
わんこBL短編集 遠距離な僕ら(1-1)
【あらすじ】
1【遠距離な僕ら】
ゴールデン・レトリバーのソラと、ホワイト・シェパード、バニラは幼馴染。バニラが引っ越してから、ソラはバニラへの想いが恋だと自覚する。その後、再会し、二頭の遠距離恋愛がはじまる。
2【愛を込めて遠吠えを】
コワモテな外見を持つ甲斐犬のムサシは、明るくキュートなキャバリアの桃太郎に片想い中。ムサシの渾身の告白を、桃太郎は遠吠えで返し、ムサシの恋は一歩前進する。
3【脱走は晩恋のはじまり】
雑種犬ビクターの近所にやってきたのは、気弱なラブラドールレトリバーの男の子、ナイト。ナイトは野性味溢れるビクターに憧れを抱くが、その好意はやがて恋へと形を変えていく。年齢差のある犬同士のBL物語。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
春の風が吹く広い公園で、僕は自家用車を降りると、すぐに辺りを見回して、耳を澄ます。聞こえてくるのは、たくさんの足音。子ども、老人、青年。今日は土曜日だから、公園にはたくさんの人がいるようだ。もしかしたら、もう彼は来ているかもしれない。僕は大好きな彼に会いたくて、思わず家族を急かした。
『早く、早く! ねぇ、早く行こう!』
「わーかったから、もう! 静かにして」
「うるさいぞ、ソラ」
『だって……! だって僕、早く会いたいんだ!』
「ソラはね、バニラに会いたいんだって」
興奮で気を逸らせた僕の頭をそっと撫でて、姉が言った。僕の言葉を理解できるのは、おそらく姉だけだ。
僕の姉は十五歳で、中学三年生。いつも長い黒髪をおさげにしていて、趣味は読書。特技は……たぶん、ミサンガや花輪を編むこと。彼女は聡明で賢くて、いつも僕の言葉を代弁してくれる、優しい姉だった。
姉といっても、僕と彼女は血が繋がっているわけじゃない。もちろん、僕と父さんや母さんも、血の繋がりはない。もっと言えば、僕と家族は全然似ていない。僕たちは話す言葉も違うし、歩き方も違う。僕は四足歩行で歩いているが、家族はみんな二足歩行だ。
ついでに言えば、鼻がぶどうみたいに真っ黒なのも、体じゅうが毛で覆われているのも、冬になる前にその毛がたくさん抜けて、あったかい冬仕様の毛に生え変わるのも、お尻にふさふさしたしっぽがあるのも、家族の中で僕だけ。
僕は犬で、ゴールデンレトリバーという種類だが、家族は人間だ。それでも、心はちゃんと繋がっている。その繋がりが一番強いのが、姉というわけだ。
「あっ、バニラんち、もうすぐ着くってよ。ソラぁ、楽しみだねぇー」
母がスマホを見ながらそう言って、僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。僕は嬉しくてたまらず、またはしゃいでしまう。すると、また父さんが「あぁ、うるさい、うるさい。吠えるんじゃないよ」と僕を叱った。
今日は第二週の土曜日。月に一度、おもに第二土曜日に、僕ら家族はこの公園へ来る。他県の山間部にある、この公園は、大きな人工池や森、芝生の広場もあって、散歩をするには最高の場所だった。日常的にここへ来れればいいのだが、僕の家からは二時間ほどかかるので、残念ながら、月に一度が限度だった。
僕らはこの公園で、ある家族と待ち合わせをしている。僕のボーイフレンドと、その家族だ。彼らは三年前まで、僕の家の隣に住んでいた人たちで、僕らは家族ぐるみでとても仲がよかった。だが、ある日、彼らは突然、引っ越してしまったのだ。
当時、お隣のご主人は結婚が決まったばかりで、お嫁さんのお腹には赤ちゃんがいた。まだお腹も大きくなってなかったし、出産はまだまだ先だったはずだが、お腹の赤ちゃんが二人いるとわかってから、彼らの家はなにやら慌ただしくなっていった記憶がある。
ちなみに、ボーイフレンドの名は、バニラ。凛とした眼差しがすごくかっこいい、ホワイトシェパードだ。
少しだけ、彼の話をしよう。彼は僕の自慢のボーイフレンドだ。年齢は僕の二つ年上で、六才。僕の先輩でもある。
僕がまだ幼い頃、バニラはもう大人だったこともあって、僕にいろんなことを教えてくれた。
向かいの家には、超高齢の黒猫が住んでいて、魔女だと噂されていること。角の酒屋さんのおじいさんは大の犬好きだということ。野良猫にむやみに近づくと引っかかれること。近所の公園で遊んでいる子どもたちは、ときどき僕らを脅かすけれど、決して悪気はないこと。おばあさんが引いている小さな車が気になっても、決して吠えてはいけないこと。
バニラは僕の憧れだった。真っ白い体毛は太陽を浴びると神々しく輝き、白銀の光を放つ。常に冷静で優しくて、穏やか。僕はそんなバニラが大好きだった。だが、その気持ちが恋心だと気付いたのは、僕が二才のときだ。
バニラと僕は、いつも同じ時間に揃って散歩へ行くのがお決まりだった。ところが、ある冬のこと。クリスマスの少し後から、僕ら家族は、突然バニラと奥さんに会えなくなってしまったのだ。
いつもの散歩の時間になっても、バニラと奥さんの姿は見えず、僕は母さんや姉さんと散歩へ行く日々が続いた。とても寂しくて、悲しくて、初日は食欲も湧かなかった。夜中になって、結局お腹がすいてしまって、翌朝までには、お皿に残ったままのごはんをみんな食べてしまったけれど、それでも、寂しさは癒えなかった。僕の心の真ん中には、ぽっかり穴が空いてしまったのだ。
バニラに会えなくなって、僕は寂しさの理由をひとりで考え始めた。バニラに会いたいのは、彼を好いているからだ。けれど、こんなにも胸の奥がきゅうんとして、ごはんが出されても、ちっとも嬉しくないのはおかしい。
ごはんはいつも通りのメニューだけれど、大好きなカリカリフードも、缶詰の鶏ささみ味も、デザートのリンゴも、父さんのお皿から盗み食いした食パンも、いつもより味気なく感じてしまう。試しに、開けっぱなしになっていたお釜の中の、カピカピになった白いお米をみんな舐めてみたけれど、それもちっともおいしく感じない。
そんな僕の異変を気付いていたのだろうか。母さんは僕を現行犯で逮捕したあと、僕を叱る代わりに、ごはん粒だらけになった顔をけらけら笑いながら拭いて、きれいにしてくれた。けれど、僕の心はやっぱり寂しさに暮れて、母さんの笑った顔を前にしても、気持ちは晴れなかった。
夜にはソファでうとうとしながら、明日が来るのを楽しみに思うのに、そんなワクワクした気持ちも起きない。僕はすっかり落ち込んでいた。
これはきっと、難しい病気にでもかかってしまったんだと、父さんは心配して、母さんは動物病院を探し始めた。だが、姉さんの言葉で、僕はハッと気付かされたのだ。
「この子、バニラに会いたいんだと思う。恋の病かもよ」
恋の病――。それを聞いた僕は、今までもやがかかっていた頭の中がスーッと晴れていくような心地になって、姉さんを見つめた。すると、姉さんはそんな僕に気付き、優しく微笑んで言ったのだ。
「当たりでしょ? ソラはバニラが大好きだったもんね。会えなくて寂しいんだよね」