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母子家庭育ちの大学図書館職員、休職を経験

    むかしむかし、ある村に、怒優(どやさ)という不思議な若者が住んでいました。怒優は「優しく強く社会に怒り続けていきたい」という、独特な生き方を持っていました。
    不正を見れば怒りましたが、その怒りは決して荒々しくはなく、
    むしろ静かで、深く、温かいものでした。
    理不尽なことがあれば声を上げましたが、
    その声は決して誰かを傷つけることなく、
    むしろ人々の心に寄り添うものでした。
    ある日、村の長老が怒優に尋ねました。
    「なぜ、そのように怒るのですか?」
    怒優は答えました。
    「怒りは、愛があるから生まれるもの。だから優しく、でも強く、社会に向き合いたいのです」
    弱い者が虐げられれば、
    静かに、しかし確実に声を上げ、
    不公平があれば、
    温かく、しかし揺るがず指摘し、
    人々が苦しめば、
    優しく、しかし力強く立ち向かいました。
    後に怒優はこう語りました。
    「優しさのない怒りは壊すだけ。強さのない優しさは変えられない。両方を持って初めて、社会は良い方向に向かうのです」
    そして「優しき怒りは、世を照らす光となる」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
    めでたし、めでたし。
    と思う2025年2月14日23時00分に書く無名人インタビュー1012回目のまえがきでした!!!!!

    【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

    今回ご参加いただいたのは コメウソ さんです!

    年齢:30代前半
    性別:女性
    職業:事務職


    現在:人に影響与えたい、みたいなことがないんです。

    ポンプ:
    現在、何をされてらっしゃる方ですか。

    コメウソ:
    今は大学の図書館で働いてる感じです。
    図書館司書ではなく、司書資格の勉強はしてるんですけど。大学職員なんです。

    大学職員でいろんな部署に異動する流れの中で、図書館に行っただけで。

    ポンプ:
    具体的にどんなお仕事ですか。

    コメウソ:
    カウンターで借りたり返したりの処理をするっていうイメージが強いと思うんですけど結構いろんなことやってて。

    係がいくつかあるんですけど、私のところは利用者に対するサービス全般をやってます。
    カウンターにも出ますけど、レファレンスって言って問い合わせを受けたりとか、学生たちと選書ツアーに行ったりとか。

    今ネットで大学の論文を見られるようにする流れがあるんですけど、そういうことをしたりとか。

    あとは図書館を利用しやすいように、たくさんある図書、古すぎるやつ捨てたりとか。

    ポンプ:
    選書ツアーは大学の図書館の中で行われるんですか。

    コメウソ:
    選書ツアーに行きたいっていう人を募って、一緒に本屋さんに行くんです。都会の大きい本屋さんとかに行って、予算はいくらで、欲しい本・・・もちろん図書館っぽい本っていうのが前提ですけど、一定の括りで好きな本を選んで図書館の予算で買うっていう取り組みです。

    買う代わりに、その学生さんにPOPを書いてもらって飾ったりすることによって、学生が選んだんだよって。

    学生さんが選んだ本ってやっぱり学生に人気が出るし、図書館に来てもらえたらなっていうことでやってます。

    ポンプ:
    今のお仕事は続けられてどのくらいになるんですか。

    コメウソ:
    今年で3年目になりますかね。

    ポンプ:
    お仕事はどうですか。

    コメウソ:
    基本的にあんまり働くことが好きじゃないんですけど今の仕事はすごい楽しくて。
    面白く感じてます。

    ポンプ:
    どんなところが面白いですか。

    コメウソ:
    教育に興味があって。でも先生は向いてないなって思うんですけど、いろんな学生さんと出会うこともありますし。

    本自体が好きなので、本に毎日触れられてるのは楽しいですし。
    貸出データを見て、全然借りてくれないなとか、貸出伸びないなとか思いながら、どうやったらもっと貸出が伸びるんだろうなとか、どうやったら本を読んでもらえるんだろうと考えることも面白い。

    ポンプ:
    そのあたりはコメウソさんなりに工夫した点ってあるんですか。

    コメウソ:
    いろいろやったはやったんですけど。
    一つは図書館の職員が読んだ本のレビューを書いて図書館のSNSに載せたりとか。
    紹介した本をカウンターに置いて、”これ図書館員が最近紹介した本です” みたいな感じで置いたりしてます。

    あと、図書館に来る学生って調べ方を知らない状態で来るんです。
    だから「この本ありますか」に対して「ココです」だけじゃなくて、検索画面の○○の番号が場所を意味するもので、こういうふうに並んでて、ジャンルがここに書いてあって。みたいなことを話すことによって、次来たときに自分で探せる。

    可能性が広がるような案内をするようにしてます。

    ポンプ:
    好きな本のジャンルとかありますか。

    コメウソ:
    大学のとき歴史を勉強してたので歴史が好きなんですけど、あとは社会学系というか、社会全般とか。あとはジェンダーのこととか。
    エッセイ、短歌とかそのあたりも好きですかね。

    ポンプ:
    さっき先生に向いてないっていうお話があったんですがどういったところからそういうふうに思われるんですか。

    コメウソ:
    講師みたいなことやってた時期がちょっとだけあるんですよ。
    人前で喋るの得意じゃないっていうのもあるんですけど。
    「これはこうだ!」みたいなことをドンということができないんですよね。
    その責任を負えないというか。

    先生になる人って、やる気がない人にも何かしら伝えたい!っていうようなやる気を持ってると思うんですけど。
    人に影響与えたい、みたいなことがないんです。

    人って、言われるだけでは、自分が気づかないうちは悪いことでも絶対変わらないと思うんですよ。
    だからどんなに私が何かが大事だよって言っても、その人が大事だって思う瞬間が来ないとその人は変わらないと思うんですよ。

    って思うと、先生になって大人数に向かって喋るよりは、図書館で誰かが訊きに来てくれたときに一対一で喋るみたいな、誰かが学びたいときに(相手として)話す方が向いてるのかなと思います。

    ポンプ:
    具体的にどういったところに興味があるんですか。

    コメウソ:
    やっぱり教育って人を変えるというか、本当に大きいなと思ってるんですよ。
    知的なこと、頭のいいことって必ずしも優しいとイコールではないと思うんですけど、いろんなことを学ぶことって、優しくなることに近いというか。

    もちろん勉強できなくて特に本も読んでなくて教養なくても優しい人はいると思うんですけど、限界があると思うんですよ。

    別に知性がなくても優しい人はいるけど、やっぱどうしてもどっかで自分の生活の近くしか見れなくなっちゃうというか、限界があるんじゃないかなと思って。

    でも学びの中で、自分とは全然違う立場の人の存在を知ることによって無意識に持ってる偏見から解放されていくと思うんですよ。

    逆に勉強して自分は偉い、みたいになっちゃってる人がいると残念だなと思います。

    難しいですけど本当に知的な人っていうのは優しいことが多いかなと思って。

    ポンプ:
    お仕事以外の時間をお伺いしたんですけど、どんなふうに過ごされてますか。

    コメウソ:
    1人で過ごすことが多くて。
    あと去年から今年にかけては司書資格を取る勉強してて。
    ここ2年ぐらい読書と資格取るのにハマっちゃって、だいたい勉強か読書かYouTube見たりとか。
    あとはデートしたりとか、そういう感じです。

    ポンプ:
    それ以外は何かやってることとかありますか。

    コメウソ:
    勉強と読書とYouTubeを見るぐらいしかやってないんじゃないかなと・・・。
    大学のときより絶対に勉強してると思います。なんか筋トレみたいな感じです。

    筋肉は裏切らないっていう人いると思うんですけど。
    確かにそうじゃないですか。
    筋トレしたら筋肉ついたりいい体になって引き締まっていくと思うんですよ。

    私は筋トレするのはちょっときついですけど。ジム行く人ってそういう感じだと思うんです。

    筋トレもやっぱ向いてる人が続けられると思うんですけど、私にとってはそれが勉強みたいな感じなんです。

    勉強って絶対裏切らないんで。
    単語覚えて頑張ったのに、覚える前よりも英語できなくなってる、ってことは絶対あり得ないじゃないですか。
    特に語学は絶対裏切らないんです。

    そういう意味で筋トレみたいな感じと思ってて。ムキムキになりつつあります。

    ポンプ:
    それが優しさに繋がってると。

    コメウソ:
    まだ優しくないですけど・・・ちょっと繋がってるんじゃないかなって思います。


    過去:残酷ですけど、教育格差を高校大学のときに身にしみて感じるようになりました。

    ポンプ:
    ちっちゃい頃どんなお子さんでしたか。

    コメウソ:
    今よりはおとなしかったと思います。中学ぐらいまでおとなしかったです。
    とにかく内にこもりがちというか。

    ポンプ:
    印象に残ってるエピソードとかありますか。

    コメウソ:
    幼稚園のときにトイレ行くのが恥ずかしかったのか、膀胱炎になったことがあって。
    言い出せないというか。モジモジしすぎて車道に飛び出したらしいんです。
    母親が言ってたんですけど。

    いま考えたら、トイレ行きなよって思うんですけど。

    ポンプ:
    自分だけ周りと違ってるなって思うことありましたか。

    コメウソ:
    あんまり気が付かなかったですね。
    中学生ぐらいから三者面談があると思うんですけど、コメウソさんとにかくマイペースで、みたいなことを・・・ずっとこの人生の中で言われ続けて。
    そうなのかなって思うようになりましたけど、マイペースなわけじゃないんですけどね。
    ・・・マイペースなのかな・・・ちょっとわかんないですね。

    ポンプ:
    さっき中学まで内にこもるキャラだったっていう話なんですけど、中学以降で変わった点っていうのはどういったところですか。

    コメウソ:
    高校に入ってからすごく明るくなったんです。
    中学校まではいろんな層の人がいたのでヤンキーが怖かったりとか。
    私が入ってるグループもとにかくイケてなかったんですよ。
    よくスクールカーストとか言いますけども、本当に教室の隅で静かに話してる感じ。

    何となく学校自体の雰囲気も荒んでる感じだったんですよ。
    で高校に入ったらすごい平和だったんですよね。

    やっぱりいろんな中学校から来てるから平和な中学校から来てる人とかもいて。
    そのとき感じたのは・・・今は変わってると思いますけど・・・残酷ですけど、教育格差を高校大学のときに身にしみて感じるようになりました。
    私自身は、母子家庭であまり裕福じゃない家だったんですけど。
    偏差値60ぐらいの進学校行ったら、中学校小学校のときと友達の雰囲気も違うんですけど・・・友達の親の職業も全然違うんですよ。
    親が先生とか。銀行で働いてるとか。公務員とか。

    親が2人揃ってる事も高校に行ったら当たり前だったので。

    中学のときは母子家庭って周りに多かったし途中で名字が変わる人も、自分含めて結構いまして。

    大学に行ったら教育格差をまた感じて。

    今はネットで勉強ができるとか無料で勉強ができるコンテンツも増えましたけど。
    (当時は)こういうことなんだな、と思いましたね。
    知らないところで環境が人生を決めていくっていう気がしましたし。

    どっちの世界が悪いとかじゃなくて。違う世界なんですよね。
    それがびっくりしました。

    ポンプ:
    好きな子ができるとか、恋心が芽生えたのっていつぐらいの話ですか。

    コメウソ:
    幼稚園です。
    驚いたことがあって。幼稚園の初恋の男の子が・・・世間って狭いと思うんですけど、高校の友達のバイト先の同僚だったんです。たまたま知って。

    幼稚園以降お付き合いなかったんですけど大学生になって変なやつになってるっていうことを知ってびっくりしましたね。

    変なやつっていうのは、友達がバイト先のLINEグループで変なこと言われて、見せてきたことがあったんですよ。

    その初恋の人の名字と名前をちょっとずつ取ると、そういう名字の人がいる、みたいな名前だったんですよ。
    そういう感じの名前で、友達がこの人やばくない?みたいなこと言って。
    ○○っていう名字なんだねかっこいいね、て言ったら、「それ名字じゃなくて、フルネームが○○って言うから、こういうラインネームにしてるんだよ」みたいなこと言われて、え?ってなって。

    そのフルネーム言われたときに、「え!その人って私が幼稚園のときに好きだった人なんだけど!」って。
    本当にびっくりしましたね。

    名字そのままとかフルネームそのままでパンッて見るよりも、そうじゃないと思ってるところから。
    しかも変なやつだったっていうことが発覚して。
    でも元気にしててよかった、みたいな妙な気持ちになりました。

    ポンプ:
    さっき冒頭でお伺いした前回のインタビューからコメウソさんが変わったところはどういったところですか。

    コメウソ:
    一番変わったのは、インタビューを見直したら、そのとき休職してて、どういう未来がいいですかみたいなことを聞かれたときに、楽しいものを100%楽しんだりしたいって答えたんです。

    今はすごい体調が良くなって。楽しいものをやろう、好きなものをやろうって、100%の気持ちで楽しめてるなっていうふうにすごく思います。

    ポンプ:
    それは想い描いていた未来が今実際にできているっていうことですか。

    コメウソ:
    いや思い描いてたのとは違うんですよね。
    インタビューで、今の彼氏と結婚して、みたいな話をしてたんですけど。

    結局その彼氏と別れちゃったし、結婚も今してないですし。
    そのときに落ち込むこともありましたけど。
    仕事辞めたいなってそのときは思ってたからか、他の仕事についてるかな?みたいな未来をそのときは考えてました。

    全然そういう思い描いてた未来と違うんですけど、すごい元気なんです。
    それをすごく話したいなと思ったんです。

    思い描いてたのと違う未来でつらい人いるかもしれないけど。
    予想通りにいかなかったりとかつまずいたりとかしても、なんとかなる可能性はあるよっていうか。

    多少くねくねって道がなっちゃって。
    就職したばっかりなのに休職して。
    就職したとき30ぐらいだったので、めちゃくちゃ落ち込んじゃったんですよ、休んだとき。

    そもそも正社員として就職したのも遅い。でもっと頑張りたいのに、みたいな感じでプレッシャーもあって。
    だから病んじゃったのかもしれないんですけど。

    でも今考えたら、そのときにしっかり休んだことがプラスになってるし、1年病んでたところで・・・病みながら無理して働いてるよりは全然良かったなって思うんです。

    ポンプ:
    ちっちゃいときにトイレに行くことを言い出せなかったところから、休職する決断をできたっていうところまでだいぶ変わりようがあるんですけれど、どういうところにきっかけがあると思いますか。

    コメウソ:
    情緒が不安定でちっちゃい頃から落ち込んでるときもあれば普通に元気だったりみたいな波があって、30年ぐらいの間ほぼ全ての期間、病み気味だったんです。

    だからもう限界が来るんじゃないかっていうことを思ってて。
    そういう機会を求めてたのかもしれないなと思います。どっかでしっかり休まないとやばいんじゃないかみたいな気持ちは何年も持ってて。

    でも休むのって勇気がいることだからなかなかできないと思うんですけど、仕事ができなくなっちゃって。体調を崩しすぎて。
    思い切って休んでみたら、結果的には今が一番精神的に健康な状態になったっていう感じです。

    ポンプ:
    今は振り返ってみて、どんな気分ですか。

    コメウソ:
    なんかもう頑張ったなと思いますよね。

    人と比べてじゃないけど、きつい思いをしてきたと思うし、順調な人生ではないと思うんです。

    本当は研究者になりたいと思ってたんですけど、人間関係がうまくいかなくて病んじゃって。ライバルもいっぱいいるし、自分はやっていけないって。
    急遽、就職することにしたんです。

    それも大きな決断だったし、就職してお金も稼げるし、貯金もできるし奨学金もいっぱい返せるし、母親も安心して、もう全て解決だって思ったら、もう半年も経たないうちに休職しちゃって1年ぐらい休んで。

    もうなんかなんなんだよ・・・って感じです。
    いいことあるけど、病んでたときの気持ちとしては、自分が無能だと思ってるのとは違うんです。結局、能力があったとしても精神的に病んじゃう傾向があるから、頑張ってることが受け入れられてたとしても、途中で病んじゃうから何も達成できないって感じたんです。

    環境がどうであっても、能力を伸ばそうと思ったって人に恵まれたって、結局病んじゃうから無理じゃん、みたいに思ったことがあった。

    友達で病みがちな子と話したときにも同じようなことを言ってたんですけど。
    自分が精神的に健康だったらいろんなことができるだろうけど、その前提がないから人生が楽しめない状況になってたんですね。

    それがデフォルトになってるから、なんとかなると思えないんですよ。
    つまずいたときに病んじゃう恐れがあるから。

    でも今、1回ガッツリ病んだ結果、病んだら病んだで、っていうか・・・風邪ひいたらお薬飲むし、骨折したら骨のところ直してリハビリするだろうし。
    精神病んだらそりゃ薬飲んだり休んだりとかして当たり前だよなっていうふうに思うようになったんですね。

    これから先も更年期とか、もしかしたら出産するかもしれないし、いろんなところで病む可能性はあると思うんですけど、病むこと自体が怖くなくなりました。


    未来:優しく強く社会に怒り続けていきたいなと思います。

    ポンプ:
    この先コメウソさんがいなくなるまでの間で何か想像されてることってあったりしますか。

    コメウソ:
    そうですね。いろいろ社会に怒ってることが多いんですけど、もっともっといろんなことを学んで、いろんな視点から考えられるような。優しく強く社会に怒り続けていきたいなと思います。

    ポンプ:
    優しさがコメウソさんの中で重要な要素になってるとお見受けするんですけど、それはなぜだと思いますか。

    コメウソ:
    なんでだろうな自分が優しくしてもらったりするとやっぱりすごいありがたいと思ったっていうのもありますし・・・。
    優しくない人もたくさん世の中で見てきたので。
    やっぱ優しい人って本当の意味で強いなって思ったんです。

    パワハラする人って自信がなかったりして、マウント取ったりすることによって自分を守ってるみたいなところがあるんですけど。

    ・・・前に読んだ本ですごい心に残ってるのがあるんです。
    ブレイディみかこさんの「他者の靴を履く」っていう本なんですけど。
    他者の靴を履くっていうのはブレイディみかこさんの他の本ですごい話題になった言葉らしいんですね。

    エンパシーっていうのを持つというか、身につけるっていうことを意味する。

    エンパシーって日本語では共感っていうふうに訳されるらしいんですけど、シンパシーっていう言葉もあるじゃないですか。シンパシーの方が身近かもしれないけど。
    私が読んだところの理解では、シンパシーっていうのは普通に私達が考えてるところの共感とか同情なんです。

    例えば罪がない子供が難病になったときに、かわいそうで助けてあげたいって、大体の人が思うじゃないですか。

    特に学ばなくても共感できるタイプの共感をシンパシーって言うらしいんですよ。

    エンパシーっていうのは、他者の靴を履くっていう・・・人の靴を履いてみるっていう表現で、ブレイディみかこさんのお子さんがしたらしいんですけど。

    明らかに共感できない人のことを想うっていうことなんですけど。
    私、野球好きだから大谷くんのこと気になってるんですけど・・・。
    通訳をクビになっちゃった水原一平さんを見てシンパシーは正直、感じにくいというか。素直な感情では、可哀想とはならないし、かわいそうどころかひどいだろうっていうふうに、感情的にはなるんですけど。
    エンパシーって、自分と全然違う立場の人とか違う生き方をしてきたとか理解できない思想の人の目線に立ってみるという。

    共感って訳されてるけど、どっちかっていうと、想像力を持ってその人の目線で一旦考えてみる、みたいな。
    だから一旦その人の靴を履くけど、別にそれで足が大きくなったり小さくなったりするわけではないんです。
    その人の靴を履いてみて、こういう感じだなんだってなってまた自分の靴に戻ってくることだと思うんです。

    確か歴史学もすごいそういうところがあるっていうか。歴史学やったことがない人には伝わりにくいかもしれないんですけど。
    歴史の中で起きたことってすごい残酷なこともあるじゃないですか。ホロコーストとか。歴史の研究者は、現代の倫理観からだけでそのことを述べててもあんまり意味がなくて。

    なぜそんなことが起きたのかとか、どういう時代の状況によって非難されることもなく権力を持ってホロコーストに繋がっちゃったのか、とか。
    ヒトラーが人生の中で、どう偏見に満ちた考えを身につけて、支持者を増やして、権力を握るまでにどういう状況があったのか、どういう心理状態だったのか。
    みたいなことを同時代の目線で見るというか、現代の倫理観は一旦脇に置いて、その時代的にどういうことが起こったのかっていうことを考えないといけないんですよ。

    戦争とかホロコーストは絶対ダメだってことはみんなわかってることなんですけど。
    ドイツの研究者も戦後すぐはナチスっていうのは歴史上の事故みたいなものなんだっていうふうに論じる人が多かったらしいんです。まともに見つめられないっていう。

    ドイツでヒトラーとかナチスが生まれて、それが大量殺戮に繋がっていったっていうことを受け止められないから、超悪党が大惨事を起こしちゃったけど、別にドイツ人がそうだったわけじゃないとか、ドイツの社会が病んでいたとかじゃなくて、ものすごい悪党が出てきちゃったみたいなふうにして心を守ってたところがあると思うんですが。

    1960年代ぐらいからですかね。ヒトラーだけが悪いんじゃなくて、社会の中でそういうものを許容する雰囲気があったんじゃないか、みたいなことをドイツの研究者も考えるようになっていくっていう。

    なぜそんなことが起きたのかって、個人が悪いんじゃなくて、個人の性格以外の要因を考えることが未来へ繋がっていくし、歴史学的にもすごい真摯な目線かなっていうふうに思うんですけど。

    悪い人にも良い面あるよとかそういうことを言ってるわけじゃなくて。
    いやなんか、水原一平さんが大谷くんのお金めっちゃ使い込んでたけど、でも奥さんには優しいよとか、そういうことを言いたいわけじゃなくて。

    なんでそんなことしちゃったのかなとか、どういうつらさが彼にはあって、どういう環境だったのかな、みたいなことを一旦フラットに考えてみることで、例えば銀行がちゃんとセキュリティしてなかったんじゃないかとか考えたり。

    一旦自分の許せない気持ちとか、あり得ない、理解できないを置いておいて、起こったことを見つめることが大事なのかなと思います。
    そういう気持ちっていうか、考え方を持ちたいですし、そのためにはすごく学びが必要だなと思います。

    ポンプ:
    仮にそういった強さもしくは優しさを持ち得る人物になったとすると、どんなことができると思いますか。

    コメウソ:
    それは難しいですね。でも何も世界にはできないと思いますよ、正直なところ。
    周りの人を幸せにできるぐらいしか力はないと思いますし、大きな力を持つことが私には向いてないというか苦手という気持ちがありました。やっぱり権力って腐敗するっていうか・・・自分が偉い存在になるっていうことはすごい怖いし。
    偉くなりたくないんです。

    ポンプ:
    それ以外に未来でこんなこと考えてみたいなとか、こうしたいなとかっていうの何かあったりしますか。

    コメウソ:
    社会が良い方向に変わるようにずっと怒り続けていきたいって言いましたけれども、怒り続けていきたいなと思うんです。怒ってるってことは別に優しくないとか、悪いことみたいに思われがちなんですけど。
    怒る気持ちってすごい大事だと思って。

    ・・・最近、嫌いな言葉があるんですけど。

    不平不満が多い人はその人自身の人生がうまくいってないだけとか。
    自分の機嫌は自分で取る、みたいなことが流行ってますけども、大嫌いなんですよ。

    やっぱ社会が絶対おかしい、みたいなことってあるじゃないですか。
    うまくいってなかったら社会に不満あるのは当たり前だし、お金なかったら社会に不満抱くのも全然おかしくないし。

    自分の機嫌を自分で取れるのはすごい幸せな環境にいる人だけで。
    いろんな環境の人がいるので、自分の機嫌は自分で取れない人は駄目だよねとか。
    社会でいろんなおかしなことが起こってるのに、個人の性格の問題に持ってって。
    それは違うよなって思ってるんですよね。

    そういうことを考えてるから・・・今はそんなお金ないですけど、もし結婚とかして、お金も貯まって人生が保守的な段階に入ったとしても、絶対に怒っていきたいって思います。

    自分が安定してるからって、そうじゃない人のことを全然考えられないような人になりたくないと思います。

    ポンプ:
    最後に言い残したことがあればお伺いしたいんですけど、いかがですか。

    コメウソ:
    最近気になってることなんですけどメディアリテラシーの成熟の前にSNSが発展しすぎてて、それがすごい怖いなってSNS見てて思ってるんです。
    SNSは140字そこらしか書けないのに議論してる人がいるんですけど、ちょっと怖いというか。

    特に怖いのは・・・ちょっと前に友達が大炎上したんですけど。
    政治家が言ったら別だと思うんですけど、一般人の書き込みに対して引用リツイートみたいな感じで文句書く人いるじゃないですか。

    それがちょっと怖いと思って。
    現実の世界で考えたら、居酒屋で隣のおじさんが偏見あるようなこと言ってたとしても、いきなり殴ったりしないじゃないですか。女は家事と子育てやってりゃいいんだよって言ってたとしても急に殴ったり、外出ろって言ってコイツこんなこと言ってましたよとか、大声で言ったり絶対しないのに。
    SNSではそういうことするじゃないですか。

    政治家が議会でそれ言ってたらおかしいけど、居酒屋で言っても別に寄って集ってぶん殴るようなことでは全然ない。

    そういう距離感がおかしいというか。
    偏見が蔓延ってていいとは思わないんですけど。
    目の前(画面の向こう)に人がいることが意識されてないような風潮が多くて。

    それ見ると人間にはSNSって早かったのかな、って思っちゃって。
    SNSってこの人がこんなこと言ってたみたいなことで炎上したりとかしてますけど本当怖いというか。

    もっとファクトチェックしろよって思うんですね。一般人が偏見を持ってることに文句とか言ってないで、もっと大きな壁あるだろうみたいな。
    その人がそう思うに至っちゃった社会の背景とかもあるし。

    政治家が裏金使ってるのに、その辺のおじさんの映像とか、その辺のタレントさんが育児を適当にやってるらしいってことに対して怒るのっておかしいよなと思って。
    もっと怒るべきことあるだろうって思うんですよ。
    どっちにしても自分と違う考え方に横からぶん殴るのはおかしいよって思ってます。

    SNSで議論なんて絶対できないと思いますね。
    最近すごい怖いと思ってることはそれだし、もうちょっと自分で調べよう・・・図書館に行こうみたいな感じになりますよね。

    新聞読んだりとかソース見ようみたいな。

    昔のネットの掲示板の人ってすぐ”ソースは”とか言ってたと思うんですけど、それはそれでどうかと思うけど、そういう精神も大事にした方がいいと思います。

    ポンプ:
    他に言い残した事ありますか。

    コメウソ:
    周りの人だけでも幸せな気持ちにできたらなって、ずっと思ってて。
    それってなかなか難しくて、機嫌の悪いときはやっぱりすごい八つ当たりしちゃうし。
    まだまだ不勉強なところもあるし、知らないこともいっぱいあるんですけど、人が傷ついてるとか落ち込んでるとか、そういうことにちゃんと敏感でいたいなと思ってます。

    自分の感情だけじゃなくて目の前の人にちゃんと優しくしようと思います。


    あとがき

    以前タバコのCMが流れていた頃、ポスターかなにかで
    「静かに昂る」
    というキャッチフレーズがあって、喫煙者として妙に納得しました。

    これ、喫煙しなくともそうなれたら良いなと思うんですが
    今回のインタビューが、そのキャッチフレーズそのままの様でした。

    いや、ブルーハーツじゃないですけど
    本当の優しさとは。
    とか
    怒りは必要。
    とか。

    あと、「傷ついた人にちゃんと敏感でいたい」とか。
    こういうことをちゃんと言える方って、かっこいいなと感じました。

    【インタビュー・編集・あとがき:ポンプ】

    #無名人インタビュー #インタビュー #大学職員 #事務職


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