
6月25日の話
私は地球生まれだが、もとの星は地球ではないんだろうと思っている。
昔、観た映画の中で登場する宇宙人は、人間の皮を被って生活をしていた。私の感覚はそれに近い。中身は地球人、人間ではないが、外側、皮を脱げなくなってしまっただけ。周囲には人間にしか見えない。でも、動いたり、喋ると違和感がある生き物。
違和感が常にあった。それは影のようについて回った。自我が芽生えた頃からそばにいたので、変と思うこともないくらい私にとって馴染みのあるものだった。他の人から「変だ」と指摘されても、好奇な目を向けられても私にはそれが日常と化していたため、問題視もしていなかった。
皮が大きくなっていくほど、違和感の存在も大きくなっていった。馴染んでいたものは、良くないものだとわかっても、影のようについているので引き離すことも出来なかった。周囲の人の動きや喋り方を真似しても、どこかぎこちなく、真似すればするほど、「変だ」と指差された。好かれたいと望むほど、嫌われた。
同じ言語を使って話をしているはずなのに、膜を一枚隔てたものがあり、相手のぬくもりがわからなかった。喋るほど距離が遠のいていく。
いつの頃から、自分の皮を剥がしたいと思うようになった。皮の内側にある本来の姿になりたいと。しかし、白衣を着た人間が告げたことは皮は一生剥がせはしないし、影のようにいる違和感も消せないということ。ならば、皮と中身を同一にしたいと願ってもそれも叶わない。星に帰りたくても帰れない。地球という異星で生涯を終えるしかない。
皮が大きくなると、人々はさまざまな言葉を投げてきた。名前を知る人も知らない人も投げてくる。
「恋人を作れ」「子供を産め」「賞味期限がくるぞ」「結婚して安心させろ」「働け」「人様に迷惑をかけるな」
投げられる言葉に私は窒息しそうになった。
誰かが隣にいることが私には耐えられなかった。隣にはすでに影がいるのだ。
もがき、自分なりに答えを見つけた時、私の腕の中には娘がいた。
娘の重みを腕に感じながら、私は歩き出した。
投げる言葉は種類が変わっただけだが、もう皮の内部まで届かない。
私は娘の寝息に耳を澄まし、歩き続ける。
腕の中で眠っていた娘は、紫陽花を指差し、笑っている。
雑草を摘み取っては「あげる」と言い、私に差し出す。
影は二つになり、夕暮れに揺れている。
時々、娘は影を三つにしたいとねだって見せる。私は苦笑して、首を振る。
「二つでいいの。だって、二つで十分だから」
娘は「えー?」と聞き返し、繋いだ手をブラブラさせる。
手のひらから、ぬくもりが伝わる。私にはそれだけ十分だ。