
優しい冬が終わりを告げて
あらすじ
「アイザワマコト様の携帯電話でよろしいでしょうか」
一件の伝言メッセージから始まるこの物語は、ひとりの女性の手記(短編)として書かれています。
ある日、女性のもとに、友人が事故にあったという知らせが届きます。
急ぎ病院に駆けつけると、そこには変わり果てた友人の姿があり、女性は目の前の辛い現実から目を背けるようにして、過去の記憶の中へと、友人との思い出の中へと、逃げ込んでいきます。
自らもうつ病という病を患い、友人に支えられるようにして生きてきた女性が、回想の中から抜け出し、再び生きる強さを取り戻すまでの、一年間の物語となっています。
「アイザワマコト様の携帯電話でよろしいでしょうか」
その日、私のスマホには、知らない電話番号からの着信があって。
その電話番号の主は、一件の伝言メッセージを残していて。
その電話番号の声は、私の知らない声でいて。
その声に、友人が事故にあったことを告げられた。
病院に到着すると、友人は重篤な患者のみが入室可能なひどく清潔な部屋に寝かされており、小柄な友人では少し持て余してしまいそうな、大きなベッドにそのカラダを投げ出しており、既視感にあふれた医療機器に全身を支配され、点滴バッグの吊るされた数本のガートル台が枕元に立ち並び、友人を取り囲むようにして見下ろしていた。
その張り詰めた空間には、かなり不釣り合いな服装のまま部屋を飛び出してしまった私は、友人にはすぐに近づくことができずにいて、ひとり部屋の片隅で、すくと佇んでいたのだけれど、部屋を区切るカーテンの隙間からゆるりと姿を現した医師が私を見つけ、別室にて、友人の状態を説明してくれた。
どうやら友人は今夜が勝負のようでいて、あの争いごとの苦手な友人が、行列の割り込み客すら笑って許してしまうような、あの温和な友人が、何か恐ろしいものとの対峙を強いられていることに、不憫なものを感じたのだけれど、生死のかかった勝負だというのだから、友人には頑張れと、その耳元で小さく声をかけた。
*
霊安室というものに、私は初めて入ったのだけれど、外光の差し込まないその部屋は、それはとても静かで無機質な場所だった。
昨晩感じたような慌ただしい様子はなくて、病院の奥の奥、長い廊下の突き当たりにひっそりと存在するような、小さな部屋だった。
力尽きた友人が横たわる寝台は実に質素なものでいて、昨晩その身を委ねていたベッドのような風合いはなく、簡易的なものだった。
友人の顔には打ち覆いがかけられており、その姿は昔、何かのコント番組で見かけたことがあるのだけれど、実際にそれを目の前にするとテレビの中のような可笑しさはなく、異様ですらあった。
部屋には私と友人の二人しかいなかったけれど、人の目がないことを今一度確認してから、私は布にそっと手を伸ばした。
今日の夕方、冷蔵庫の中には友人が作り置いてくれた朝食がサランラップに包まれていて、私はそれをレンジで温め直してから食べたのだけれど、食器にかけられたサランラップを取り外す手つきと同じ加減をもって、友人の顔からそっと布を取り外した。
エンゼルケアの施された友人は、まるで眠っているかのような、穏やかな寝顔のような、そんな有り様とは僅かばかり異なり、少しばかり腫れた顔が眼前に現れ、綺麗だった二重の双眸は薄く開き、鈍い光を放っていた。
胸に上に組まれた両手が解けることのないように、軽く触れてみたはいいものの、それは私が知る友人の手の感触とは少しばかり違っていて、ひんやりと冷たいその部屋の空気をすべて飲み込んでしまったかのような、そんな私の知らない人の手だった。
*
翌日。
友人が亡くなったというのに、どこか他人事のようでいて、私の心は乾いたままだった。
私は人としての大切な何かを、どこかに置き忘れてしまったのかもしれない。
今年の始めまで、とある福祉施設で働いていた私は、人の死というものが、とても身近なものとして存在していた。時として命への執着を強く感じることもあれば、同時に、命の儚さを知る厳しい場所でもあった。人はいつか死ぬものであるし、貧しい人にも裕福な人にも、死だけは平等に訪れる。生前の暮らしに、いくら違いがあったとて、死という運命からは決して逃れることはできない。知った顔の人が、言葉を交わしたことのある人間が、翌日にはその人生を終えるかもしれないという現実があって、人間の喜怒哀楽が凝縮されたような、人間の本質が問われるその厳しい仕事には、私は向いていなかったのかもしれない。
その職場に働く人々は、いつも何かしらのストレスを抱えていて、常に焦燥感に包まれていて、隠された人の悪意にさえ容易に触れてしまえるような、煩雑な場所だった。入居者からは、心ない言葉を浴びせかけられることもあったし、多方面から寄せられる多くの重圧にも耐え忍んだ。同僚の職員は皆、何食わぬ顔をして仕事をしていたけれど、私だけが異常であるような、脆弱であるような、そんな勇ましさのようなものが求められる場所だった。
利用する人々のQOL、人生の質を守る前に、私の人生が壊れた。
ノーマライゼーションの理念を高々と掲げる場所ではあったけれど、人としての優しさは、徐々に失われてしまったような気がする。
継続することを優として、それを強さと呼ぶのなら、私は弱い人間でしかなかったのかもしれない。
*
始発に間に合うように部屋を出て勤務に就いた。
夕方から勤務に就いて、翌日の昼に勤務を終える。
一週間に最低一日はそんな時間を過ごして、休日には、担当する入居者家族へのレポートを作成する。
仕事を中心とする生活があって、仕事を中心とした人生があった。
子供の頃から物覚えの悪い、要領の悪い私には、その毎日の繰り返しが負担になり始めていて、やがて夜眠ることができなくなり、寝不足から職場では、いくつかのミスを重ねた。
そんなある日、担当する入居者の体調が急変し、救急搬送された。持病を持つ入居者の急変は不可抗力なことでもあったし、私は何一つ咎められることはなく、入居者は無事回復し施設へと戻ってきたけれど、その重圧に耐え忍ぶ日々が、もう私には限界のように思えた。
仕事からの帰り道、ふと立ち寄ったブックオフの店舗にて、アルバイト募集のポスターに記載されたトレーニーの時給と、私の時間給とがさほど変わらなかった現実を目の当たりにした時、張り詰めた糸が切れた気がした。
私生活では、生活を共にする友人との関係性も悪化していて、夜は眠れず、人が変わってしまったような私に対して友人は、一度に病院に行こうと言った。
心療内科を訪れたその日、うつ病と名付けられた私は、その一ヶ月後、仕事を辞めた。
*
引き継ぎを済ませ、たまっていた有給休暇を消化して、ロッカーの私物を整理していた最後の日、職場で唯一親しくしてくれた先輩が、惜別の言葉をくれた。
「アイザワさん、仕事辞めちゃうんだってね。まあ最近はミスも少し多かったし、いる時のほうが逆に仕事が増えて大変みたいな空気もあったけど、人手不足が通常運転のこの業界で、休職ならまだしも、辞める選択肢って普通なくない?」
通販番組の再現VTRで流れる素人役の役者が感情の乗らない棒読みの台詞を口にするようにして、起伏に乏しい台詞を口にした彼女は、少し乱暴にロッカーの扉を閉めた。
私はもう普通ではないし、普通ではなくなってしまったから、この仕事を辞めることにしたのだけれど、普通ではない私の言葉は、もう何の説得力も持たないであろうから、私はできるだけ精一杯の笑顔を作って、彼女に迷惑をかけることを謝罪した。
数十分後、職場の近くで待ってくれていた友人は、先ほどの私の不器用な笑顔とは異なる、実に自然な笑顔を私に向けて、「お疲れ様」とだけ言い、それ以上は何も語らずに、私の抱える荷物の半分を持って歩き始めた。
*
病院から処方された薬の効果が出始めるまで二週間弱かかり、寝てばかりいた布団の中を抜け出して、無理のない生活が送れるまで一ヶ月を要した。一時的な回復を感じても、それはあくまでも一時的なもののようだった。この性格の悪い病気に関して医師からは、早い人で三ヶ月から半年、右肩上がりで一気に回復するものではなく、波のような曲線を描きながら少しずつ回復していきますと説明されていたけれど、薬が効きはじめたことに安心して、完全に油断した。動物園のナマケモノより変化の乏しい私に対して、友人は何も言わなかったけれど、それがかえって私にはつらい仕打ちのように思えて、友人に辛辣な言葉を浴びせ続けた。病んでいるとはいえ、許されないことをしてまったし、大変な重荷を背負わせてしまっていることを、申し訳なく思っている。
私の体調のいい日を見計らい、友人が散歩に連れ出してくれた。
川辺りの散歩コースを老夫婦のようなスピード感で歩いて、併設された小さな梅園に辿り着いた。
敷地の中の所々に植えられた梅の木に、ちらほらと白い花が咲いている。
その中でもやや小ぶりな木に近づいた友人は、背中でゆっくりと手を結ぶと、枝に顔を近づけ、お爺さんのような格好で、その花の一つを観察していた。
「好きなの?」と、
私が声をかけると、友人は素っ気なく、
「まあね」と応えた。
「桜のほうが花が多くてキレイじゃない?」と聞くと、
「桜はこんなにゆっくりとは見られないからね」と言った。
「それに、フジロックのようなテントだらけの今の花見文化は、あたしには少し合わない」と、友人は昨今の花見文化を、少しだけディスった。
この日以降、私はまた揺り戻しに苦しむことになって、友人と梅の花を楽しむことは、翌年に持ち越しとなった。
*
苦しかった冬が終わりを告げて、短い春が訪れ、長い夏を迎えた。
その頃には私の状態も少しずつ落ち着いてきていたけれど、普通の生活を送るにはまだ遠く、無職の身であることから、家事に専念にすることを心に誓い、家の中のことはすべて任せてくれと名乗り出たはいいものの、精神症状の集中力の低下により、私の家事のところどころは抜けていて、洗濯機で洗った洗濯物を度々干し忘れもしたし、味のしない料理を友人に振る舞ってもいた。
その頃、私には趣味的なものがなく、以前までは読書を趣味と公言していたのだけれど、文字を追うことが難しくなって、本への興味も失っていった。
好きだったものに対しての欲求を失っていくことが、この病気の特徴の一つでもあるらしい。
「娯楽のない人生は人生にあらず」と、タワレコのコピーのような事を言い始めた友人は、あれやこれやと私に自分の趣味をすすめた。
そのほとんどは私に馴染むことがなくて、趣味とするには足りないものばかりだったけれど、友人とするテレビゲームだけは、なぜか楽しく思えた。
その中でも桃鉄というゲームが私には合っているようでいて、私が貧乏神の追跡に怯えながら不動産を買い漁り、ドナルド・ブレンに近づく様を、友人は笑いながら楽しそうに見ていた。
*
六月の終わりが近づくにつれ、友人から神社に行こうと誘われた。何やら友人には、神様への願い事があったらしい。
天候の悪い日に、特に雨の日に、私は体調を崩すことが多かったから、天気予報を確認して日の良い吉日を選んで、家から徒歩一時間ほどの距離にある神社に出かけた。
桜の季節には観光スポットとなるその神社には、樹齢一千年ともいわれる大銀杏があることでも有名で、朱く大きな鳥居が特徴的な古社だった。
神様の通り路を邪魔しないように静々と端を通り抜けて、境内の石畳を粛々と数十メートル歩いて、賽銭箱の前に二人して並んだ。
友人はポケットから五十五円を取り出すと、コインゲームでも嗜むようにして、そっと縁から硬貨二枚を転がした。
私が手を合わせることをやめても友人はまだ手を合わせたままでいて、隣から顔を覗き込むと、一心不乱に何かを呟く口元が見えた。
後ろに列を作る人が数人現れたので、私は早々にその場を譲ったのだけれど、その後も友人は変わらずに手を合わせ続けていた。
人とすれ違う時には、必ずと言っていいほど体を細くして遠慮を見せる友人の、そのあまりにも珍しく熱心な背中に、滝壺と白装束とが重なり見えた気がした。
初詣に来ても一切の御守り類を買わない友人が、珍しく御守りを買いたいと言うので付き従った。
もしかすると、私の健康祈願の御守りでも購入してくれるのかもしれない。
淡い期待を寄せて友人の背後からそっと近づき、友人の手元を確かめると、友人は必勝祈願の御守りを購入していた。
帰り道、勝手な期待を裏切られて、少し不機嫌になっている私に気づいた友人は、言い訳をするようにして、その理由を説明した。どうやら友人には、欲しいゲーム機があるようでいて、その新発売のゲーム機は、抽選でしか購入不可能なものらしかった。
六月のゲーム機の発売日が迫り、友人はひとり、熱心に応募を繰り返していた。
スマホに落選通知が届くたびに、友人はひどく落ち込み、その落ち込みようは病気の私と比較しても、遜色がないくらい激しかった。
私には友人のその落ち込みようが少し可笑しく見えて、と同時に、あまりにも可哀想にも思えて、二人で一緒に遊べたら楽しいだろうなと、喜ぶ友人の顔が見たくて、私もこっそりと応募を繰り返した。
その頃、私のスマホが音をたてることは友人からの連絡と当選通知の有無だけに限られていて、音が鳴ることイコール当選通知の有無だったから、スマホが音がたてるたびに、私も友人には内緒で、一喜一憂を繰り返していた。
*
当選通知の一喜一憂と前後して、感情の起伏が見られるようになり、その症状はそう状態というかたちで現れた。
無双状態にいる私は、色々とよくやらかした。
ある日、利用するフリマサイトの画面をつらつらとスクロールしていたら、友人が欲しがっているゲーム機が未使用品六万円として出品されていた。
定価が五万円ほどであったし、一万円の誤差が生じていたけれど、友人にプレゼントするには丁度いいと思い、購入ボタンを押した。
数日後に宅急便で届いた商品の箱は妙に軽く、ダンボールを開けてみると、ゲーム機の空箱だけが入っており、中身は入っていなかった。
帰宅した友人は、部屋の隅に投げ出してある空箱を見つけて、私が騙されたことを知り、烈火のごとく怒った。
友人の怒りはフリマサイトの出品者に向くだけには留まらず、私にも向けられた。なぜなら、そう状態の時のほうが、私は色々と失敗することが多く、何かの決断を迫られた時には必ず相談するようにと、友人と約束を交わしていたから。
怒る友人を前にして、私は終始うなだれていて、友人の顔を見ることができず、うつむくことしかできなかったのだけれど、旋毛の上から降り注ぐ友人の言葉に少しの揺らぎを感じたものだから、薄目を開けて友人を確かめると、友人は怒りながら泣いていた。
素人時代の竹中直人が『笑いながら怒る人』というネタをお笑いスター誕生で披露していたけれど、怒りながら泣く人を見たのは、人生で初めてだった。
真剣に怒ってくれた友人の言葉を真剣に聞けない私は、やはりダメな人間なんだなと思った。
*
友人と必要最低限の会話しかしなくなって一週間が過ぎた。
発売から二ヶ月が経つというのに、まだゲーム機は当選していない。
八月も終わろうとしているのに、私は社会復帰すらままならず、毎日を無気力に過ごしていた。
家事は相変わらず抜けていて、冷蔵庫の中には、友人が作り置いてくれた朝食があった。
午前中は体調の優れないことが多く、夕方近くに布団から這い出して、冷蔵庫の中の朝食を食べた。
不器用な私とは異なり、友人がお皿にかけるサランラップはいつも、凪いだ水面のようにすっきりとしている。
友人が帰ってきたら、今日こそ謝ろうと思った。
首元の伸びきったTシャツの部屋着のまま、朝食を食べた。
夕方のニュース番組が始まり、見慣れたニュースキャスターが、今日あったニュースを伝えている。
チャンネルはそのままにして、食べ終えた皿を洗うことにする。
泡だらけの手をした私の背後で、スマホが音をたてた。
少し長めの着信音を奏でたあと、スマホの画面に通知アリの表示が浮かんだ。
もしかしたら、念願のゲーム機が当選したのかもしれない。
私は濡れた手を拭くこともそこそこに、テーブルの上に置かれたスマホに手を伸ばした。
テレビに流れるニュース番組は、今日あった事故のニュースを伝えていた。
*
私は部屋を飛び出し走り出した。
大通りに飛び出し、慌ててタクシーを止める。
伝言メッセージに残された声を頼りにして、運転手に病院名を告げた。
病院までの道中、車内では終始息が苦しくて、震えが止まらなかった。
胸の拍動は荒ぶり続け、体が張り裂けそうになる。
胃から込み上げる不安感に、何度ももどしそうになった。
病院へと辿り着くまでに、何度も泣きそうになる。
信号に捕まるたびに、焦燥感を積み重ね、罵倒にも近い言葉を浴びせてその運転を急かしたのに、財布を持ち合わせていない私は、病院に到着しても、その料金すら支払うことができなかった。
*
一人となった部屋に、白い骨つぼが、ひっそりと置かれている。陶器でできたそれは、友人が好きだった花のように見える。都合良く現実を歪めて、都合良く思い出補正をかけて、勝手に友人の好きだったものに、願望を重ねている。何もない日常は何気なく過ぎて、何気ない日常を何事もなく生きて、毎日がただ過ぎていく。音のない日常が私から言語を奪い、遺影の中で微笑む友人が無言のまま、私を見つめている。友人と最後に交わした言葉は何だったろうと記憶を辿る。
朝食は冷蔵庫の中に。
あの日、テーブルの上に置かれた紙に書かれていたあの言葉は、最後の会話に含まれるのだろうか。
友人と最後に交わした会話の内容が、今も思い出すことができない。
今、私が友人にかける言葉があるとするならば、一つだけあるような気がする。その一言は「ごめん」でも「ごめんね」でも「ごめんなさい」でもなく、「ありがとう」の一言だと思う。
今までたくさんの愛情を、優しさをくれた友人に、私はありがとうの一言を、まだ伝えられていなかった。
*
独りの生活が訪れて一ヶ月半ほどが過ぎた頃に、宅急便で荷物が届いた。配達時間は午前中に指定されていて、箱の中には一本のゲームソフトが入っていた。ソフトのタイトルは『ポケモンレジェンズZA』。友人がカレンダーに赤い印を付けて、その発売を心待ちにして予約していたものだった。
友人は休日になると、よくテレビゲームをして遊んでいた。
私とのゲームをしない時、友人は桃鉄とは別のゲームで遊んでいて、動物や鳥、昆虫や植物などをモデルにデザインされたモンスターをボールに集めて、よく旅に出ていた。
それらモンスターの中でも、黄色いモンスターが特にお気入りのようでいて、そのモンスターのぬいぐるみのいくつかは、友人の部屋に生息もしていた。お気入りのモンスターの名前を聞いみると、ピカチュウだと教えてくれた。そのゲームには詳しくない私でも、その名前は聞いたことがあった。ポケモンの中では王道中の王道、ベタすぎやしないかと、少し意地悪な質問を投げかけてみると、友人は笑って、「まあ、ウッチャンみたいなもんじゃない?」と、ポケモンを遊んだことのない私でも分かるような有名人の名前を口にして、私のちょっとした意地悪に、優しさで返した。
友人の部屋からゲーム機を持ち出して、いつもしていたように電源ボタンを押した。
いつもと変わらないタイトル画面が表れる。
桃鉄のセーブデータの一つには、友人が止めたままの時間が保存されていて、友人の名前が記録されている。
鮮やかな画面の中で、滑稽なキャラクターたちが活発に動き始める。
右スティックに添えた親指が、微かに震えるのが見えた。
ゲーム機から流れる効果音がループし、部屋に流浪するすべての時間がフリーズする。
表示された数字や文字、キャラクターたちが輪郭を失い、その色彩が曖昧なものになっていく。
自分が泣いていることに気がついたのは、こぼれ落ちた涙が、液晶画面を汚したあとのことだった。
今は失われてしまった時間が、私の手の中にはあって、今はもう存在しないその人を、私は確かに感じていて、目を背け続けた現実に、私は簡単に飲み込まれていった。
圧し殺していた感情がせきを切ったように溢れ出し、制御を失った悲しみが理性を崩壊させて、喪失感に押し潰されそうになる私に対して、私ではない私が甘い言葉を囁いた。
衝動的というよりも無意識に近く、ごく自然な手つきでそれに手を伸ばした私は、私であったものは、ドアノブの下で揺れていた。
自己否定と希死念慮が強く現れ始め、日常生活がままならなくなった私は、友人と暮らした部屋をあとにした。
*
母に連れられて病院へと向かった。
「ひとりでも行けるから大丈夫」と言っても、 母はついて来た。
子供の頃、母に連れられ、病院に駆け込んだ日のことを思い出す。高熱を出した私を自転車のリアキャリアに乗せて、母は夜、ママチャリを走らせた。病院に到着しても、私はヨロヨロとしてひとりでは歩くことができず、母に抱えられるようにして、診察室に招き入れられた。検査のために、鼻の奥に入れられた松居一代のお掃除棒のようなものは恐怖でしかなくて、母に耳掃除をされる時とは異なり、苦しいだけだった。母は私の側頭部を両手でがっちりと掴むと、顔を天井に向けさせて、私が泣き叫んでも、その手は少しも緩むことがなかった。検査が無事に済んで、検査結果が出るまでの間、頑張ったご褒美として買い与えられたアップルジュースを、私は高熱で頭をクラクラとさせながらゴクゴクと飲んだ。
インフルエンザのA香港型と名前の付いた私の病気は、冬休みを棒にするには十分な破壊力をもっていて、その年の年末年始は布団に包まれて過ごした。
母の背中で舟を漕いでいた私はもういないけれど、病院の待合室で、アップルジュースを口にする私は、今も母の隣にいる。
うつ病に加えて、パニック障害の勲章が加わった私は、母に手を繋がれて電車に乗り、手のひらの中で、たくさんの深呼吸を繰り返して、その不安をやりすごした。
私はひとりではないのだ。
私の隣にはまだ、私を想ってくれる人がいる。
*
数ヶ月に一度、私は友人に会いに行く。
「一人で大丈夫なの?」と、スニーカーの靴ひもを結んでいたら、後ろから母に声をかけられた。
「もうひとりでも大丈夫だし」
その心配に対して背を向けるようにして、ドアを勢いよく明け放ち、家を飛び出した。
夜遅くに降り出した雨は朝方には止んでいたけれど、空に居座った鉛色の空が、水溜りをアスファルトに空く穴のように見せている。
頬に触れる空気の冷たさに耐えきれず、顔を隠すようにして巻いたマフラーに顔をうずめた。
平日のためか、人通りも多くないような気がした。
私は人の集まる場所や公共機関といったものをまだ少し苦手としていて、極力利用することを避けている。
けれど、友人に会いに行くためには、その方法に頼るしかなく、二本の電車を乗り継ぎ向かう必要があった。
駅まで数十分の距離をせかせかと歩くと、徐々に身体も温まり、重苦しい気分も少しだけ軽くなる。
京急川崎駅から普通列車に乗って、横浜駅へと向かう。
急行列車が停車するホームには人が多く並ぶので、私は普通列車を待つために、その反対側へと並ぶ。
普通列車ではいつも、端の座席を確保することができる。
私は人と人との間におさまるという状況も苦手としているので、オセロの角を取るようにして、座席の端を探し、車両内を彷徨うこともあった。
加えて昔から、知らない人に、座席の前に立たれるということも苦手として、混雑時にはいつも友人が私の前に立ち、つり革に手首を通して、揺られる姿があった。
私は友人の、その姿を下から見上げることが好きだった。
時間をかけて横浜駅に着くと、ホームの上は人で溢れている。
ホーム上にあるコーヒーショップの前を足早に通り過ぎて、地下道へと続く階段を下る。
改札から続く洞穴のような地下道は、百メートル近くあって、通路の中央に立つ柱を縫うようにして、人込みに紛れ歩いていく。
相鉄線の改札まではまだ遠く、また少し気が重くなる。
地上へと続くエスカレーターにはいつも行列ができるので、その脇に併設された階段を使ってホームを目指した。
海老名行きは3番ホーム。
奥の細身のような狭い階段を登ると、相鉄線のホームへと辿り着く。
私が降りる駅には特急列車は停車しないので、快速列車を選択する。
ホームには既に、海老名行きの電車が停車していたけれど、端の席はすべて埋まっているようだったので、次の電車までの約三十分間、ホームで時間をやり過ごす。
ホームドアの前に立ち、電車を待っていると、四十代と思われる男性が忙しない足取りで近づいてくるのが見えた。
男性は私の後ろではなく、私の斜め前に陣取ると、カバンの中からノートパソコンを取り出し、器用に腕の中におさめて、赤子でも抱くようにして、仕事をし始めた。
私は、忙しく器用な人だなあと、その男性の様子を眺めていた。
数十分後に快速列車が停車し、車両内からは乗客が吐き出される。
大縄跳びのようにして、乗車するタイミングをはかっていると、その男性はディフェンダーの裏を取るフォワードのようにして、何食わぬ顔をして私を追い抜いていき、車両に乗り込んでいった。
そんなことはよくあることであり、些細なことでしかなく、気に病む必要などないのだけれど、小さな悪意のようなものに対して過敏な私は、いつも疲れ果ててしまう。
友人はいつも、どんな状況下でも笑顔を絶やさずに、笑って許していたけれど、私は笑うことができない。
男性が確保した座席とはまた別の座席を確保することができたけれど、停車駅までの間、その小さな悪意は、私の心の中に暗い影を落とし続けた。
二俣川駅を通り過ぎる頃に、強い不安感に襲われた。
呼吸をすることが少し怪しくなってきて、鼓動が全力疾走をし始める。
ふわふわと意識が遠くなるような気がして、息をする回数が多くなり、抱える不安をよりいっそう強いものとする。
その息苦しさは宇宙を錯覚させて、嫌な汗が流れた。
顔を覆ったマスクに手のひらを当てて、数を数えながら、意識的に深い呼吸を繰り返す。
周囲の人々の多くはもうマスク姿ではないけれど、私はマスクを手放すことができない。
新鮮な空気を求めるよりも、マスクの中に含まれる二酸化炭素を吸うことに意識を集中して、不安を必死にやり過ごした。
三秒間息を吸って、七秒かけてゆっくりと息を吐き出し、それを数回繰り返す。
ゆっくりとした呼吸を意識しながら、私は大丈夫と、自分で自分を説き伏せる。
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフーって、それってまったく違う時に使われる呼吸法だし」
私の不安を茶化すようにして、つり革に揺られながら、笑顔を作る友人の姿を思い出した。
私はきっと大丈夫。
口元を覆い隠して、怪しげな深呼吸を繰り返す私から、隣に座る学生はそそくさと離れていったけれど、私はそんなことはお構いなしと、怪しい深呼吸を繰り返した。
私はきっと大丈夫。
*
二俣川駅の次の停車駅は、希望ケ丘駅なんて素敵な名前がつく駅なのに、怪しげな呼吸を繰り返す私には希望が欠けている。
私が私自身を取り戻すためには二駅を要して、今は瀬谷駅を通り過ぎて大和駅に向かっている。
地下駅である大和駅に近づくと、車両内の様子は一変し、車両内には人工的な明かりが灯る。
車窓に映る景色は黒く塗りつぶされていて、私を映し出す黒い鏡のようになった。
鏡の中にはひとり、座席に腰を下ろす私がいる。
自分の様子を確かめると、ひどく自信を失ったアンミカのように見える。
逆境や失敗をプラスに変えるどころか、自己肯定感の低さしかない。
リュックからペットボトルの水を取り出して、ロラゼパムを口に含み、目を閉じる。
耳栓のようにして付けたままでいるイヤホンに、プレイリストのお気に入りから一つを選んで、音量を少し高めに設定して、爆音で流した。
「いつまで眠るつもりですか?」と、少しだけ怒気を含んだ声が耳に届いた。
「休み、終わってしまいますれど」
目を開けると、友人が枕元に立ち、死神のようにして、私を見下ろしている。
「あじゃらかもくれんきゅうらいそうてげれっつのぱー」
毛布の中から手を出して、二度三度と手を叩いてみたけれど、友人は枕元に居座ったままで、足元には移動してくれなかった。
「そんなことしても私、消えないから」
古典落語の死神と友人とでは、その対応の仕方も変わるらしい。
「もうチケット、買っちゃたんですけど」
もごもごとして、一向に布団から起きようとしない私から毛布をはぎ取って、友人は毛布をたたみはじめた。
「チケットって、何の?」
「映画の」
「映画のって、いつの?」
「今日の」
「今日のって、何時からの?」
「今から2時間後の15時からの」
「それは、ヤバいね」
「それは、ヤバイよ」
爆発したくせ毛は帽子で何とかなるとして、眉毛さえ書き足せば、伊達メガネとマスクで誤魔化せる。まあ余裕かもと、私は布団の上で楽観的にかまえた。
「髪の毛は帽子で何とかなるし、眉毛さえ書き足せば、あとは伊達メガネとマスクで何とかなると思ってるよね?」
友人は私の思考を文字起こしをするようにして、一語一句抜けることなく、口にした。
「ほら、さっさと起きる」
友人は、コートサイドで奮起を促す森保一のようにして手を叩き、私のやる気に期待する。
「もうお母さんやん」
学校に行きたくないと言っても、プールを休みたいと言っても、母は許してくれなかったけれど、映画に行きたくないと駄々をこねたら、友人は許してくれるだろうか。
友人はコップの中に牛乳を注ぎ入れ、バナナを手にして戻ってきた。
「行かないという選択肢は、アナタにはないからね」
私の思考を見透かす友人には、何を言っても敵わない。
「ほら、さっさと食べて、さっさと飲む」
「もうお母さんやん」
「お母さんちゃうで、お姉さんやで」
「気にするとこ、そこ?」
「あんたと一歳しか変わらんし」
私はお姉さんに言われるままに、バナナを食べて牛乳を飲み干した。
「ほら、さっさと起きて、さっさと準備する」
友人は空になったコップの中にバナナの皮を押し込むと、意気揚々とキッチンへと消えていった。
爆発した髪の毛はもうどうにもならないので、ニットキャップの中におさめることにする。
その分、アイメイクにはそれなりの時間をかけて、まあまあの仕上がりになった。
あとはマスクをすれば、何とかなるだろう。
テーブルの上に置かれた卓上ミラーの中に映る私を覗き込むと、友人は「マイケル・ジャクソンのデンジャラスやん」と言った。
「デンジャラス?」と私が反芻すると、
「あんた知らんの? 全世界で約3千万枚を売り上げた、マイケルのCDアルバムやで」と、友人は言った。
「そんなの知らんし」
友人はスマホを取り出して、何やら打ち込むと、画面に表示された一つの画像を私の前に差し出した。
「デンジャラス」
確かに、卓上ミラーに映る黒マスクをした私はマイケルだった。
というよりも、デンジャラスと名付けられたCDアルバムのジャケットに映るマイケルが、卓上ミラーの中にいた。
「確かに、デンジャラス」
「そう、デンジャラス」
「アイム、マイコー」
「イエス、ユーアー、マイコー」
「しょうもな」
時計を確かめると、時刻は二時に迫っていた。
映画館の入る商業施設までは、部屋から三十分はかかる。
「ほら、マイケル行くよ」
玄関で私を待つ友人が、仲間を叱咤激励する田中マルクス闘莉王のように見えてくる。
今日の友人は得点力が高そうだ。
重い腰を上げて、私も友人に続いて、部屋をあとにした。
楽しかったあの頃の記憶。
時間にして数分間の出来事だろうか。
ふと目を開けると、地下駅を通過した車両内の額縁のような車窓には、青く澄んだ空が映し出されていた。
うとうととする私の耳には、芝浜のサゲの一節が響いている。
「今はよそう、また夢を見るといけねぇ」
降車駅が、二つ先の駅に迫っていた。
*
一ヶ月間の入院生活を終えて、家に帰った。
数ヶ月ぶりに、noteを開いた。
日記の代わりのようにして書き残した下書きの中に、友人から言われたいくつかの言葉があった。
私が暗い言葉を口にするたびに、友人が私に語ってくれた思いがあった。
「幸せって結局、自分で探すものだと思うんだよね。マコトは今、自分の不幸をよく口にするけれど、その不幸なマコトと一緒にいるあたしは、毎日幸せなんだよね。幸せの価値って人それぞれ違うとは思うけど、あたしの幸せはこの部屋にたくさん詰まってる。毎日帰ってくるとマコトの顔が見られて、味のしない温かい料理が食べられて、部屋干しした洗濯物に囲まれて、一緒にゲームをすることができれば、あとは何もいらない。SNSに溢れるオシャレな日常に憧れることはないし、キラキラした投稿にも興味がない。この部屋で、マコトとの暮らしがあれば、あたしは十分幸せだと思える。百ある幸せを掴もうとするから、苦しくなるんだよ。過去と比べて、昔と比較して、無い物ねだりをしていたら、一生苦しいと思う。今の幸せに、今ある幸せだけに、目を向ければいいんだよ。人って少し我儘な生き物で、欲深い生き物だから、幸せにはすぐに慣れてしまう。慣れてしまった幸せを、幸せとは思えなくなってしまう。すでに自分の中にある幸せを、幸せとは思えなくなってしまう。自分の中の幸せに気づけなくなった人が、あたしは一番不幸な人だと思う。あたしは不幸を口にするマコトから、毎日たくさんの幸せをもらっているし、いつか少しでも返せたらいいと心から思ってる。だからそれまでマコトには生きていてほしいし、あたしから幸せを奪わないでほしいと思う。でもこれって少し、あたしの我儘かもしれないね」
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ある日、聴くことのできなくなった音楽を久しぶりに聴いてみることにした。
本を読むことができなくなった私は、聴ける音楽も限られてしまった。にぎやかなバラエティー番組は見られなくなってしまったし、好きだった多くの映画も、心がつらくなるという理由で観られなくなってしまった。イヤホンをして、アプリの中から聴けるもの選んだ。
「何聴いてるの?」と、浴室から出てきた友人が興味を示したので、私は黙ってスマホの画面を差し出した。
「それだけは聴けるんだね」と、友人は安心したように、穏やかに微笑んだ。
「あたしは音楽的なものには疎くて、流行りモノにもまったく詳しくなくて、落語とヒップホップしか聴かないような変わり者だけど、マコトはヨルシカが好きだよね。あたしはヨルシカを好んで聴くことはないけど、好きだと思える曲はいくつかある。まあ、そんな変わり者の私が言うのもなんだけど、自分の中の好きは他人と比較するものではないと思うし、否定し合うものではないと、あたしは思ってるんだよね。だって、あたしの好きなものをマコトに否定されたら、とても悲しい気持ちになってしまうから。それに、好まないことと、嫌いなこととは、微妙に違うと思うんだよね。あたしの好まないはただ、あたしの理解が及んでいないだけであって。だからイヤホンなんて使わずに、遠慮なんてせずに、全然部屋の中で、好きな時に好きなだけ鳴らしてくれたらいいよ。マコトが今聴いてる『へび』って曲は、私もいい曲だと思うから」
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友人との暮らしを思い返した時、友人の声が聞こえたような気がした。
自分だけの幸せを求めても、それは決して百パーセントの幸せには繋がらないということ。
自分の幸せのために、誰かの幸せが必要という考え方が、この世界にはあるということ。
それは決してきれいごとなんかじゃなくて、友人は本当に私の好きなものを否定したことがなかったし、それをすることは友人にとって、私を否定することとイコールだったから。
私の幸せを否定しない友人が隣にいたから、私は今日まで生きてこられた。
私の大切な友人であり心友であり、パートナーである友人がいたから、私は今日まで生きてこられた。
数ヶ月ぶりに電車に乗って、友人と暮らした街で降りて、ひとり歩いてみた。
友人と訪れた梅園に足を運ぶと、硬く閉じていたであろう蕾が綻びはじめていた。
友人が好きだと言っていた花が、今年も私を迎えてくれる。
この花を、今年も一緒に見たかったなと思う。
また友人に見せてやりたかったなと、叶うことのない夢を見る。
部屋に帰ると、友人の遺影と友人のゲーム機が私を迎えてくれる。
引っ越しのために部屋を整理していたあの日、友人のお母さんに形見として、ゲーム機とゲームソフトを二本いただいた。
友人と一緒に遊んだ桃鉄と、友人が遊ぶことの叶わなかったポケモンが、今は私の手元にはある。
体調がいい日には、よくテレビゲームをして過ごしている。
桃鉄はまだ少し怖いから遊べていないけれど、ポケモンは遊ぶことができる。
友人が出るはずだった旅に、今私は出ている。
イヤホンの中には、繰り返し同じ曲が流れている。
感傷にひたりながら梅の花を鑑賞している人間にろくなヤツはいないし、自意識過剰な人間の所業と、友人にはディスられるかもしれないけれど、昨日撮影した一枚を最後に載せておきます。
私の大切な友人に、届くことを信じて。

了
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