メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo by1623kita

*終戦の日(絶対に忘れない8月15日)

    元看護師うめこ

    🍀🍀
    こんにちは。元看護師のうめこです。

    今日は『終戦の日』戦後80年です。
    多くの人が犠牲になりました。地獄を味わった人が沢山いました。

    うめこの父は10代でしたが志願して予科練に入り終戦を迎えました。
    母は戦時中に父親を亡くし飢えに苦しみました。

    そんな両親から、断片的に戦時中の話は聞いていました。

    南方での激戦、沖縄戦、各都市での空襲、原爆投下、満州からの過酷な引き揚げ、特攻、
    シベリア抑留、中国残留孤児や婦人、戦災孤児などの悲劇がありました。
    中国や朝鮮には現在まで続く恨みも残しました。

    横井さん、小野田さんの帰還もうめこは小学生でした。よく覚えています。
    もしも、うめこだったらとてもジャングルの中で何十年も生きていけないと自分事として考えてしまいました。

    戦後、だいぶ経っていましたが、戦争を引き摺って浮浪者になって道端に座り込み物乞い、お金を無心している人がいました。托鉢のふん装をして家の門前に居座る人もいました。
    戦争PTSDで生活が荒れている人もいました。

    両親は子供には自分たちのような思いは絶対にさせたくはないという思いで育ててくれました。ありがたかったです。

    息子が戦時中の祖父(うめこの父)に興味を持ってくれて、軍服姿の亡き父のアルバムを見ながら語り合いました。息子が戦争について考えてくれたことが嬉しかったです。
    不覚にも、うめこは父とこのアルバムを見ながら話を聞いた事は一度もありませんでした。
    予科練での苦しかった思い出は2〜3のエピソードは他の雑談中に聞いた事はありましたが、詳しくじっくりと話す事はありませんでした。

    世界では戦争の無い時は有りません。
    人類の歴史で戦争の無い時代は有りませんでした。

    平和を心から願います。

    以上うめこでした。
    最後までお読みいただきありがとうございます。
    🍀🍀🍀🍀🍀❤️🧡❤️🧡❤️🧡

     
     
     
    元看護師うめこです。9年間大学病院に勤め、結婚と出産を機に退職しその後はパート看護師をしていました。介護施設や介護保険の行政職もしていました。がん治療経験有り。成人したダウン症の子がいます。 医療、介護業界の体験談や課題などを書きます。 投稿は基本的に五十日の17時です。

    あなたへのおすすめ