
遅れてきた乙女心 Vol.3
朝の光が、カーテンの隙間から差し込む。
決まった時間に起きて、
決まった順番で支度をする。
コーヒーを淹れて、
同じ席に座る。
テーブルの向こう側。
向かい合っているのに、
どこか少しだけ遠い。
「今日、少し遅くなる」
「うん、分かった」
それだけで、会話は終わる。
途切れているわけでもなく、
続いているわけでもない。
同じ時間を過ごしているのに、
どこにも触れていないような、
そんな静けさ。
カップを持ち上げる。
指先に、ほんの少しだけ熱が残る。
その瞬間、
ふいに、思い出す。
あのとき。
小さな店の、窓際の席。
コーヒーを受け取るとき、
ほんの一瞬だけ、
指先が触れた。
「熱いから、気をつけて」
そう言って、
少しだけ笑った。
その一瞬が、
指先から、胸の奥まで、
ゆっくり広がっていく。
何でもない出来事だったはずなのに、
なぜか、ずっと残っている。
気づく。
今も同じように、
カップを持っているのに。
何も、起きない。
同じ動作のはずなのに、
どこにも、あの温度はない。
「冷めるよ」
声がする。
「うん」
小さくうなずく。
カップを口に運ぶ。
ちゃんと、温かい。
でも。
どこかで、
もう分かっている。
あのときに触れていたのは、
熱さじゃなくて、
もっと、別のものだったんだと。
――あのときの私に、
もう一度なれるなら。
それだけで、
よかったのに。
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