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Photo bylectin

「ワーク」≒「ライフ」の方程式


    私は、その女の写真を数枚ほど所有している。一枚は、その女の子供時代とでも言うべきか、十歳前後と思われる頃の写真だ。その女児が少しばかり大柄な女性(おそらく彼女の母親という人)に手を取られ、卒業式と書かれた看板の前に、貸衣裳らしき袴を身に着け立っている。手を取られてはいるものの、女性とは一人分の距離を置き、醜く(ひきつった顔で)笑っている写真である。

    広崎ピース

    『人間失格』の冒頭にオマージュを捧げ、ノープランでこの記事を書き始めた私であるが、生活の多くの時間を介護や介助といったものに捧げている。

     仕事では他人の紙パンツを替え、家では親の紙パンツを替えている。
     
     ワーク(介護業務)とライフ(介護生活)の完全なる二刀流。
     2017年に海を渡った一人の野球選手がいる。
     稀有な才能を持つ彼は、100億円の価値があるプレイヤーであり、年間数百億円を稼ぎ出すスーパースターであるが、平凡な才能にしか恵まれなかった私は、年間200万円弱を稼ぎ出す。
     残念ながら私には、彼のような収入源はなく、今のところマウナケアリゾート内に別荘を建てる予定もない。
     スーパースターであり、二児の父(男児誕生おめでとう)であり、夫でもある彼とは異なり、独り身の私は、収入も少なければ、所有する革財布も、Uゾーンの皮膚も、その潤いを失いかけている。

     ワークライフバランス。
     近年よく耳にするワードであるが、私の日常に溶け込むことはない。
     内閣府の定義では、「仕事」と育児や介護、趣味や学習など、「仕事以外の生活」との調和をとり、両方を充実させることとなっており、仕事と生活のバランスをとることで、心身の健康を維持し、離職を防ぐ狙いがあるというが、私が生息する界隈での離職率は、肌感覚としてはべらぼうに高い。
     NISAの一般的な運用では、年利3〜7%が現実的な目安とされているのに対して、介護職の離職率は12〜13%台を推移しており、若年層の離職率は18〜25%へと増加するが、一方では、年齢が上がるにつれその数字は低下し、職場による二極化が進んでいる。
     
     仕事(ワーク)と、仕事以外の生活(ライフ)、その二つを思い描いた時に、一方の答え「仕事」はすんなりと埋めることができたのだが、充実させるべきもう一方の答え「 」は白紙のままであった。

     私にとってのライフとは、その埋めるべき答えを、これから考えてみようと思う。


    朝から白湯は飲みません


     日本初の女性首相の発言が、新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれて、働き方改革やらワークライフバランスなんてワードが世間を賑やかせる昨今、ふと自分の生活をば見つめ直してみれば、一つの疑問にぶち当たる。

     この物語は、働いて働いて働いて働いて働きませんを信条とする私の暮らしを描いた、しがない手記である。

     現在、私は母と二人で暮らしているのだが、私の朝はまず、母の生存確認から始まる。

     母とは別々の部屋で寝ているが、母の部屋から朝、荒ぶる玉川徹を冷静にたしなめる羽鳥慎一の声が聞こえてくると、ああ今日も一日が始まるなあと思う。
     また別の日には、声を荒らげる玉川徹と長嶋一茂をなだめる羽鳥慎一の声が聞こえてくると、今日は金曜日だなあと思う。
     私の母は朝起きると、まずテレビをつける癖がある。
     母の部屋から流れるテレビの音(番組名は控えます)が、私の目覚まし代わりとなっている。
     普通の会社員の朝と比較をすれば、かなり遅い時間の起床であるが、夜勤を専門として働く私には、それほど遅い朝でもない。
     独り身というだけあって、学校に送り出す子供もいなければ、子供を乗せてチャリを走らせることもない。
     普通免許は取得しているが、車は所有しておらず、車輪と名の付くものは、アシスト機能の無い私のママチャリと、母の車椅子だけである。
     ベッドから起きてきた母と、布団から這い出た私は、流し台で顔を突き合わせる。
     どちらともなく蛇口をひねり、やかんに水をためると、二口コンロのハンドルをカチカチとひねる。
     私の家のコンロは、ガスの元栓からオレンジ色のゴムホースを繋ぐタイプのものであり、点火の方法もボタン式ではなく、六時の位置に突起の付いた丸いハンドルを、反時計回りに回すタイプのものである。
     浴室の脇に、鏡のある洗面台は設置されているが、私と母はその場所を、好んで利用することはない。
     美容とは程遠い生活を送る私であるし、動画サイトにあるような、オシャレな朝のルーティンは特にない。
     朝から白湯を飲むことはないし、飲むことがあるすれば、水道管の味のするコップ一杯の水道水で喉を潤す。
     防災用として、2リットルサイズのミネラルウォーターを常備しているが、それはあくまでも有事の際に口をつけるためのものであり、有事ではない普通の朝に、ミネラルウォーターのキャップをひねることはない。
     早ければ一年、長ければ二年おきに開封の儀が行われる我が家のミネラルウォーターは、5〜10年保つ長期保存水(災害備蓄用)とは異なる。
     ピーピーと騒がしい音をたてるやかんの火を止めて、8パック入りのシジミの味噌汁の素から一つを切り分け、中身を半分にして、椀の底に擦こすり付け、少なめに湯を注ぐと、1パックで二人分の味噌汁が完成する。
     料亭の味を名乗るだけあって、料亭の味がする。
     料亭に行ったことはないが、料亭の味はきっとこんなものだろうと毎朝思う。
     やかんで沸かした湯は美容のためではなく、味噌汁を作るために使うものであって、朝から白湯を飲むことはない。


    休日にフットサルはできません


     何か悪いものでも取り憑いてるのではないのかと疑いたくなるような、一年中カラダの重い私は、休日は体力の温存、および体力の回復に費やすことが常となっている。
     アクティブな時間を過ごすことよりも、それが責務であるとも考えている。
     休日は泥のように眠り、英気を養う。
     私の休日は、フットサルをするためではなく、推し活をするでもなく、休息のためと、溜まった家事を消化するためと、母のために使われる。
     生活を共にする母は、ベッドから車椅子への移乗を一人でできないこともないのだが、右半身に不自由さを抱える母には介助が必要である。
     日常生活すべてに介助が必須というわけでもないのだが、必要とされることは多い。
     粗相をしてしまった際にも当然、その助けは必要であった。 

     まだ太陽が高い位置にある午後三時、最寄りの駅まで徒歩で向い、電車を一本乗り換えて、職場の介護施設へと向かう。
     午後四時から始まる勤務は、翌日午前九時過ぎまで続く。
     一晩、ワンフロア、三十名弱を一人で担当する夜勤は、マンパワー不足の問題を常に抱えている。
     原則、二人一組でこなす夜勤ではあるが、仮眠のために内一人が抜けると、実質三十名を一人できり盛りすることになる。
     芸能人が多数出演するクイズ番組での、今田耕司のような立ち振る舞いをしてみたいものだが、老舗旅館を一人できり盛りする若女将のような私は、張り詰めた緊張感に包まれる。
     鳴り響くコール音が、センサーの誤作動やらシートのずれといった理由と判明するだけで、緊張感が和らいだ。
     いずれにしろ確認作業は必要となり、足を運ぶ手間はあるのだが、何事もなく、やり過ごせた夜があるというだけで、なぜだかこちらのほうが救われた気分になった。
     
     入居者のなかに、ナースコールを頻繁に押す多恵子さんという人がいて、私がシフトに入る日には必ずといっていいほど、呼び出しを食らう。
     何ともはた迷惑な話ではあるのだが、私は多恵子さんの愚行を不思議と憎むことができない。
     多恵子さんは何かと理由をつけて私を呼び出すと、ポーチの中からアメちゃんを取り出して、あの人には内緒よと、主任の名前を告げて、アメちゃんをこっそりと一粒握らせる。
     多恵子さんの手のカタチは、普通の人とは少しばかり違っていて、そのカタチは『酔拳2』のジャッキー・チェンのような端杯手(たんぱいしゅ)をしている。
     拘縮のある多恵子さんの右手のカタチもまた、私の母の手と似ているものであることから、なんだかやるせない気持ちになり、そんな日はひとり、世知辛い夜を過ごすのであった。


    深夜一時に流れるセックス・ピストルズ


     深夜一時に訪れる、仮眠のための休憩時間にこの記事を書いている。
     書いているというよりも、目をチカチカさせながら、スマホの画面を叩いている。
     仮眠のための休憩時間とはいいながら、夕食を取れていない私は、持参したおにぎりを貪むさぼるように食べている。
     おにぎりの具材は塩。
     塩むすびなんてものが流行る前から、私は塩むすびを握っている。
     理由はただ安く、具材を必要としないから。
     私の塩むすびは、流行の塩むすびとは明らかに異なるおむすびであり、ミネラルが豊富に含まれる天日塩ではなく、ごく普通のありふれたスーパーで購入可能な食塩で握られている。
     この社会は私が好むものを、勝手に流行らせて、勝手に時代遅れにする癖がある。


    画像
    https://www.famima-ohtani-omusubi.com/

    職場近くのコンビにて撮影
    「彼が直球勝負をするおにぎりは美味しそうに見える」


     この職場に流れ着く前に、昔の職場(介護施設)にジュリアちゃんというフィリピン人の女性職員がいた。
     カタコトの日本語が実に愛らしく、その容姿も可愛らしい女性だった。
     昔の職場はどこかギスギスしていて、連休の取得を希望するだけで、有給を消化するだけで、あからさまな舌打ちをされるような職場であったが、ジュリアちゃんは外国人らしく、日本人特有の協調性はそこそこに、空気を読むことはせずに、マイペースを貫いて、仕事に励んでいた。
     ジュリアちゃんとは勤務時間が重なることが多く、更衣室で顔を合わせることも多かった。
     私は昔気質な日本人らしく、奥ゆかしいタイプなので、人と打ち解けるまでにやたらと時間を要し、つまりは極度の人見知りというやつなのであるが、ジュリアちゃんはそんなことはお構い無しと、ソーシャルディスタンスはどこ吹く風で、フレンドリーに接してきた。
     勤務を終えた私が更衣室で着替えていると、隣のロッカーを使用するジュリアちゃんが、
    「ソノ服キノウモ見マシタ」
    「オ気ニ入リデスカ?」と、言った。
     更衣室にいた同僚の顔が強張り、微妙な空気が流れるのが、手に取るようにわかった。

     私は同じカタチの三着しかない洋服を、毎日着回して生活をしている。
     理由はコーディネートに頭を悩ませるほどの余裕もないし、洋服に割けるお金もないからだ。
     同じカタチの、同じ価格の洋服を、年に二回、三着だけ購入(傷み具合によって買い控える)して、それを着回して生活をしている。
     ミニマリストという言葉が流行る前、そんな時代が到来する前から、私は余計なモノは買わないし、買うことができない。
     ミニマリストとは、モノを減らすことで空間や時間に余裕が生まれ、お金の節約につながるだけでなく、心豊かな暮らしを実現できるのが大きなメリットですと、AIは教えてくれたけれど、AIに言われる前から私は余計なモノを買わない。
     少し前には断捨離ブームがあって、「ときめく」か「ときめかない」かを判断材料として、部屋を整理するような流行もあったけれど、元々ときめきという感情に乏しい私には、ベストセラーになったあの理論が通用するとは思えなかった。
     ミニマリストを気取っているわけではなく、結果的としてミニマリストのような生活を送っている。
     私はミニマリストではなくて、ただ貧しいだけのヒューマンだ。

     塩むすびを口にして、イヤホンの中に音楽を流しながら、この記事を書いている。
     鼓膜を震わせる曲は、セックス・ピストルズの『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』だ。
     ジョン・ライドンが繰り返す「ノーフューチャー(No future)」の歌詞が、無性に沁みる夜がある。


    犯罪者と呼ばれたあなたへ


     老老介護やら、認認介護だのと、パンダの名前と似たような名前の付け方で、深刻な問題が片付けられている。
     超老老介護など、深刻に考えるはずの問題が、勝手にバージョンアップされ、人気漫画に登場するキャラクターのような扱いで呼ばれている。
     誰が名前を付けたのか、まったくもってセンスがない。
     超老人は怒りがピークに達しても、髪の毛が金色には染まることはない。
     人によって、シルバーやパープルに染まることはあるけれど、ゴールドに変化して、光り輝くことはない。
     だって、超老人はサイヤ人ではなくて、昭和生まれの地球人なのだから。

     子供は社会が育てるもので、老人は家族が支えるもの。

     子育て支援金との政策は飛び交うが、老人支援金との政策は飛び交わない。
     超老老介護(ちょうろうろうかいご)とは、介護をする側と受ける側がともに75歳以上であるとの設定だ。
     認認介護(にんにんかいご)とは、介護をする側もされる側も、ともに認知症を患っているという状態だ。
     これら問題を深刻化させないために、外部の介護サービスを早期に利用することが推奨されていて、重要とされている。
     相談先としては、地域包括支援センター(介護に関する総合相談窓口)などがあり、そこではケアマネジャーからの、適切な介護サービスへの繋ぎ込みやアドバイスが受けられる。
     介護サービスには、デイサービス(日帰り介護)やショートステイ(短期入所)といったものがあるが、訪問介護なども併せて利用することにより、介護者は、その負担を軽減することができる。
     ただ当然のことながら、このすべてのサービスはサービスを名乗りながら、無料ではない。
     スーパーの買い物袋が一枚五円相当するこの時代に、無料のサービスなんて、この社会にありはしない。

     私の母は内向的な性格で、社交的な性格とは言えない人だから、デイサービスは利用しない。
     一度利用したことはあるが、デイサービスに行く前より疲れた顔をして、家へと帰ってきた。
     それから母は、夏休み明けの小学生のようにして、デイサービスには行かなくなった。
     不登校児(母)になった母は、より家に閉じこもるようになって、外部の人間をあまり近づけようとはしない。
     デイサービスは便利なところではあるけれど、高度な社交性が求められる場所でもある。
     知った顔もなく、誰一人友人もいない転校生のような状態で、環境に飛び込み、レクレーションをやらされたり、入浴サービスを受けたりする。
     母はプールも嫌いだし、銭湯も嫌いだ。
     そんな母に育てられた影響からか、私もナイトプールやスパは苦手としている。

     私の母は今のところ、認知機能に問題はないが、他人に触れられることを、あまり好まない。
     認知機能に問題を抱える人であったとしても、最後まで残るのは、羞恥という感情だという。
     羞恥とは、恥ずかしいと感じる感情のことであり、人間が本来持った本能的な感情だ。
     入浴介助を必要とする利用者がいて、身体に拘縮(筋肉や皮膚などの関節周囲の組織が硬縮し、関節が動かしにくくなる状態)があることがあり、職員の手で、衣服を脱がせるケースも多々あるが、それまで人形のように大人しかった人が、イヤイヤ期の幼児のようにして、必死な抵抗を見せることがある。
     小刻みに震える裸体には、干し柿のような乳房の先に、干しブドウのような乳首が付いている。
     職員が二人がかりで、ある意味、女性の気持ちは置き去りにして、業務を優先とすることがある。
     だってそれが、彼、彼女らの仕事だから。
     その場所には、配慮は必要であったとしても、やらないという選択肢はない。
     乳がん検査にて、マンモグラフィの検査を経験したのことのある人ならば、その遠慮のなさが、少しは想像できるかもしれない。
     あの場所には、同情もなければ、ただ業務としての対応がある。
     サービスとは名ばかりで、サービス業が備えるサービス精神なんてものは、あの場所にはないし、0円のスマイルも必要とはしない。
     余計な感情が入ってしまっては、その仕事自体が不可能となり、かえってその人間に、羞恥という感情を強く抱かせてしまうことがあるからだ。
     心の内に芽生える余計な感情は捨て去って、感情を殺しながら、仕事に向き合う日々がある。

     新人時代、私の教育係のような扱いで、一人の先輩が付いた。
     学生時代の体育の授業のようにして、二人一組で数ヶ月間を過ごした。
     その先輩とは、他愛もない話を多くしたが、その会話の中で口癖のように聞いた台詞は、
    「この仕事は優しい人間には向かない」だった。
     今もう、その先輩はいなくなり、私も新人ではなくなって、もう長い年月が経ったけれど、あの台詞は本当だったなあと思う。
     この業界は、優しい人から辞めていく。
     決して弱い人ではない、人として優しすぎるから、辞めざるを得ないのだ。
     優しい人、そんな人が求められる仕事なのに、優しい人の多くがこの業界を去っていく。

     カラダに残る多くのアザがある。
     その多くは他人から付けられたものだ。
     親から受ける暴力は虐待となり、入居者から受ける暴力は、病気の症状と説明をされる。
     親から浴びる強い言葉は虐待とされ、入居者から浴びせられる暴言は、病気の一部と説明される。
     他の業種であれば、ハラスメントとして扱われ、騒がれる案件も、この業界では、日常茶飯事の通過儀礼として、おざなりにされていく。

     あの夜、うぶな転校生ではなく、うぶな新人だった私は、おざなりとするべきものを、おざなりとはできなかった。
     深夜、ナースコールの音に釣られるようにして部屋に入ると、ベッドの上で、胸を押さえつけるようにして上半身を歪める入居者の姿があった。
     私は電気を点けることも忘れて、慌てて不用意に入居者の側へと近づいていって、様子を伺うようにして顔を近づけると、入居者の胸にあったはず両の手のひらは、私の貧相な胸を鷲掴みしていて、入居者の生温かい吐息が、私の前髪を揺らした。
     私は訳がわからずに、悲鳴を上げるようにして、助けを求めてしまった。
     廊下にもよく響き渡るその声を、聞きつけた先輩だったその人は、部屋に入ってくるなり、包装紙のように包まれた両腕を私から引き剥がすと、入居者をベッドへと押さえつけ、一つ、その硬くした拳を、入居者の枕へと打ち下ろした。

     職員としては、絶対やってはいけないことで、でも同時にそれは、私を守る行為でもあって。
     先輩の行為は、入居者から職場へと共有され、家族へと伝わっていって、先輩は犯罪者と罵られて、施設を去っていった。
     私はそれ以来、アーサー・フレックのように、随分と作り笑いが上手くなった。

     この職業は、人の悪意に対して、あまりにも無防備である。
     過去には、訪問先の住居にて、ケアマネジャーが刺殺される事件が起きている。
     また逆に、入居者が職員の悪意にさらされることもある。
     誰かが血を流した時に、大きな痛みを伴った時に、司法にその判断が委ねられた時に、無防備な人間に対して向けられた悪意は、初めて犯罪という、誰の目にも触れるカタチになるのだ。
     青アザ程度の痛みでは、カタチにもならない。
     暴言程度の痛みでは、カタチにもならない。
     ハラスメント程度の痛みでは、犯罪にもならない。
     ただ、そんなカタチにはならない悪意に対して、向けることになった暴力は、犯罪と呼ばれるものになった。

     優しい人間を、犯罪者にしたのは、一体誰なのだろう。

     責任を家庭内に閉じ込めて、責任を個人に押し付けて、孤立させているのは、一体何なのだろう。

     母の部屋からとガシャンと派手な音がして、ベッドから車椅子への移乗が失敗したことがわかる。
     ホアキン・フェニックスのように、不敵な笑みを浮かべながら、私は滞留する夜の中に、今夜も一つだけ毒を吐く。


    この世界ってやつは


     叫び出したい夜があり、走り出したい夜もある。

     注意。
     以下、シニカルな私見を多分に含んでおります。

     投稿コンテストを彩るキラキラした内容の記事やら、SNSの中に溢れる映えた人生の様子を眺めるたびに、
    「どこぞのお伽話ですか?」と思うことがある。
     まるで絵空事のような、体験談やら経験則やら、ノウハウを目にして耳にするたびに、己の生きる人生が、実に物悲しいものに思えるから、不思議なものである。

     あくまでも持論であるし、私見ではあるのだが、ワークライフバランスなんて、個人としての意識改革、その集合体である組織としての構造改革、職場環境や生活環境、それら複合的な要素のバランスが上手く嚙み合った結果、見ることができる夢物語である。
     実生活や対人関係が満たされた人々が語る理想郷。
     選択によって分岐する人生のルート選びに正解した人々の世界線。
     日々、綱渡りのような人生を送る人間が持つバランス棒のその先には、残念ながらそのどちらもが欠けている。
     仕事では他人の紙パンツを替える日々を送り、家では親の紙パンツを替える日々で人生をやり過ごす。
     叫び出したい夜が来て、盗んだバイクで走り出したい夜があるけれど、もう少年法の適用外の年齢だから、それもできない十五夜の夜。
     ワーク(仕事)とライフ(私生活)の板挟みとなる人間が選択できる仕事以外の生活はあるのか? という疑問が、ふと頭をよぎります。

     しあわせは歩いてこない。
     だから歩いてゆくんだね。

     昔、チーターが言ってました。
     本物のチーターではなく、水前寺清子さんが歌ってました。
     昭和43年11月10日リリースの『三百六十五歩のマーチ』。

     結局、結果、ワークライフバランスなんて理念よりも、「心持ち」との言い方のほうが、私にはしっくりとくるワークライフバランス。
     東京都知事のカタカナ多めの定例会見が、いまいち入ってこない私には、「心持ち」との言い草のほうが、なぜだかしっくりとくる。

     オモテナシならぬ、コ・コ・ロ・モ・チ。

     公的な仕事(ワーク)と私生活(ライフ)とのバランスの取り方がワークライフバランスならば、その仕事の中やその生活の中に、やりがい(夢や希望)を見つけましょうとの考え方が「ワークライフバランス」との解釈。

     そもそも「心持ち(気の持ちよう)」とは、解釈の変換(リフレーミング)でもありますし。

     解釈の変換とは、起きた出来事自体は変えられないけども、それに対する捉え方、ようはネガテイブな事象の中にもポジティブな側面を探すことによって、感情をより良い方向にコントロールすることを心がけましょうということであって。

     はたまたこの気の持ちようには、行動からのアプローチなんて方法もあって。

     行動からのアプローチは、無理に心を変えようとするのではなくて、とりあえずは笑顔を作ってみるとか、深呼吸をしてみるとか、カラダの動作から脳に働きかける(脳への信号)ことを意識することにより、気持ちがより前向きになりやすくなりますよ、というアプローチ。

     そもそもの話、私が暮らす環境は、ワークライフバランスなんてワードが馴染む世界ではないし、働き方改革とも無縁の生活を送っている。
     しかしながら、私が言うところの「気の持ちよう」とは、心理学でいうところの「マインドセット」に相当するものでもあって、個人が備える「無意識の思考癖」やら「心のあり方」を変えてみましょうとのこと。
     物事の捉え方を少しだけ変化させることで、ストレスの軽減に役立つらしく、パフォーマンスの向上にも大きく影響するものらしいが、結局、結果、日本人が大好きな精神論に辿り着く。

     この職業の特徴なのか特性なのか、一緒に働く同僚が精神を病んで、メンタルが壊れていく様子を、対岸の火事として眺め、私はきっと大丈夫と、自己暗示をかけるようにしてやり過ごしてきたこの数年間。
     初めてかかった心療内科の診療費が思ったよりも高額で、このまま通い続けることは不可能と、その足で図書館(新品は手が出ないので)に立ち寄り、心の病気の本を読み漁り、自己啓発に啓発を重ねた結果、体得した根性論。

     ワールドカップにハイドレーションブレイク(飲水タイム)が導入されるこの時代に、根性論って、オイ。

     ワークライフバランスの、そのバランスを取ることができる、取ることが叶う人々って、一体どれだけの数いるのですか? との素朴な疑問。
     少なくとも私が暮らす生活圏には、その種の人々はマイノリティ。
     紅白における麻布大学野鳥研究部じゃないけれど、赤白どちらが多いのですか?
     子孫を残すこともなく、生産性のない人生を送り続け、かつかつでギリギリの、メンタルヘルス的にもバランスを欠いた人間の書く記事を、一体誰が読むのかしら? との疑問を抱えながら、フリック入力を繰り返す夜があった。


    この社会ってやつは


     とある企業の新入社員の勤務体系は2つのコースに分かれていて、グローバルリーダー候補を目指す社員の月給は35万円を超えて、地域正社員の月給が30万円に迫る時代に、誰が好んで、こんな罰ゲームのような職業を目指すのだろうと思うことがある。
     仕事へのやりがいは、必ずしも得られる対価と比例するものではないが、モチベーションを保つには、一定の効果を期待できるものではある。
     仕事へのやりがいが生きがいとなり、やりがいで得られた対価によって人生が潤い、またそれが仕事へのモチベーションへと変換される好循環。
     キャリア志向の強い人間であれば、人生とはまた別の職業人生において、より高い目標を持って、スキルアップや昇進を通じて、積極的に成長を追求する姿勢などもあるだろうし、その目標に向けての自己実現を重視して、精力的に働く人々もいるであろう。
     ただ一方では、そのどちらのケースにも該当せずに、将来的な目標を抱くことなく、現状維持を最善の良策のようにして、日々の暮らしのなかに、夢を見ることのできない人々もいる。
     私はどちらかといえば、後者に属する人間であり、この記事も、その立ち位置からの視点をもって書いている。

     仕事には、やりたいと思える仕事と、やりたくないと思える仕事があって、またそれとは別として、誰かがやらなければならない仕事なんてものもある。
     ようは人柱的な、誰かしらの使命感や犠牲によって、成り立つ社会の姿なんてものがある。
     先日、トイレの清掃員を父に持つ小学生が、同級生から馬鹿にされるという記事を読んだのだが、職業差別の意味すら理解しない子供の戯言というよりも、その心無い子供の声もまた、この社会の声の一部だと私は思う。

    「もしもトイレの清掃員を担う人間が、この社会に一人も存在しなかったら?」

     会社や駅や商業施設のトイレは汚物まみれとなり、快適な社会生活など、数日で送れなくなるだろう。
     清掃員という職業の人々のプライドによって、この社会の秩序は担保されている。
     仕事(ワーク)には、やりがいとはまた別なものとして、使命感(センス・オブ・ミッション)という側面もあり、使命感というよりも義務感(センス・オブ・デューティ)に近い側面もある。
     個人の道徳観に頼った義務感という仕事がこれにあたるのだろうし、コロナ禍の医療従事者の姿は、その最たる例であっただろうし、トイレの清掃員にも、同じ姿がある。
     白衣と作業着、その制服の色の違いで、これだけの差が生まれてしまうのは、なぜなのだろう。
     肌の色や性別の違いで、その人間の持つ価値が、決められてしまうのはなぜなのだろう。
     私は高校三年生の夏休みに、家庭内の事情によってハイ・スクール・ライフが終了し、高校をドロップアウトして、その後の限られた選択肢のなかで、いくつかの職業を転々として今の職業に辿り着いたのだが、十二色入りの色鉛筆よりも、二十四色入りの色鉛筆のほうが、描ける未来は明るい。
     培われた劣等感が、皮肉屋の性格を育むことに一役買ったのだろうし、そんな境遇での暮らしが、私という人間を生み出したのだろう。

     近年は主義主張を唱える人々が増えて、障がい者はチャレンジドなんて呼び方に勝手に変更されて、神様から試練を与えられた人間なんて解釈がなされているが、その勝手な解釈は、優しさから生まれた理解というよりも、憐れみから生まれた産物だ。
     そんな余計な試練、ないほうがよほど平等であるし、神様から与えられる試練など、多かれ少なかれ、老若男女すべての人間に与えられている。
     だがしかし、その困難を乗り越えるだけの力(方法)を、与えられているのかどうかは、その人間が置かれた環境によって、大きな差が生まれるのが現実だ。

     LGBTQ+の人々を語る時に、セクシャルマイノリティの尊厳と多様性を象徴する旗(シンボル)として、レインボーフラッグが用いられることがあるが、色眼鏡という視点(偏見)へのアンチテーゼとして、多様な配色がなされているのだとしたら、実に皮肉なものである。
     多様なニーズに応えるものとして、LGBTQ+な人々へ理解を口にする企業もあるが、企業のイメージ戦略として、それら人間の叫びが利用されているとしたら、それこそ皮肉な話である。

     外国人労働者に頼る必要性のある職種の実情には目を背け、外国人排除を掲げる声があって、そんな声に賛同する安直な声もある。
     外国人を主語として問題を語る議論は少し乱暴であるし、かえって分断を生むことになる。
     ジュリアちゃんがいなければ、昔の職場のシフトは大変なことになっていただろうし、ジュリアちゃんには複雑な印象を抱いたまま袂を分かち合ったけれど、貴重な戦力として、頼りになる同僚として、外国人労働者が職場にはいた。
     日本人がやりたがらない仕事を担う外国人が日本にはいて、日本人がやりたがらない仕事を担う同じ日本人が、この社会にはいる。
     これは決してフィクションなどではなくて、頬をつねる必要もない、現実の物語だ。

     寝ぼけているのか、脈略のない散らかった内容は、まさに散文。


    死んでる場合じゃねぇんだわ


    『考察する若者たち』の中で、考察するその理由を報われ消費として考える、みたいな記載もあったような、なかったような気もするが、まあ報われない消費というのも、人生にはあるよね、と。

     子育てなんてそれの最たるものであると思うし、無償の愛と呼ばれるように、将来的なペイを期待して、子供を育てることはないだろう。
     大谷翔平と同等の成功を夢見て野球を始めさせる親がいるとすれば、それは高倍率のギャンブル。
     子育てとは投資ではなく責任であり、その責任も無償で提供されるものだから、得られる対価を期待して子育てをすることはない。
     要介護者や障がいのある方へのサポートにも同じ側面があるが、労働における介護と、家族への介護では、その意味合いが大きく異なる。
     低賃金ではあるが、対価を得られる仕事としての介護と、家庭内における無償の介護では、その意味合いに大きな違いが生まれる。
     日本では古くから、専業主婦は無償で家事に勤しみ、無償で子育てに励んでいる。
     前述において、無償の愛の話をしたけれど、子育てにも介護にも、愛情は必要である。
     ただ、成長という明るい未来が待つ子育てとは異なり、将来的な死別という暗い未来が待つだけの介護には、終わりがない。
     終わりがないという言い方に語弊はあるけれど、少なくとも終わりは見えない。
     ゴールテープのないマラソンを延々と走っているような、山頂のない山を黙々と登っているような、そんな息苦しさが介護生活にはある。

     マラソンの中のやるべきことが「走る」ことならば、やりたいことは「先頭でゴールテープを切る」とか「完走する」とか「自己ベストを更新する」とかいったものだろう。
     介護の中のやるべきことは、要介護者のQOLを上げるとか保つとか、日常生活における幸福度を上げるといったことで、それはある意味の責任だ。

     介護をする上で「やりたいこと」なんて、正直思い浮かばない。(本音)
    「笑顔が見たい」とか「ありがとうの言葉が嬉しい」だとか、年一回の母の日に、カーネーションを贈られたママたちが幼子おさなごに対して抱くような、そんな淡い感情は正直、仕事上でも日常生活でも、あまり芽生えることはない。(本音)
     閉塞感しかない日々の中で、ほっと一息つく時間など、本当に限られている。
     休日は泥のように眠り、体力の回復、温存に勤めることが責務。
     休日にフットサルをする未来なんて永遠に訪れることはないだろうし、推し活に割ける余裕が生まれるとも思えない。 
     ただこれは、あくまでも私見であって、生き方の違いで生まれるレビューでしかない。
     立場の違いから生まれる価値観や考え方の違い、人生の見え方(視点)の違いでもあり、生き方の正解(人生観)を決める議論なんてナンセンスであるし、それこそ誰かの価値観や、誰かの人生を否定することは、多様性が唱えられるこの時代に完全に逆行する。
     しかしながら、キラキラとした記事の内容ばかりが並ぶ企画なんて、私にはフィクションのような物語にも見える。
     多くの人々からの共感を集められるような、マジョリティの一員として記事を書きたいけれど、私の呪われた指先からはハッピーオーラが放たれることはなく、アングラな記事にしかならない。

     ワークライフバランスとは結局、メンタルヘルス的に言えば、「心の健康」を保ちましょうということだと思う。
     誤った認識であれば、誹謗中傷にならない程度のコメントにて叱ってほしいのだけれど、人生の中に「やりがい(夢や希望)」を見つけることは大切なこと。
     仕事でも生活でも、意識改革というか、心持ちによってモノの見方が変わることはあるし、心持ちによって見つけることのできる「やりがい(夢や希望)」があるのかもしれない。
     恥の多い人生を送り、人間失格な私だけれども、夢の一つもなけりゃあ生きてけないのが、人間の性。
     カルローズ米ではなく、ブランド米で腹を満たしたいと、スマホの灯りに照らされながら、指紋で汚れた画面と皮脂の浮いた顔を突き合わせて、この記事を書き続けた友引の夜。

     この社会にはバランスを取りたくても、そのバランスを保つことすら危うい人々が、きっといるであろう。

     これといった趣味もなく、人生をやり過ごすだけの私は、せっかく図書カードを作ったのだからと、何気なしに一冊の本を借りてみた。
     タイトルは『死んだら永遠に休めます』となっている。
     作中の主人公の社畜な姿に、勝手にシンパシーを感じて、妙な親近感を覚えた深夜二時のこのテンション。
     忙しない日常から逸脱するようにして、読書に興じる夜があった。


    上野からパンダが消えた季節に


     子育てもしたことがないのに、母を育てている。
     育てているというよりも、母を介護している。
     子育てと介護には似た側面があって、色々と手がかかる。
    「ああ、もう、何やってんのよ」
     冷蔵庫から取り出した牛乳パックを手から滑り落とし、床にぶちまけた母に対して、冷たい言葉を浴びせかける。
    「ったく、もう、余計な仕事増やさないでよ」
     言いたくもない小言が次々と口をついて、もはや口癖のようになっている。
    「ああ」とか「もう」とか「まったく」だとか。
     英語のスペルには、存在するのに実際には発音しない文字(サイレントレター)があって、私のまったくの「ま」も発音せずに、「ったく」となっている。
     knowの語頭の「k」だとか、writeの語頭の「w」だとか、それらと同様の役割が、私がよく口にする「ま」にはある。
     仕事上では割り切って、溜息すら漏らすことのない失敗を、母親がするとまた違った感情が芽生えてしまう。
     仕事上では他人を責めることはなくても、母のことは容易に責めてしまう。
    「大丈夫ですよ」「大丈夫ですか」なんて口癖のような言葉が、仕事上ではすらすらと口をつくのに、母に対してはもごもごとして、一向に出てこない。
     母親の心配をするよりも、牛乳パックの穴を気にして、牛乳パックの心配をしてしまっている。
     私が言う悪態に対して、母は無関心を貫いて、そそくさとその場を立ち去ることが多い。
     母は穏やかな人だから、些細な争いごとや口論といったもの、そのすべてを好まない。
     そんな母に対して悪態をついてしまう私を、私自身が嫌いになることがある。

         *

     オジサンの首相が口にした国民一律二万円の給付金はバラマキと批判され、多くの国民から嫌われたけれど、女性初の首相である人の消費税減税には大賛成の世の中だ。

     公約の0パーセントから、今は1パーセントになって、その数字が有力な数字らしいけれど、食料品の消費税が1パーセントになれば、単純計算で食費が、月3万円の世帯は年「3万1500円」の減税、月6万円の世帯は年「5万400円」の中減税、月9万円の世帯は年「7万5600円」の大減税になる。

     そりゃあ、国民一律二万円の給付金よりも、国民個別の消費税減税が歓迎されるのは当然だ。
     一律というよりも個別、個別というよりも多様、多様性な減税案がぶち上げられ、パンダよりも人気者になった女性首相。
     選挙戦がフェスのような盛り上がりを見せて、当選の有無がアイドルの選抜選挙のようになって、国政選挙が人気投票になった多様性の世の中では、未来を憂いて嫌われ者になる政治家よりも、目の前の人参のような公約で、人気者になる政治家が支持を集める多様性なこの社会。

     「一律」=「公平」との誤った認識。

    「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」と迫ったアイドルと、
    「私か、私以外か」を迫った元ホストと政治家との違い。

     パンダの模様じゃないけれど、世の中って、白黒ハッキリと分けられることばかりじゃないのよね。
     私か私以外か、俺か俺以外か、男か女か、それ以外の選択肢しか認められない世の中は、多様性とは呼ばないし、それ以外の人々の声が認められない世の中(同調圧力)は、息苦しくて仕方がない。
     誰一人取り残されない世の中の実現は、難しいのだろうか。

         *

     私は正社員ではなくて、レンタル契約の更新が必要となるパンダと同じような雇用形態であることから、私の人生もまた、先行きは不透明なままである。
     上野動物園のパンダが契約の延長をされずに、この春、日本を去った理由は不明だが、口は災いの元である。
     このことわざの由来は、五代十国時代の中国にあるらしく、「口は災いを招く門であり、舌は自分の身を切る刀となり、口を閉ざして舌を出さないようにしておけば身を安全に保てる」といった漢詩からの言葉に由来しているらしい。
     パンダが故郷に帰った理由が、中国から伝わったことわざにあるというのなら、なんとも皮肉なことである。
     私は職場では、どちらかといえば口数の少ないほうであるし、その心配はないと願いたいものだが、ステークホルダーとして扱われずに、突然の引っ越しを強いられたパンダと同じようにして、私もいつクビを宣告されるともかぎらない。

     今春、二頭のパンダは上野を去っていったが、三年前に職場を去った佐藤さんが、先月職場に復帰した。
     私の同僚であった佐藤さんはある日、突然久保さんになって、先月再び佐藤さんになったようだった。
     国際展示場正門駅が、東京ビッグサイト駅に変更されて、慣れ親しんだ頃に、また国際展示場正門駅に戻ってしまうような素振りで、久保さんは佐藤さんに戻った。
     ようは佐藤さんが、結婚と離婚を経験したという話であり、独り身の私にはピンとこない夫婦別姓問題が、佐藤さんの身に降りかかったという話ではあるのだが、私は佐藤さんが久保さんと呼ばれていた頃も、私の中では佐藤さんは佐藤さんのままだった。

     夕方、勤務開始までの僅かな時間、休憩室で微睡まどろむ私に休憩中の佐藤さんが気づいて、
    「またよろしくね」と、社交的な笑顔を浮かべながら、たけのこの里を好む私に対して、開封したきのこの山の箱を差し出してきた。
     佐藤さんの笑顔はどことなく、日本初の女性首相となったあの人に似ている。
     きっと佐藤さんは、私がたけのこの里のほうが好きなことを、もう覚えてはいないのだろうし、同僚も皆、佐藤さんが久保さんであったことなんて、すぐに忘れていくのかもしれない。

     人の記憶なんてものは、実にあやふやなものであり、不確かなものである。
     だがしかし、私には忘れることのできない一つの記憶(人)があって、ああこの人は確か、たけのこの里のほうが好きな人ではなかったか? と、記憶を探ることもなく、迷うこともないぐらい、私の中に居座って、事あるごとに顔を出す。
     データとして残された画像は、色褪せることもなく、鮮明な色を保持したまま残されていく。
     時の流れに完全に逆行するカタチで蘇るその記憶は、歳を重ねるごとに鏡の中で、より明瞭な輪郭へと変わっていくのである。

     初の女性首相誕生というニュースに沸く日本であるが、私は無関心を貫いて、毎日をただやり過ごしている。
     夫婦別姓問題が直撃し、離婚という事象にて、甚大な影響を被った佐藤さんだが、独り身の私にも、何だか思い当たるふしがある。

     同じ苗字を名乗る私の母という人は、正確には、私の母ではないのだから。


    「ワーク」≒「ライフ」の方程式


     この記事において、私が母と呼ぶ人は、正確には私の母親ではない。
     私を産んでくれて、数年間育ててくれた母は、幼い頃に亡くなっていて、その後、父が好きになった人が、私の母になったというだけの話である。
     だから私は、本来はお母さんと呼ぶべき人を、いまだに下の名前で呼んでいる。
    「お母さんと呼びたくなければ、呼ばなくてはいいからね」と、小学四年生の私に、母は母なりの配慮をしてくれた。
     だから母は母ではなくて、ママでもなく、お母さんでもなく、父が好きになった人、同じ苗字ではあるけれど、私と母は他人のままなのである。

     同じ苗字であったとて、私はこの先この人をお母さんと呼ぶことはないだろうし、母は母で、私からお母さんと呼ばれることを、今さら望みはしないだろう。
     毎朝、鏡の中に、自分とは似ても似つかない娘という肩書だけの女の顔を、隣に確認せずに済んでいるのは、洗面台という過去に繋がる場所を、互いに無意識のうちに、避けているからであろう。
     母の作る料理を食べ、血として肉として育ってきたのだから、餌付けされた飼い犬のように、そこには感謝やら情愛やら愛着がないわけではないし、母と私は戸籍上は親子であると同時に他人でもあるのだから、複雑な感じがする。

     父親が十年前にこの世を去ってから、私は母ではない母という人の介護をしている。

     やりたいことをふと考えてみれば、この生活から解放されることが思い浮かぶけれど、背中に背負った身長170センチで54キロの荷物を投げ出して自由になれたらどんな清々しいだろうと思う日もあるけれど、その荷物を放り出し、その責任から解放されるということは、母との別れを予感させるようなものでもあったから、それは願うべきことじゃない。
     やりたいことはあるけれど、それは大切な人との別れを願うことでもあって、介護の終わりというものは、子育ての終わりや子離れといったものとは異なり、また違った寂しさが伴う。
     私のやりたいことは、私のやりたくないことでもあったから、複雑でありややこしい。

     子供は社会が育てるもの。
     老人は家族が支えるもの。

     この種の議論に対して私は明るくないのだが、その責任は随分と、現場に丸投げされているような気がする。
     子育て支援金制度は、すべての世帯や企業から支援金を搬出し、子育て施策の拡充に充てるものであり、子どもや子育て世帯を社会全体で支える制度となっている。
     なぜ独身や高齢者も支払うのかついては、子どもたちは成長し、やがて社会保障制度の担い手となることから、すべての人々にメリットがあるとして、すべての世帯に加え、企業も含めた社会全体で支える仕組みとなっているらしい。(こども家庭庁より)

     生産性のない独身女と、社会保障を食い潰すだけの継母(ままはは)のコンビは売れる気配もなく、誰のメリットにもなれない。

     独り身である私は、自分の孤独を埋める方法として、母のことを利用してしまっているのかなあと思うことがある。
     俗にいう共依存との関係性。
     介護は終わりの見えない苦行ではあるけれど、孤独に苛まれる夜には、この生活が長く続けばいいのになあと思うことがある。
     そんな考え方はまったく不健全であり、不健康なものだけれど、そう思ってしまうことがある。
     母との別れを願うぐらいならば、そう思うことのほうが、自分の気持ちに正直であるような気もする。

     施設に預けるためには金銭的なこともあり、サービスが行き届いた施設の、意地悪な職員のいない施設に入ってもらいたいという願いはあるものの、それはどこか運次第のようなところもあるし、同じ意地悪をされるのならば、私が言う悪口ぐらいのほうが良いのではないのかと、考えてしまう気配もあって。
     だから、他人である母との暮らしを優先する今の生活は、私にとってはやりたくないことであり、やりたいことなのかもしれない。

     やるべきこと(ワーク)に責任が伴うように、仕事以外の生活(ライフ)の中にも、苦痛や苦労を感じる瞬間は多くある。
     やりたいことと、やりたくないことが同居する今の生活に、私は満足しているような、していないような、実に不確かな人生を送っている。
     けれど、「ワーク」≒「ライフ」とされる今の生活を、私は簡単に手放すことはしないだろう。

     100億円プレイヤーではなく、200万円プレイヤーな私だけれど、幸せを感じることもあって。

     流行りの塩むすびではなく、貧しさの象徴でしかないそのおにぎりが、おいしいと感じる夜があって。

     欲しいものが買えないと、不満ばかりを募らせる私ではあるけれど、ミニマリストと誤解されることもあって。

     私が見ている世界と、他人の世界にいる私は、決して同一ではないのかもしれない。
     できないことを嘆くよりも、できたことに目を向けることのほうが、幸せなのかもしれない。
     身の丈に合った人生には、身の丈に合う幸せが用意されていて、幸せのカタチもまた、人それぞれ異なるカタチなのかもしれない。

     多角的な視点をもった人間は、様々な角度から物事を考察することができる。
     先入観を排除して、妙なバイアスをかけることなく、全体像を客観的に、多面的に捉えることで相手の立場に立ち、より深い理解が可能となる。

     先日、『ニュー日本文学史』なる本を読んだのだが、古典文学を今の時代に落とし込み、著者独自の解釈をもって料理され、バラエティに富んだレシピ本のような風合いで、その魅力が紹介されていた。
     古典落語を現代風にアレンジした落語のような敷居の低さが嬉しかったし、聞いていて(読んでいて)愉しかった。
     
     仕事でも仕事以外の生活でも、その中に希望を見つけて、心の健康を保つには、多角的な視点が必要となる。
     他人の人生に憧れ(憧れるのはやめましょう)、真似るよりも、自分の人生に存在する可能性に目を向けることのほうが、健全でいられるような気がする。
     自己嫌悪というのは非生産的感情であり、自分を責め立てる行為は、生産性のない自己攻撃でしかないと、三島由紀夫が語っていたような気がする。
     三島由紀夫がおっしゃる通り、自己否定や卑下をするのではなく、いかに自分の弱さと向き合い、冷静な現状分析をすることができるのかが、重要になるのだろう。

     最後に、

    「ワーク」≒「ライフ」の方程式を、ここで解いてみようと思う。

     その答えは、人生においての成功が、必ずしも正解とは言えないことと、どこか似ている。
     仕事と生活とが曖昧模糊あいまいもことなり、ブレブレでありグラグラな、背骨のない人生を送る私であるが、一つだけ譲れない答えを持っている。
     この人生において、母親を二度失い、二度別れるなんて機会を、私自身が望んでいないということである。
     収入を増やすために、生活を充実させるために、人生を好転させるためには、転職といった方法もないわけではないけれど、私は母との生活のペースを崩したくないと、本気(マジ)で思っている。

     何かを得るためには、それと同等の対価が必要となる。それがお金にしろ時間しろ労力にしろ、支払う犠牲が必要だ。エルリック兄妹は、幼い頃に亡くなった母を蘇らせるために、錬金術としては禁忌とされる人体錬成を行い、失敗して、兄のエドワード・エルリックは右腕と左足を失い、弟のアルフォンスは身体を失ってしまう(鋼の錬金術師より)。
     等価交換の法則は、フィクション作品における哲学ではなくて、現実の社会にも通ずる普遍的な概念だ。
     いくつかの未来を諦めて、幾許いくばくかの可能性を放棄して掴んだ人生ではあるのだが、私は私自身のこんな人生が、そう嫌いでもない。

     私の人生を愛することのできる人なんて、気の毒だが、私ぐらいなものだろう。
     自分自身の人生を嫌ってしまったら、一体誰が愛してくれるのか。
     
     人生における正解は、きっと自分の中だけに存在するのだろう。
     時として人生には、その人間が持つ強さのようなものが試される瞬間がある。
     私はきっとこの先も、先輩のことを犯罪者と呼ぶことはないだろうし、血の繋がりのないこの人を、母親として扱っていくのだろう。
     私は私の中にしかない正解を、信じ抜くことができる、強い人間でありたいと思う。

     答え、

    「 」の中に当てはまる答えがあるとすれば、それはこの回答しか思いつかない。

    私の夢は、
    「可能なかぎりあなたと、おはようを交わし合う朝を、一日でも多く迎えること」です。


    深夜二時のローリング・ストーンズ


     先日、誕生日を迎えた母にケーキを買って帰った。
     夜勤明けの帰り道、「今日は確か、あの人の誕生日ではなかったか?」なんてことをひとりごちながら、駅前にあるコージーコーナーに立ち寄り、少し遠慮がちに遠目から、ショーケースの中を覗いてみたりした。
     ショーケースの中には、宝石のように(宝飾店に行ったことはないが)、色とりどりのカットケーキが並べられていて、そのどれも美味しそうに見えた。
     平均価格として600円弱するカットケーキが、高いのか安いのか、私にはわからなかったが、上段の中央に飾られていた瀬戸内レモンのベイクドレアチーズが美味しそうに見えたので、二つ購入した。税込み1080円。明日の晩ご飯代になってしまうなあとの無粋な考えも頭をよぎったが、あえてその考えには蓋をすることにした。王道のイチゴのショートケーキのほうが色鮮やかに見えたけれど、594円と少しだけ値が張ったので、私も母もチーズケーキのほうが好きだよねと、自らに言い訳をするようにして、レアチーズケーキを買って帰った。私と母は他人ではあるのだが、なぜか食べ物の好みが似ている。
     簡単な夕食をこしらえる間、ケーキは冷蔵庫の中にしまっておいて、食後のお茶と並べるようにして、ケーキを二つ置いてみた。
     母はテーブルの上に置かれたケーキを視界に入れながら、壁に貼られた日本地図が描かれた家電量販店のカレンダーに目を移し、ああと、短くため息のような声をもらして、
    「大切なお金なんだから、自分のために使いなさいよ」と、母は小学生の子供にでも説教をたれるようにして、私を叱った。
     それに対して私は、
    「まあ私もたまには食べたかったし、別にいいんだよ」と、母に反抗する。
     母は利き手ではない左手を使って、時間をかけてケーキを食べていた。その不器用な様子に私は、給食を食べ終えることのできなかった小学生時代の教室の私自身を重ねてしまい、申し訳なく思えたのだけれど、普段硬く結ばれた母の口元が、やや楽しげに見えたので、あえて目をそらすことにした。

     私が支払ったケーキ代の1080円は、はたして推し活と呼ばれるものになるのだろうか。
     推し活という意味での、母のアクスタは所持してはいないが、私は数枚だけ、母と撮った写真を所有している。
     母という人のファンダムは、私一人で形成されており、私程度の経済力で支えられる母のファンダム経済は、実に寂しいものであるが、喜ぶ母の顔を、また見たいと思ってしまっている私は、来年もまた、チーズケーキを購入してしまうのだろうなあと思った。

     休日に運動めいたものはするべきではないと、固く心に誓う私であるが、買い物に行く途中、少し遠回りをしたりして、散歩をしたりしている。
     というよりも、散歩の帰り道に買い物をして帰っている。
     先日も、図書館からの帰り道、道端に咲く紫陽花を綺麗だなあなんて眺めたりもして、スマホでパシャパシャと写真などを撮ってみたりして、毎日を過ごしたりしている。
     こんなささやかな毎日で幸せを感じてしまうのもどうなのかなあと、疑問を募らせることもあるのだけれど、でもきっとこんな何事もない毎日が、幸せなのだろうなあと、思うことにしている。

         *

     時刻は深夜二時を回っている。
     スマホに収められたプレイリストから、一曲を選択して、片側だけイヤホンをして、軽く目を閉じる。
     右耳から聴こえる『シーズ・ア・レインボー』が、私を半分だけ、この世界から解放してくれる。
     深夜二時に流れるローリング・ストーンズ。
     1943年生まれのミック・ジャガーは確か、多恵子さんとは同じ年齢ではなかったか?
     あと一時間で、休憩時間も終わる。
     あと数時間もすれば、また新しい朝が来る。
     廊下に響き渡る同僚の足音に、数時間後の未来を重ねる忙せわしない夜があった。

         了

    #創作大賞2026 #ビジネス部門
    #ワークライクバランス


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