
有給休暇は、マリオのスター状態に似ている。
有給休暇の日は、少しだけマリオのスター状態に似ている。
敵は普通に来る。腹痛も来るし、歯医者の麻酔も普通に痛い。役所の待ち時間も短くならない。
それでも、有給の日には妙な光がある。何をしていても、その背後で給料が発生している。家で寝ていても、コンビニで水を買っていても、道に迷っていても、歯医者の椅子で口を開けていても、会社の給与システム上では、労働者としての私に賃金が流れ続けている。
マリオのスターは敵を吹き飛ばすが、有給スターは何も吹き飛ばさない。ただ、不幸の横に「ただし賃金発生中」という注釈をつける。これが地味に強い。良いことにはさらにポジティブを載せてくれるし、最悪な出来事が起きても完全な最悪にはならない。割と吹っ飛ばしてくれる。
この「有給中」という事実は、本来は一日単位の本来の労働時間に対する制度である。だが、頭の中ではそれが勝手に行動単位へ分配される。歯を磨く時間にも、洗濯物を干す時間にも、スマホを見ながら何もしていない時間にも、薄く給与属性が乗る。
マインドフルネスが「今、ここにある呼吸に集中する」ことで脳を癒すなら、「今、ここにある秒給に集中する」ことで脳を癒やしてもいいだろう。
想像してみてほしい。
有給中に、席を買ったライブでペンライトを振っている人がいる。チケット代は払っている。だが、推しに払う金は気持ちの上ではほぼゼロである。必要経費というより、もはや納税に近い。
そしてその瞬間、本人には給料が発生している。つまり、お金を失っている感覚がほとんどない状態で、会社からは賃金だけが静かに積み上がっている。ペンライトを振っているだけで、精神的には黒字である。これは強い土台だ。
そんな土台の上に乗ってるのだから、身長差を埋められて誰よりもステージを視認できるだろう。
そんな感じなので、有給の日に突然腹痛に襲われると、脳が少し変な処理を始める。
かなり嫌ではある。せっかくの休みなのに、私はトイレにこもっている。自由の象徴であるはずの一日を、便座の上で過ごしている。予定していた散歩も、カフェも、映画も、すべて一旦停止。腹を押さえながら「うおお」と声を上げている。
でも、この瞬間にも給料は発生している。
何も生産していないし、会社の役にも立っていない。メールも返していない。会議にも出ていない。ただ腹痛と向き合っているだけなのに、それでも賃金は発生している。
腹痛に対してはそこで精神的にマウントを取ることができる。
金額はまったく違うが、この時間私は少しだけメッシに近い気すらしてくる。
メッシはたぶん、寝ていても、移動していても、歯を磨いていても、とんでもない金額を稼いでいる。契約が巨大すぎて、生活の隅々にまで金が発生しているように見える。彼がトイレにこもっている間にも、こちらの月給どころではない金額が静かに積み上がっているかもしれない。
有給の日の腹痛も、かなり小規模ながらそれに近い。私は何もしていない。むしろ困っている。だが、発生している。
薄めたカルピスを1日かけて飲み干してるだけかもしれないが、これが妙に心を支える。
有給スターは、腹痛を消してくれない。それでも、便座で叫んでる間にも給料が発生している。