
絶望した発表会の帰り道。私を救ったのは猫の動画と、不器用なピアニストだった
大人になってから始めたピアノ。
気合を入れて臨んだ発表会で、私は手痛い失敗をした。
その日の帰り道には、もう何も考えたくなかった。
ただ、情けなくて、悔しくて、
自分の下手さに、ひたすら絶望していた。
もともと私は、ギターの弾き語りをするシンガーソングライターだ。
ピアノは、「いつかちゃんと弾けるようになりたい」と思いながら、少しずつ続けてきたものだった。
けれど、この発表会をひとつの区切りにしようと思っていた。
ちゃんと弾けたら、それで終わりにしよう。
もともと私にはギターがある。
だから、ピアノはここまででもいい。
そう思っていた。
きれいに終われたら、それでよかった。
だから、本番の少し前、
街中に置かれたストリートピアノで弾いたときは、本当に気持ちよく弾けていた。
初めての場所だったのに、不思議なくらい落ち着いていて、
「これが本番で出せたら大丈夫だ」
そう思えるくらい、自分でも納得できる演奏だった。
たぶん私は、あのとき少し安心していた。
これでちゃんと終われる、と。
だから、発表会もいけると思っていた。
……でも、本番は、まるで別人だった。
信じられないくらい、遅く弾き始めた。
途中で頭が真っ白になった。
そんなに難しくない場所なのに止まってしまって、何度も同じ音を探して弾き直した。
一番目立つところでは、小指を滑らせて、まったく違う音を鳴らした。
その瞬間の絶望は、今でもはっきり覚えている。
情けなかった。
練習したのに、結果が出なかった。
自分の下手さに、本気で絶望した。
「やっぱり、向いていない」
そう思った。
——なのに。
不思議なことに、あまりに悔しすぎて、逆にやめられなかった。
きれいに終わるはずだったのに、
こんな終わり方では終われなかった。
むしろ、ここでやめたら、
この失敗を一生引きずる気がした。
だから私は、どん底みたいな気分のまま、猫の動画ばかり見ていた。
傷ついた心を、とりあえず愛らしくて、ふわふわしたもので癒やしたかったのだと思う。
ある日、おすすめ欄の片隅に、ふと目が止まった動画があった。
白い猫と、ピアノ。
そして、ピアノを弾く人。
それが、彼との出会いだった。
最初は、
「おもしろい猫と、妙に気になる人」
くらいの印象だった。
白猫とピアノ。
私の好きなものが、きれいに並んでいた。
でも、ライブ配信のアプリを入れる気はなかった。
正直、新しいアプリを増やすのはめんどくさかったし、
タイムラインに流れてくる、月に一度の短い配信を眺めるだけで十分。
そう思っていた。
ところが、ある月のこと。
その月だけ特別に、毎週ライブ配信をするという。
気づけば私のカレンダーは、彼の配信予定で埋まっていた。
そして、運命の最終週。
ベートーヴェンの「月光」、ドビュッシー、ラフマニノフ、ショパンの「バラード」に「英雄ポロネーズ」
「え、この人、雰囲気から想像できないくらい、ガチのクラシック弾きじゃん……!」
あとで音大卒だと知るのだけれど、そのときはただ雷に打たれたみたいだった。
しかも、ただ上手いだけじゃない。
いわゆる“クラシックピアニスト”とは、少し違う。
本人が「パワー系」と言うように、音に深みがあって、強くて、でもどこか不器用で、人間くさい。
ピアノは圧倒的にうまいのに、喋るとノイズが多い。
見た目に反して元気で、おかしなところでやたら親しみやすい。
完璧な人、ではなかった。
ちゃんと悩んで、ちゃんと不器用で、
それでも毎日ピアノに向き合い、
週に何度も、何年も配信を続けている人だった。
そういう健気なところに惹かれたのかもしれない。
「これは見逃せない」
そう思った私は、あんなに渋っていた配信アプリを、その場でインストールした。
次の日の夜8時。
アカウント名もアイコンも整えて、ちゃんと待機した。
でも、心の中では決めていた。
——のぞき見するだけでいい。
——コメントなんてしない。
——ギフトなんて怖すぎる。絶対にしない。
……はずだった。
彼を見つけた衝撃が、あまりに強すぎた。
数日後、私は1000文字を超えるnoteを書いて投稿していた。
私は基本的に、出会ってすぐ誰かについて記事を書くことはない。
でも、彼のことを書かずにはいられなかった。
すると、その日の配信中。
彼がそのnoteに触れてくれた。
「コラム書いてくれたのを発見しまして」
「その人の先生、〇〇の人だったんですよ。なんでやねん!」
——いや、ちょっと待って。
——なんで私のピアノの先生まで知ってるの。
——それ、SNSのキャプションも記事も、隅々まで読まないと分からないやつなんだけど。
図らずも、それが私の初コメントになった。
「私です、ありがとうございます😊」
完全に予定外だった。
でも、たぶんあの瞬間から、私はもう「見るだけの人」ではなくなっていた。
彼の配信を見ながら、
自分もピアノに向かうようになった。
彼が弾いている時間は、
私も練習する時間。
「少しでも、彼が弾くクラシックが弾けるようになりたい」
そう思った。
もちろん、ただ聴き入ってしまう夜もある。
でも、彼の音を聴きながら楽譜とにらめっこして、鍵盤に向かう夜が増えた。
同じ曲を弾くこともあった。
私は全然速く弾けないので、普通に置いていかれるけれど。
それでも、配信の時間が好きだった。
気づけば私は、またちゃんとピアノを続けていた。
発表会のあと、「もうやめよう」と思ったはずなのに。
むしろ前より、ずっと真剣に向き合っていた。
リアルの演奏会にも、足を運ぶようになった。
人と会うことが得意ではない私にとって、それはかなり珍しいことだった。
知らない街で音に圧倒されて、
別の会場では緊張でガタガタ震えて、
最前列では近すぎてドキドキした。
それでも思った。
——彼のピアノで、満たされたい。
それはきっと、
ピアノが上手いからだけじゃない。
彼は、少し不器用で、
少し極端で、
でも、ものすごくまっすぐだ。
投げやりにならない。
応援してくれる人の気持ちに、ちゃんと責任を持とうとしている。
完璧じゃないのに、
ちゃんと全力なのだ。
たぶん私は、
そういう人に救われたかったんだと思う。
失敗した発表会のあと、
猫の動画ばかり探していたあの日の私に、伝えたい。
その先に、
ピアノをもう一度好きにさせてくれる人がいるよ、と。
配信を、ただ「見る」だけじゃなく、
「一緒に練習する時間」に変えたことで、
私のピアノとの向き合い方は、ちゃんと変わった。
私はきっと、これからも失敗する。
また情けなくなって、
向いていないと思う日も、たぶん何度もある。
それでも、もう簡単にはやめないと思う。
あの夜、画面越しに聴こえてきた一音が、
私のピアノを、もう一度息づかせてくれたから。
そして気づけば、彼が配信で話していた先生のもとでレッスンを受けるようになっていた。
まさか、そんな展開になるとは思っていなかった。
今は、8月の本番に向けて練習している。
あの日、弾けなかった曲と同じ曲だ。
今度こそちゃんと届けたい。
絶望した発表会の帰り道が、ここまで私を連れてきた。
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