
靴を履いて、世界を知る。
私は、家でゴロゴロすることが好きだ。
職業柄、在宅での勤務もありがたいことに僅かにある。
そのような環境での生活になり、早数ヶ月が経った。
だからこそ、気づいたことがある。
それは、家から、部屋から、一歩でもでること=外の世界に触れること
であるということだ。
ある日、
重い腰を上げて近くの市営コミュニティセンターに足を運んだ。
そこでは、
可愛らしい色の紫陽花が咲き誇っていたり
何時間も自習室に籠って必死に参考書を開いている学生を見つけたり
近所のご近所さんらしき60代くらいの男性らがご飯をシェアしていたり
漆黒のスーツに身を包み緊張した面持ちでソファ席に座っている就活生がいたり
黙々と一つのテーブルに大人3人でビジネスの話をしていたり
自宅から5分もかからない場所へ足を運んだだけで、
自分とは全く異なる世界と触れることができるのである。
これは、毎日外に出ている方々からしたらあたり前のことかもしれないが、
特殊な勤務形態である私にとって
僅か数分歩くと、新しい発見がある。
自身1人だけではでは見られない景色がある。
このこと自体が、一つの世界であるように感じた。
「別の世界」という言葉をする時には、
日常とはかけ離れたヨーロッパなどの景色を浮かべることが多いかもしれない。
しかし、自分の部屋のテリトリーから一歩踏み出したら、
それも、立派な1つの世界であるのだ。
現代では、SNSの普及やYouTubeやNetflixなど
ステイホームを充実させてくれるコンテンツで溢れている。
しかしそれには、膨大な数があるものの、見ることができるのは有限であるのだ。
どこでも見られる・聞ける世界が、オンラインコンテンツにはあるのに対し
そこでしか見られない世界が、オフラインには存在している。
私は、約1年間の留学期間にも同じことを考えたことがある。
ベルギーのブリュッセルに約1年間、留学生として生活をしていた。
一般的にも知られているように、治安があまりよくないため夜間はもちろん、不用意に1人では出歩かないように気をつけていた。
学生寮に住んでいたため、施設内で他学生とのコミュニケーションをとることはできたのだが、
限りある留学生活なので、時々外出を楽しむようにしていた。
街中を歩いているだけでも、
現地の方々の信号の渡り方や電車の乗り方、
ヨーロッパの国々では週末は家族との時間を楽しむという文化が根付いているため、スーパーも平日は人でごった返しているお店も全て「close」の看板を出していることなどに興味深い学びを得ることができた。
チェーン店の飲食店までも閉店していることに私は驚きを隠せなかった。
そんな驚きも、ある人にとっては日常であり、
私は家から一歩でたからこそ気づけた非日常であるのだ。
今ではBASICになりつつある留学の最も重要なことを実感した。
言葉を学ぶだけではなく、住んで文化を体験してこそ留学であるのだ。
私は、どちらかというと、フットワークが軽い方ではないので、
何かパーティーやイベントに誘われても行くか行かまいか迷ってしまっていたのだが、
このような経験をしてからは、何かしらの学びや気づきがあるのではないかと直感で感じるようになり、実際にいろんな誘いに出向いた。
ある日、カラオケパーティーに参加した。
欧米出身の参加者が多かったこともあり全く知らない曲ばかりが繰り広げられるカラオケであった。
私はその中でも、洋楽は全く聞かないタイプであるので、
有名な曲もサビしか知らず、その場に知っている風を醸し出しながら曲にノッていた。
私自身そんなことができるんだ!と言った気づきや
初めて聞くスラングやパーティーでのノリなど、、、
みんな入り乱れるように会話をし、お開きなんてないので皆楽しんだら各々帰っていくのだ。
総勢50名以上いたかと思われるカラオケパーティーなんで初めてであったし、全員が同じ大学の学生ではないこともまた面白かった。かつそれが留学生にまで参加のインビテーションが来ることもまた驚きであった。
世界の隔たりが、どんどん薄くなってきている今日であるが、
自分の世界と、それ以外の世界について考える機会が日常に潜んでいることに気づいた。
世界:自分が認識している人間社会の全体。人の生活する環境。世間。世の中。
一人一人の世界が、交わることで新しい発見があるし、衝突することでより強固で柔軟な世界となる。
世界は広いからこそ、人は好奇心を持って新たな世界を求めて動くのであろう。
私が留学中に身をもって感じた言葉、
「Life is short, World is wide」
みなさんの自身の世界はどのような色ですか?
私の世界は、無色透明です。
だからこそ自分の世界の外側がよく見えるんだと思います。
それは皆一緒。あなたの世界が、他人にとってはこれ以上にないほどカラフルに見えることもあるからこそ、人は共に手を取り合って生きていくんだと思います。
また、明日も、
私は新たな世界を、楽しい世界を、学びのある世界を求めて
靴を履いて歩いていく。