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本のエネルギーをダイレクトに浴びる「再読」の素晴らしさ

    世の中には面白い本がありすぎて、いくら読んでも読みたい小説ってのが尽きない。海外のディストピアやノワールから、日本の時代小説やラノベまで、どのジャンルにも面白いものが溢れている。

    だが、読んだことない小説を読みまくる楽しさとは別に、一度読んだ小説を読み返す「再読」もまた素晴らしいものである。
    (作家のヘッセは乱読を鋭く批判し、同じ本を何度も読むことの大切さを説いている)

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    お気に入りのブックカバーで再読を楽しむ

    私は坊っちゃん、蝿の王、デーミアン等、気に入った小説を何度か読んでいるが、確かに再読には初読で得られない面白さがある。ただ触れただけの文章が、脳に染み込んで血肉になっていく感じ。そして、初読よりも物語の本質や全体像が理解できる。
    海外文学なんて特に、初読は読みながら状況を理解していく混乱があるが、再読にはそれがないのでより没頭して読めるので、初読以上に面白く感じるのだ。小説が持つ文学的・娯楽的エネルギーをよりダイレクトに浴びることができる。

    初読のみの場合でも、読みながら思考したりメモしたり、読んだ後にアウトプットすることで得られるものはあると思う。だが、再読したあと、初読の記録との比較を意識してアウトプットをするとき、より記憶に定着するのを実感する。
    アウトプット自体が自身の思考によって物語を能動的に理解する手段だが、それを同じ作品で再び行うとき、文学作品の奥底まで入り込めた感じがするのだ。

    今再読しているのはモンゴメリの「青い城」。赤毛のアンの作者による、29歳の女性のシンデレラストーリー。
    少女漫画のようなキラキラしたロマンスでありながら決して薄くないヒューマンドラマ。初読のとき以上に、女性特有の孤独感や疎外感に共感したり、ユーモアのある文章や豊かでファンタジックな情景描写を堪能できる。

    そして初読から一年も経っていないが、文章とか会話とか、殆ど覚えていないことを実感する。初読で覚えられるのは展開と印象なのかもしれない。

    青い城は買うか借りるか悩んだ本だが、一度読んでから本を目にするたびに「いつか読み返そう」と再読を楽しみにしていた。こうした楽しみを持てること、実際に再読することでより質の高い楽しい読書体験ができることというのは、本をわざわざ買うことのメリットとも言える。

    また、最近語学学習による脳疲労で本が読めない時があるが、一度読んだ青い城はするする読める。再読は自分の状況に合わせた読書の選択肢ともなる。

    世界中の文学作品に触れていく初読と再読、読書好きとしてどちらも楽しんでいきたい。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    あさきらい/ライター・編集職7年、休業中/pixivでは二次創作、noteは一次創作やエッセイ。小説読むのと書くのが生き甲斐。海外文学が好き/パニック障害経験者/ミニベロ乗り/コメント嬉しいです

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