
M-1を見て感じた、クリエイティビティとAIの距離感
毎年楽しみにしているM-1グランプリの配信を見ていて、少しモヤッとする出来事があった。ネタの様子をイラストに起こして投稿する「M-1イラストグランプリ」という企画だ。
Xを眺めていると、リアルタイムで絵師さんがネタをもとに驚くほどの速度でイラストを描き上げ、公開している光景は珍しくない。人物の特徴やネタの面白さを正確に捉えつつ、ときには脚色を加えて「そうそう、ここが面白かったんだよな」とこちらの記憶を補強してくれる。
あれは、技術というより感情の翻訳に近い行為だと思っている。
だが今回の企画では、絵を描けない人でも同じような楽しみ方ができるように、生成AIを使って画像を出力・投稿することを推奨していた。
理屈は分かる。技術的には可能だし、間口を広げるという意味では「面白いかもね」と思う気持ちもある。
ただ、手描きの温度を感じるイラストと、生成AIが即座に出力した理路整然とした画像を並べられたとき、どうしても言葉にしづらい違和感が残った。AIの活用自体を否定したいわけではないが、作品を素直に受け取れない。その「モヤモヤ」が消えなかったのだ。
M-1グランプリという舞台は、芸人たちが己の人生をかけて挑む場だ。積み重ねてきた時間、失敗、焦り、歓喜、そうした汗と感情の物語そのものがコンテンツになっている。
そこに対して、感情を持たず、与えられたプロンプトに従ってインスタントに生成された画像を消費する行為は、どこか空虚に感じてしまった。
生成AIを巡る摩擦は、今に始まった話ではない。イラスト、音楽、文章、ゲーム開発。これまでも技術の断片は長い時間をかけて創作に組み込まれてきた。だが、誰もが自然言語で簡単に使え、膨大なアウトプットを瞬時に生み出せる汎用型生成AIの登場によって、状況は一気に変わった。
うまく使われるケースがあるのも事実だ。だが、その使われ方があまりにも飛躍しすぎると、人の感情は追いつかなくなる。そこには、人間がこれまで費やしてきた苦労や時間、迷いや温度感が感じられない。
だから「お笑い」という、人間の感情に強く訴えかけるクリエイティビティの領域において、手描きのイラストと並ぶ形で生成AIが踏み込んでくる。この構図に対して、どうしても素直に肯定できない自分がいた。
正直なところ、何が正しいのかは分からない。ただ「これはちょっと違うのではないか…」という感覚のほうが勝ってしまったのだ。
M-1という、芸人たちが人生を削って掴み取る熱いストーリーと、その姿を素材として消費される生成AI画像の企画。少なくとも僕には、相性が良いものだとは思えなかった。
ちなみに、本企画でイラスト作品を紹介していたマヂカルラブリーの野田クリさんだが、同じくGeminiを使った別企画(M-1とは無関係)のゲームは面白く感じられた。
Gemini で新作ゲーム「ペットカードジェネレーター」 を作ったからやってみて!
— マヂカルラブリー 野田クリスタル (@nodacry) December 16, 2025
スマホの写真ライブラリにあるペットの写真を読み込ませるとカードになるよ。https://t.co/fOCKOwPAog pic.twitter.com/JkVtNK6gI5
これは野田クリさんのアイディアと試行錯誤の様子、そのストーリーを動画で知ることができたこともあり、個人的にとても楽しめた。
僕が野田クリさんのゲームづくりを知ったのは、2019年の『勇者ああああ』にて、野田クリさんの自作ゲームを芸人たちで遊ぶという企画だった。どれもいわゆるクソゲー感あふれる見た目のゲームなのだが、みんな夢中になって遊んでいた。
野田クリさんはその後も独学で自作ゲームを作り続け、様々な場所で成果を公開していった。
それが時間をかけ、徐々に広まり、いまやニンテンドースイッチで多くの人が遊べるタイトルにまで成長しているのだから驚きだ。
野田クリさんの脳内をAIに落とし込み、誰もが簡単にゲームを作れる『スーパー野田ゲーMAKER』なんてものも発売されている。
これは元々クラウドファンディグも実施されていたタイトルだ。
僕の観測範囲ではこれまで数回のクラウドファンディングが実施され、約2,000万円以上もの支援金が集まっている。支援の盛り上がり方を見ても、まさにクリエイティビティとAIの距離感をうまく捉えた企画だと思った。
こうした野田クリさんのゲームづくりの様子に触れていたこともあり、今回のM-1イラスト企画で、投稿された手描きと生成AIイラストを合わせて紹介されていた姿を少し冷めた目で見てしまった。
SNSでも異を唱える意見を散見したが、もちろん野田クリさんが悪いのではなく、M-1という場と企画との相性がよろしくなかったという話だ。
生成AIの活用は過渡期であり、スタンスによって「どこまでどのように使うべきか」といった意見が別れ、日々折衝が生じている。決して技術の進歩が悪いわけではない。ただ、どこで、何と、どう組み合わせるのか。その選択には、もう少し慎重さが求められるのではないか。
人間というものは、やはり苦労の過程や作り手の想いに感情を揺さぶられ「すごい」「面白い」と思える生き物なのかもしれない。
今年のM-1イラスト企画を見て、そんなことを考えさせられた。
どうも、Google で AI を開発しているジェームズです。 pic.twitter.com/WLCiMDOpOg
— Google Japan (@googlejapan) December 21, 2025