
兄の部屋番号を知らない
兄が鼻の手術をした。
二度目の手術だった。
一度目で取り切れなかったものがあり、
メラノーマかもしれないという話もあった。
かなり深く取るらしく、
皮膚の移植も必要になる
かもしれないと聞いていた。
兄は、大丈夫だと言った。
大したことはないような言い方をした。
でも、顔の真ん中に近い場所を深く切る。
しかも、悪性かもしれないものを取る。
本人が大丈夫と言えば言うほど、
こちらは心配になる。
手術は前の日の夕方六時からだった。
終わったらメールしてね、
と私は言っておいた。
兄は、わかった、
というような返事をした。
その夜、メールは来なかった。
疲れて寝てしまったのかもしれない。
麻酔が残っているのかもしれない。
痛くてスマホを見るどころでは
ないのかもしれない。
そう思おうとした。
でも、翌朝になっても連絡はなかった。
何度もスマホを見た。
メールを送った。
電話もした。
けれど、返事はない。
既読にもならない。
妹に話すと、
夜まで待てばいいんじゃない、
麻酔で寝ているんじゃない、
と言われた。
たぶん、そうなのかもしれない。
でも、普通に待つということが、
私にはできなかった。
手術は前日の夜六時だった。
終わったらメールして、と言ってあった。
それなのに、
翌日の朝になっても、
昼になっても、
夕方になっても、
何も返ってこない!
人は心配しすぎると、
だんだん現実的なことを考え始める。
もし倒れていたらどうしよう。
もし痛みで動けなかったらどうしよう。
もしスマホに手が届かない場所にいたらどうしよう。
もし手術した箇所にウイルスが入り、
敗血症になって高熱が出てたらどうしよう。
兄の住んでいるマンションの名前は
知っている。
でも、部屋番号を知らない。
そのことに気づいた時、
私は少しぞっとした。
兄妹なのに、
私は兄の部屋番号を知らなかった。
マンションまで行くことはできる。
でも、部屋の前には立てない。
結局、兄の会社の人に電話をして、
ようやく部屋番号を知った。
家族なのに、
私は兄の部屋番号を、
家族ではない人から知らされた。
そのことも、妙にこたえた。
しかも、
たとえ部屋番号がわかって、
マンションまで行き、
ピンポンを押して、
返事がなかったとしても、
マンションの人以外は
簡単には部屋を開けられないらしい。
兄弟です、と言っても。
身分証明書を見せても。
今は、管理会社や
コンシェルジュが
勝手に部屋を開けることはできない。
万が一、
本当に中で何かあったと思ったら、
警察を呼ぶしかないらしい。
その時、私は思った。
家族なのに。
兄妹なのに。
愛情だけでは、
ドア一枚も開けられないのだ…。
家族という言葉は、心の中では近い。
けれど現実には、
住所や部屋番号や緊急連絡先や、
そういう細い糸でしか
つながっていないことがある。
その糸を私は、
ちゃんと持っていなかった。
結局、
兄と連絡がついたのは、
翌日の夜八時ごろだった。
大丈夫だった。
ただ、それだけのことだった。
その瞬間、体の力が抜けた。
怒りたいような、
泣きたいような、
笑ってしまいたいような
気持ちになった。
よかった。
本当によかった。
でも私はその日、ひとつ覚えてしまった。
家族を心配するというのは、
気持ちだけでは足りない。
どんなに心配しても、
どんなに祈っても、
部屋番号を知らなければ、
そこへは行けない。
その部屋番号さえ、
私は兄の会社の人に
聞かなければわからなかった。
ドアが開かなければ、
警察を呼ぶしかない。
愛情は、意外と無力だ。
だからこそ、
元気なうちに聞いて
おかなければいけないことがある。
大げさでも、
縁起でもなくても、
聞いておかなければいけないことがある。
部屋番号。
緊急の連絡先。
もしもの時に、誰に電話すればいいのか。
そんな事務的なことの中に、
家族を守る細い命綱があるのだと、
私はその日、ようやく知った。
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