。
答えは英語で、筋道を立てて。
詰まれば指摘がつき、船の評価が下がり、荷主から声がかからなくなります。
揺れる船の上で、買い手側の人間を相手に、母国語ではない言葉で受ける評価面談です。
日本人の幹部船員は、この面談の矢面に立つ立場です。

波の上で、全長300メートルの縦列駐車

STS(船から船への洋上積み替え)の現場では、全長300メートル級のタンカー2隻を風と波のなかで並べ、空気を詰めた巨大なゴムのフェンダー(緩衝材)を挟んで横付けにし、太いホースで原油を移します。
作業は風力4(海面に白波が目立ち始める程度の風)でも行われ、途中で天候が崩れれば船が危うい状態になりかねないと指摘されています。

揺れる電車の連結部で、隣の車両の人のコップにお茶を注ぎ続ける。
それを東京タワーほどの鉄の塊でやるのが、STSです。

海峡周辺ではGPSの妨害も懸念されており、海事の専門家は、危険箇所の近くでは6分以内の間隔で手作業の位置確認を行うよう勧めています。
最新の電子機器を使いこなしつつ、いざとなれば目視とレーダーと推測航法という昔ながらの航海術に戻れる。まさに職人芸です。

1日約2億円の船の上で、時計を握る

いまオマーン沖のSTSは渋滞し、1件にかかる日数は以前の5〜7日から約10日に延びました(英国の海運データ会社Vortexa)。
中東から中国へ向かうVLCC(超大型原油タンカー)の用船料は、9月21日に日額127万ドル(約1.97億円)と過去最高を記録しています(ロンドン証券取引所グループ傘下のデータ大手LSEGの集計)。

荷役が契約の時間内に終わらなければ、デマレージ(滞船料)という遅延の違約金が発生し、数千万円規模になることもあります。
「遅れは誰のせいか」を争うとき、証拠になるのは、到着を通知した時刻や作業の開始・終了時刻といった船上の記録です。
電車の遅延証明書は駅でもらえますが、オマーン沖の遅延証明書は、船員が自分で書き残すしかありません。

技術で船を動かし、英語で検査官を納得させ、記録と交渉で会社のお金を守る。
船員は「海の職人」であり、「海の上の交渉人」でもあります。

「乗らない権利」がある海へ、それでも向かう

国際運輸労連(ITF。世界の運輸労働者の労働組合の連合体)と海運会社側の交渉団でつくる国際的な労使協議の場(IBF)は、3月5日、ホルムズ海峡と周辺海域を「戦闘区域」に指定しました。
協約が適用される船の船員は、区域内で基本給と同額の上乗せと、倍額の死亡・障害補償を受けられます。
区域への航行そのものを拒否することもでき、その場合は会社負担で帰国でき、基本給2か月分の補償がつきます。

給料が倍になっても、命は倍になりません。乗らない権利もある。
それでも誰かが乗るから、日本に原油は届いています。

日本人船員も、この海に閉じ込められました。
3月4日の時点で、湾内の日本関係船に乗る日本人は24人。
全員が湾外に出られたのは6月19日です。
茂木外相は、長い足止めで乗組員は心身両面で大変な苦労をしたはずだと語りました。
IMO(国際海事機関。海運の安全を担う国連の専門機関)によれば、この地域で影響を受けた船員は約2万人。
6月下旬には、湾内からの避難計画そのものが、船への攻撃で中断しています。

もう一つ、書いておきたいことがあります。
6月下旬、日本人が全員湾外に出たあとも、湾内の日本関係船35隻には約800人の乗組員が残っていました。
フィリピンをはじめとする外国人の船員たちです。
日本の暮らしを支える船は、日本人と、海の向こうの仲間たちが一緒に動かしています。
(個人的に、こういう外国の方の移民に関しては賛成だし、同じく早く解放されて欲しいものです。ご無事を祈ります。)

「日本船なら通す」のに、なぜガソリンに50円の補助金がいるのか

イランのアラグチ外相は3月20日、共同通信の電話インタビューで、日本側と協議したうえで日本関連の船の通過を認める用意があると語りました。
6月1日には、ペゼシュキアン大統領が高市首相との電話会談のさなかにXへ投稿し、日本の船にこれまで以上にスムーズな通航を保証すると表明しています。
大統領は、問題の根っこは米国の制裁にある、とも主張しました。

しかも、日本が原油を買っているサウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)、クウェート、カタールは、おおむね日本と良好な関係にある国々です。

それなのに、なぜ日本は苦しいのか。

理由は三つあります。

一つ目。
原油は、イランのものではないからです。
日本が買っているのは、主に湾岸の親日国の原油です。
そしてこの戦争では、その親日国の港や石油施設そのものが攻撃の的になりました。
9月中旬には、サウジの原油を紅海側へ送るパイプラインも攻撃で止まっています。
日本の船が通れても、積む原油の流れが細っていれば、届く量は増えません。

二つ目。
「日本なら通す」は、白紙の通行手形ではないからです。
通過は1隻ずつの協議と許可が前提でした。
6月26日には、日本船主協会の会長が、イラン側から警告を受けたことを明かし、安易に海峡は通れないと語っています。

三つ目。
米国の制裁です。
イランは5月、海峡の通航を管理して通航料を集める組織「ペルシャ湾海峡庁(PGSA)」をつくりました。
これに対し、米財務省の外国資産管理室(OFAC。米国の経済制裁を執行する部署)は、イランに通航の対価を払えば、米国以外の企業でも重い制裁リスクを負うと警告し、PGSAそのものを制裁対象に指定しました。
さらに米国人については、お金を払わなくても、イランから「安全な通航の保証」を受けること自体を禁じています。
ドルで商売をする日本の海運会社や石油会社にとって、これは無視できない一線です。
日本政府が「通航料は払っていない」と繰り返す背景にも、この事情があると見られます。

つまり、日本の船がホルムズを通れるかどうかは、イランの好意だけでは決まりません。
イランの好意、米国の制裁、そして航行の自由という日本自身の原則。
この三つの綱引きの上に、日本人船員、日本関係船舶乗組員の安全が乗っています。

政治の判断が、船員を危険にさらしていないか

ここからは、私個人の考えです。

この戦争は、2月28日の米国とイスラエルによるイラン攻撃から始まりました。
日本は当事者ではありません。それなのに、日本人船員は3か月半にわたってペルシャ湾に足止めされ、日本の家計は、ガソリン1リットルあたり約50円を税金というかたちで払い続けています。

日本は、自分で始めてもいない戦争の請求書を、船員の時間と国民の財布で払わされている。

これが私の偽らざる実感です。

振り返れば、日本はイランとの関係で、米国の顔色をうかがう判断を重ねてきました。
2010年には、日本が権益を持っていたイランのアザデガン油田から、米国の制裁強化を受けて手を引きました。
2019年には、米国の制裁を受けてイラン産原油の輸入を止めています。
同じ2019年、安倍晋三首相(当時)は現職首相として41年ぶりにイランを訪れ、米国とイランの仲介役を買って出ました。
その滞在中に、日本の海運会社が運航するタンカーがオマーン湾で攻撃を受けています。
仲介役の難しさを、これほど象徴する出来事はありません。
(米国はイラン革命防衛隊の犯行と断定しましたが、イランは否定し、日本の船会社は「飛来物」があったと証言しています。)

米国とイスラエルには、イランの核開発や武装組織への支援を止めたいという言い分があります。
同盟国として米国と歩調を合わせることも大切です。ただ、その軍事行動に日本がどこまで付き合うのか。少なくとも、日本の船員と国民生活を最優先にした、日本独自の外交の余地は、もっとあっていいと私は考えます。
日章丸の時代、政府は英国を恐れて一歩引きました。
73年後のいまも、同じ構図が続いていないでしょうか。

公平のために書いておくと、今回の政府は手をこまねいていたわけではありません。
首脳と外相の電話会談を重ね、IMOに安全な海上回廊を提案し、通航料を払わないまま、日本人が乗る船をすべて湾外に出しました。
そこは素直に評価したいと思います。

そして、イランを美化するつもりもありません。
国内での強権的な統治、武装組織への支援、湾岸の隣国や商船への攻撃。
4月の日イラン首脳電話会談では、イランで拘束され保釈された日本人1人の問題について、高市首相が早期解決を求めています。
「日本船なら通す」という申し出には、米国と同盟国の足並みを乱す揺さぶりの面もあるでしょう。
それに、海峡の通航料を一度認めれば、日本の生命線であるマラッカ海峡のような、世界のほかの海峡にも悪い前例を残しかねません。
航行の自由は、資源のない日本にとって、ほかの誰よりも大事な原則です。

それでも私は、イランと日本が、元どおりの友好国に戻ってほしいと思っています。
親米か、親イランか、ではありません。

親日本で考える。

日章丸を送り出した出光佐三が見ていたのも、おそらく、
どの大国の顔色でもなく、日本の消費者と、その石油を運ぶ船だったはずです。

ガソリン170円の、見えない内訳

日本は、輸入する原油の9割以上を中東に頼っています(資源エネルギー庁)。
経済産業省によれば、9月28日時点のレギュラーガソリン全国平均は、1リットル170円20銭。
これは補助金で170円程度に抑えた数字で、10月1〜7日の補助額は1リットル50円70銭です。
石油備蓄は9月25日時点で195日分と、1月末の248日分から約50日分減りました(経産省の速報)。

店頭の170円には、税金で埋めた約50円と、オマーン沖で横付けされた2隻の船と、英語で説明を求められた誰かの10日間が、見えない形で含まれています。

相場を見る方は、原油価格より先に、STSの待ち日数、VLCC運賃、戦争保険料率を見てください。
9月の動きを見る限り、船と保険の値段は、原油より先に、大きく動いてきました。
3つのシナリオ別の見通しと、STSの仕組みの図解は、本サイトの記事にまとめています。

※ガソリン価格・補助額・備蓄日数は週ごとに変わります。
最新の数字は、経済産業省・資源エネルギー庁の発表でご確認ください。
本記事は情報提供を目的としたもので、特定の銘柄・商品の売買を勧めるものではありません。

海を開けるのは、いつの時代も現場だ

1953年、日本政府は英国を恐れて一歩引き、日章丸は国の後ろ盾なしに海へ出ました。
2026年、政府は電話会談を重ねましたが、米国の制裁という見えない線の内側でしか動けていないように、私には見えます。
そして今回も、最後に海峡を渡ったのは、船と、船の上の人間でした。

国は戦争を始めるのは得意でも、原油を運ぶのは苦手です。
運んでいるのは、いつの時代も現場の人間です。

映画で日章丸に胸を熱くした方は、次にガソリンスタンドで170円の表示を見たら、オマーン沖で横付けされた2隻のタンカーと、その甲板に立つ船乗りを思い浮かべてみてください。
73年前と同じように、彼らはいまも、日本の暮らしのために海へ出ています。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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それでは、また次の記事で。

ウサギ研究員🐇|USAGI GIKEN

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