さかえ荘|十六の娘を夜の店へ、という話がうちのアパートで出た
【あらすじ】
「どうにかするしかなかったから、どうにかしたの。それだけ。」——夫の急逝で、二歳の息子とボロアパートを残された節子、三十歳。昭和四十年代の東京下町、六世帯の木造アパート「さかえ荘」で、彼女は大家として生きることを決める。家計を背負う十六歳の少女に忍び寄る夜の街の男、保証人詐欺、悪徳芸能プロ、そして過去を隠す寡黙な住人。持ち込まれる厄介ごとに、節子は啖呵と飯で応える。やがて地上げ屋が町を呑み込もうとするとき、かつてさかえ荘で救われた者たちが次々と帰ってくる。息子・和也の目で綴る、母の一代記にして下町の記憶の物語。
■ プロローグ ― さかえ荘のこと ―
小さな庭先に面した小さめのテラスで布製のトートバッグを作っている母がいる。
老眼鏡をずらしながらテーブルの上を見ては、目線を手元に戻して何やら縫い付けている。
「和也!コーヒーちょうだい!さっき作ったのがまだポットにあるだろ?」
もうそろそろ八十歳を迎えようというのに、この声量はなんだろうと思うほどの大声で私を呼ぶ。
「さっき俺が飲んじゃったよ、新しいの作るから待って……」
私の言葉尻を遮るように母は答えた。
「じゃあ、こないだヤジさんからもらったやつあるだろ?あれ淹れてよ。」
私も、わかった、と言いながらキッチンに向かおうとすると、また大声で母が言う。
「和也、あんたもたまの休みくらい出かけようとか思わないの?」
「思わない。」
「嘘おっしゃい。五十過ぎの男が日曜に母親の顔なんか見てどうすんの。」
「どうもしない。」
しばらく間があって、母はふん、と短く鼻を鳴らした。それはどこかご満悦な音だった。
ヤジさん——矢島さんというのは、母が若い頃に管理していたアパートの元住人だ。とうに八十を過ぎているのに毎年律儀に自家焙煎のコーヒー豆を送ってくれる。母のもとには今でも、そういう人からの荷物や手紙がちょくちょく届く。かつての住人から、その子供から、あるいは孫から。
「さかえ荘の人たちって、なんでみんなまだ連絡してくるの。」
コーヒーメーカーのスイッチを入れながら私が訊くと、テラスから間髪入れずに返ってきた。
「さあねえ。こっちが聞きたいくらいだよ。」
全然答えになっていない。でもそれが母らしかった。
*
さかえ荘。
東京の東の端、川沿いの細い路地を入ったところに、その二階建て木造アパートはあった。昭和三十年代の終わり頃に建てられた、六世帯の小さな建物。白かったはずの外壁は長年の煤と雨染みで薄墨色になっていて、錆びた鉄製の郵便受けが六つ、傾いて並んでいた。
母がそこの大家になったのは、三十手前のことだ。
夫——私の父——が急逝して間もなく、残されたのはそのボロアパートと、二歳の私と、すずめの涙ほどの預金通帳。
「どうにかするしかなかったから、どうにかしたの。それだけ。」
母はいつもそう言った。
でも私が物心ついて覚えている母の顔は、追い詰められた人の顔ではなかった。くたびれた顔でも、諦めた顔でもなかった。
どちらかと言えば、いつも何かを面白がっていた。
家賃を踏み倒した住人を追いかけて走り回っていた時も。夜逃げの後片付けをしながら台所で見つけた謎の瓶詰めを前に途方に暮れていた時も。二階の学生たちの喧嘩を仲裁して、最後に全員を食卓に呼んで飯を食わせていた時も。
これは、そんな母の、さかえ荘での日々の話だ。
高度成長の熱気と埃が混じった、下町の小さな物語。
*
■ 第一話 「桐島家の灯り」
子供の頃、夜中に目が覚めると、廊下の向こうに母の影が見えることがあった。
明かりをつけずに、素足のまま歩いていく。ドアの隙間から外廊下に出て、階段を降りていく。その足音がどこへ向かうかは、だいたい決まっていた。
一〇一号室。桐島さんの家だ。
*
さかえ荘は、東京の東の端に近い川沿いの町にあった。駅からバスで十分、バス停からさらに路地を二本入ったところに、その二階建て木造アパートはひっそり建っていた。
昭和四十年代の初め頃。日本中が前だけを向いて走っていた時代のことだ。
町の空には煙突と高架工事のクレーンが並び、朝になると工場の始業ベルが遠くから聞こえてきた。路地には魚屋の呼び声が響き、夕方には醤油と出汁の匂いが軒並みから漏れ出してきた。さかえ荘もそんな匂いの中に溶け込むようにして建っていた。外壁はもとは白かったらしいが、私が物心ついた頃にはすでに薄墨色で、一階と二階をつなぐ鉄階段は踏むたびにギイと鳴った。
六世帯、二十四坪。それが母・節子の城だった。
一〇三号室からは、朝になると焦げた匂いがした。矢島さんがコーヒーの豆を煎っていた。
母は「煙い」と怒鳴って、廊下の窓を開けて回った。ただ、怒鳴り終わると必ず一袋もらって帰ってきた。
*
母が大家になったのは、父が死んだ翌年のことだ。
父のことを私はほとんど覚えていない。写真の中の細面の男が父だと教えられても、どこか他人の顔のように見えた。残されたのは、さかえ荘の権利書と、わずかな貯金と、二歳の私。
節子、三十歳。未亡人にして大家。
母はそれを「なりゆき」と言った。「どうにかするしかなかったから、どうにかした」とも言った。実際に母がどれほど途方に暮れたのか、私には知る由もない。ただひとつ言えるのは、私の知っている母は、いつも前を向いていたということだ。前を向いて、声を張り上げて、誰かに怒鳴りながら生きていた。
それが節子という人間だった。
ただ、後になって気づいたことがある。母が一番大声を出している時というのは、たいてい何かに迷っている時だった。声の大きさは、迷いの深さに比例していたのかもしれない。
*
桐島一家がさかえ荘に越してきたのは、私が五歳の秋だった。
父親の勝さんは、川向こうの鉄工所に勤める職人だった。背が高く、無口で、酒を飲まない時は穏やかな目をした人だった。「酒を飲まない時は」というのが肝心な但し書きで、奥さんを亡くしてからの勝さんは、その但し書きがほとんど当てはまらなくなっていた。
奥さんは越してくる半年前に病気で逝ったと、後から聞いた。
子供は三人。長女の久美ねえさんが十六歳。下に弟と妹がいた。越してきた日、引っ越し荷物を運ぶ勝さんの隣で、久美ねえさんは弟と妹の手を引きながら、母親のような顔で立っていた。
私はそれをアパートの入り口からじっと見ていた。
すると久美ねえさんがこちらに気づいて、しゃがんで目線を合わせた。
「あなたが和也くん?」
うなずくと、ねえさんは笑った。疲れた顔の中の、優しい笑顔だった。
「よろしくね。お菓子あるよ、後で持ってきてあげる。」
それが久美ねえさんとの最初の記憶だ。
*
桐島家の一日は早かった。
夜明け前に久美ねえさんが起き出して、弟と妹の弁当を作る。自分は近所の食堂に朝から入って昼過ぎまで働き、午後は戻って洗濯と掃除をして、夕方にはまた夕飯の支度をする。勝さんの分も作るが、その頃にはもう勝さんがどこにいるかわからなかった。
久美ねえさんは私の面倒もよく見てくれた。
母が大家仕事で走り回っている間、私はよく一〇一号室に入り浸っていた。ねえさんは台所で何か作りながら、私に絵本を読んでくれたり、折り紙を教えてくれたりした。手は動かしたまま、顔だけこちらに向けて話してくれる。そのやり方が母と少し似ていて、私は妙に安心した。
ねえさんの弟の健太郎くんと妹のさつきちゃんとも、次第に仲良くなった。三人でアパートの廊下を走り回り、鉄階段をガンガン鳴らして母に怒鳴られた。怒鳴られながらも、また走った。
それが私の知っているさかえ荘の日常だった。
*
あれは秋も深まった、ある朝のことだった。
私はいつもより早く目が覚めて、廊下に出た。まだ誰も起きていない時間で、アパートはしんとしていた。
一〇一号室の前を通りかかった時、引き戸の隙間からかすかに明かりが漏れていた。
音がしたわけではない。ただ何となく立ち止まって、隙間からそっと中を覗いた。
久美ねえさんが台所の椅子に座っていた。背中を丸めて、手の上に顔を乗せていた。眠っているのだと最初は思った。でも少しして、ねえさんの肩が小さく揺れた。泣いているのか疲れているのか、子供の私には判断がつかなかった。
テーブルの上に、小さな紙が一枚あった。数字が並んでいるようだったが、遠くて読めなかった。
私はそのまま動けなかった。声をかけることもできなかった。どのくらいそうしていたかわからないが、やがてねえさんが顔を上げて、背筋を伸ばして、また何かを書き始めた。
私は足音を立てないように自分の部屋に戻った。
布団の中で、胸がどきどきしていた。理由はわからなかった。ただ、ねえさんがあそこで何かと戦っているということだけは、五歳なりにわかった。
翌朝、ねえさんはいつも通り笑っていた。健太郎くんの寝癖を直しながら、さつきちゃんの靴紐を結びながら、私には「おはよう、和也」と言った。
私はうなずいたが、昨晩のことは言わなかった。言ってはいけない気がした。
*
変化は、秋が深まった頃に始まった。
勝さんが仕事を休みがちになった。鉄工所から連絡が来るようになり、久美ねえさんが謝りに行くようになった。夜、一〇一号室の薄い壁越しに、勝さんの独り言が聞こえることがあった。何を言っているかはわからなかったが、お母さん、という言葉だけは聞き取れた。
ある晩のことだ。
私は布団の中で目を覚ました。廊下がざわついている。アパートの外で誰かが大声を出していた。酔っ払いの声だと、子供の私にもわかった。
しばらくして、母が部屋を出て行く足音がした。
私は布団から抜け出して、ドアの隙間からそっと外を見た。
外廊下の下、アパートの入り口の前に、勝さんがしゃがみ込んでいた。どこかで飲んできたのか、シャツが乱れて靴が片方脱げていた。そこへ母が素足で降りていって、仁王立ちになった。
「勝さん。」
低い声だった。怒鳴らない時の母の声は、むしろ怖かった。
勝さんはそれでも何かをぶつぶつと言い続けた。女房が、子供が、仕事が——言葉になったり崩れたりしながら、夜の路地に零れていく。
母はしばらく黙って聞いていた。
私は廊下の手すりにつかまって、その場面を見下ろしていた。母の背中が、いつもより小さく見えた。いつも大きく見える母が、その時だけは小さかった。もしかしたら母も、どう声をかけていいか迷っていたのかもしれない。
それから、静かに口を開いた。
「勝さん、あんた奥さんのことが好きだったんだね。」
勝さんが黙った。
「好きだったから、いなくなってどうしたらいいかわからない。それはわかる。私だってそうだった。」
母が父の話をするのを、私はほとんど聞いたことがなかった。
「でもね、久美ちゃんはね、今日も朝から働いてきて、あんたの晩飯まで作って待ってたんだよ。十六だよ、あの子。十六の子に全部やらせて、あんたは路地で泥になってる場合じゃないでしょうが。」
声は荒げていなかった。ただ、一言一言がきちんと刺さる、そういう言い方だった。
「奥さんだってあんたにそんな格好をさせたくて逝ったわけじゃないと思うよ。」
勝さんは何も言わなかった。肩が小さく揺れていた。
「……大家さん、すまない。」
「すまないはいい。立てる?」
「……立てる。」
「じゃあ立って。子供たちが見てるかもしれないから。」
勝さんがゆっくり立ち上がった。母がその腕を支えた。二人で一〇一号室の方へ歩いていく。
引き戸がそっと開いて、二人が中に入った。
私はしばらくその場に立っていた。廊下は静かになった。夜風が鉄階段を鳴らした。
先ほど「いつもより小さく見えた」母の背中が、今はまた大きく見えた。人というのは、迷いながらでも動けば大きくなるのかもしれないと、六歳の私はなんとなく思った。
*
翌朝、私が起きると、台所に見慣れないものが置いてあった。
久美ねえさんが作るのと同じくらいの大きさの、鍋がひとつ。中に味噌汁の残りが入っていた。隣に白い飯が茶碗に二杯分、ラップをかけて並んでいた。
母に「これ誰が持ってきたの」と聞くと、母は新聞から目を離さずに答えた。
「さあ。」
完全に白々しかった。
ただそれ以上は何も言わなかった。母も、私も。
*
久美ねえさんがそのことを知っていたかどうか、私にはわからない。
ただその日の午後、ねえさんが私の部屋に顔を出した時、いつもより少しだけ表情が柔らかかった気がした。
「和也、外行く?健太郎たちも呼ぼうか。」
私はうなずいた。ねえさんが弟と妹を連れてきて、四人で川べりまで歩いた。ねえさんは歩きながら鼻歌を歌った。何の歌かはわからなかったけれど、その声はきれいだった。
川面が夕陽で光っていた。
私はその光景を今でも覚えている。どこにでもある夕方で、何も起きなかった午後だったけれど、なぜかずっと覚えている。
節子は何も言わなかった。久美ねえさんも何も言わなかった。
でも確かにその日から、さかえ荘の一階と二階の間に、目には見えない細い糸が一本、渡ったような気がした。
*
それから一月ほど経った、師走の入り口のことだ。
勝さんが鉄工所を辞めた——正確には、辞めさせられた。
久美ねえさんから聞いたわけではない。母がハルさんから聞いてきたのだ。磯部ハルさんというのは、うちから路地を二本入った荒物屋のおばあさんで、この町のことなら何でも知っていた。勝さんが出入りしていた鉄工所の親方とも昔なじみだったらしく、「桐島さんとこの旦那、とうとうクビになったよ」と開口一番で母に教えた。
母が帰ってきた時の顔を、私は覚えている。
怒っているのとも違う、困っているのとも違う。ただ何かを決めた顔だった。
*
問題が起きたのは、その三日後の夕方だった。
私が一〇一号室の前を通りかかると、見知らぬ男が戸口に立っていた。背広を着た、四十がらみの男だ。油で撫でつけた髪と、妙に白い歯が印象に残った。
久美ねえさんが引き戸を少しだけ開けて、外に出ないようにしながら男と話している。声は低く、私には聞こえなかった。でもねえさんの顔が、いつもと違った。
あの早朝の、台所で背中を丸めていた時のねえさんの顔に、少し似ていた。
断っているのか、それとも迷っているのか、そのどちらとも取れる顔だった。
しばらくして男は「またくる」と言い残して路地の方へ歩いていった。
ねえさんは私に気づくと、「なんでもないよ」と言って引き戸を閉めた。でもその「なんでもない」が、なんでもなくないことくらい、子供の私にもわかった。
*
翌朝、母が私に言った。
「和也、今日は一人で遊んでなさい。久美ちゃんのとこに行くんじゃないよ。」
「なんで?」
「なんでも。」
母は割烹着のまま外に出ていった。どこへ行くかは言わなかった。
その背中は、いつものように大きかった。でも私は今度は、その大きさの裏に何があるかを、少しだけわかるような気がしていた。
*
後から聞いた話をつなぎ合わせると、こういうことだった。
昨日の男は、駅前に店を出している水商売の関係者だった。勝さんが仕事を失ってから、酒代に詰まって男の店から金を借りていた。額は小さかったが、利子がついた。男はその取り立ての代わりとして、久美ねえさんに夜の仕事を勧めに来ていた。昼の食堂より何倍も稼げる、すぐ返せると言って、二度三度と足を運んでいたらしい。借金のある父親を盾に取って、娘に圧をかける。そういうやり口だった。
久美ねえさんは断り続けていた。でも金は要る。弟と妹の冬の支度も要る。一人でどこまで踏ん張れるか、その限界が近づいていた。
母はそれを、ハルさんから聞いていた。
あの早朝のねえさんの姿を私はまだ母に話していなかった。でも母はもう知っていた。ハルさんというのはそういう人で、母もそういう人だった。
*
母が男の店に乗り込んだのは、その日の午前中のことだ。
私は見ていない。ただ夕方に帰ってきた母の下駄の底が、いつもより減っていた気がした。
後になってハルさんが教えてくれた。
「お母さんね、その店の前で仁王立ちになって、看板娘にしようとしている子は私が預かっている、次に声をかけたら商店街ぐるみで潰す、ってやったんだって。」
「ほんとに?」
「嘘ついてどうするの。あのへんの人、みんな見てたよ。」
ハルさんは笑いながらも、どこか誇らしそうな顔をしていた。
私は「看板娘にしようとしている子は私が預かっている」という言葉を、そのままの形で受け取った。あの言い方は、相手の言葉をそのまま返して刺す言い方だとわかったのは、もっと後になってからのことだ。
*
その夜、母が一〇一号室の引き戸を叩いた。
久美ねえさんが出てくると、母は黙って風呂敷包みを差し出した。中身は米と味噌と、それから何枚かの紙だった。
「ハルさんのとこの荒物屋で人手が要るって。朝の品出しと昼間の番台。食堂よりは楽だろうから、掛け持ちできるか聞いてみな。」
久美ねえさんは、しばらく何も言わなかった。
「……大家さん、私、変なとこに行こうとしてたわけじゃ——」
「知ってる。」
母はそれだけ言って、話を終わりにした。
「お父さんのことは、追い追いどうにかする。焦りなさんな。」
ねえさんの目が赤くなった。泣かないように、唇を噛んでいるのが暗がりでもわかった。
「……ありがとうございます。」
「お礼はいい。米、早めに炊いたほうがいいよ。今夜は冷えるから。」
母は踵を返して、階段を上っていった。
*
その夜、私はなかなか寝つけなかった。
布団の中で天井を見ていると、一階から微かに物音がした。米を研ぐ音だったと思う。やがて水が沸く音がして、それから静かになった。
翌朝、久美ねえさんが弟と妹を連れて外に出るのを、私は窓から見た。健太郎くんとさつきちゃんは相変わらずじゃれ合っていて、ねえさんはその頭を軽く叩いて笑っていた。
いつもと同じ朝だった。
でも私には、その「いつもと同じ」が昨日とは少し違う重さを持って見えた。六歳の私にうまく言葉にはできなかったけれど、人が誰かに守られながら朝を迎えるということが、どういうことなのかを、その朝に初めてわかったような気がした。
あの早朝にひとりで台所に座っていたねえさんが、今は弟妹の頭を叩いて笑っている。そのことが、今になってもじわりと胸の奥に残っている。
母はすでに台所で味噌汁を作っていた。
鼻歌も歌わず、独り言も言わず、ただ黙々と包丁を動かしていた。その背中が、なぜかその朝は大きく見えた。
(第一話・了)
*
■ この続きは
「さかえ荘」は全八話とエピローグで完結しています。第二話から先は、エブリスタでお読みいただけます。全編無料、登録なしで読めます。
▶ さかえ荘(エブリスタ・全話)
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