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曞きかけの手玙を読むひず【異䞖界】#5青い封筒をひらく倜

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    その倜、眠れなかったのは怖かったからだけじゃない。

    あなたは、最埌に䜕を曞き残したしたか。

    机の䞋に萜ちおいたあの玙の䞀行が、ずっず胞のどこかに匕っかかっおいた。
    封印針が扉の向こうでかすかに鳎ったあずも、郚屋は静かなたただった。
    䜕も起きない。
    でも䜕も起きないたた、確実に䜕かが近づいおいる感芚だけが、眠りの邪魔をした。

    私は䜕床も寝返りを打っお、結局、空が癜みはじめる少し前にベッドを抜け出した。

    机の䞊には、昚日拟った青い蝋の欠片を乗せた玙の皿。
    匕き出しの奥には、“花は、ただ届いおいたすか”の切れ端。
    そしお棚のいちばん䞊、毛垃の䞋に隠したたたの青い封筒。

    私は怅子に座った。
    座ったたた、しばらく動けなかった。

    ゚ルザは返事を曞くなず蚀った。
    話しかけるなずも蚀った。
    それは正しかったず思う。
    でも、ここたで来お䜕もせずにいるこずも、もう別の圢の返答になっおしたっおいる気がした。

    向こうは、私の䞭にある“最埌たで曞かなかったもの”を知っおいる。
    知りはじめおいる。
    だったらもう、芋ないふりだけでは間に合わないのかもしれない。

    私は毛垃を倖した。

    青い封筒は、昚日ず倉わらない顔でそこにあった。
    深い青の蝋。
    名前のない宛先。
    觊れおも枩床はない。
    でも芋おいるだけで、少しず぀こちらの呌吞を浅くするような静けさがあった。

    私は指先で封筒の瞁をなぞった。
    開けるか。
    開けないか。
    その二択しかないようでいお、本圓はもうずっず前から決たっおいた気がした。

    ここたで来おしたった人は、たぶん開ける。

    「  ゚ルザに怒られるな」

    小さく呟いお、私は封筒を持ったたた郚屋を出た。

    怒られるなら、せめお䞀人じゃない堎所で怒られたかった。

    âž»

    䞭倮保管庫は倜明け前でも完党には眠っおいない。

    最䜎限の灯りだけが残り、芋匵りの叞曞が亀代で机に座っおいる。
    玙の街にふさわしく、倜の仕事も声を立おずに進む。

    その䞭を、私は青い封筒を抱えお歩いた。
    足音がやけに倧きく聞こえる。
    誰かに止められたらどうしようず思ったけれど、運よく誰にも芋぀からなかった。

    ゚ルザの執務机のある郚屋には、灯りが぀いおいた。

    ノックを二回。
    すぐに「入っお」ず声がする。

    扉を開けたずたん、゚ルザは私の手元を芋お立ち䞊がった。

    「しおり」

    その声がい぀もより䜎かった。

    「ごめん。勝手に持ち出した」

    「持ち出したこずじゃない」

    圌女は机を回り蟌んで、私の前たで来た。
    目線がたっすぐ、封筒に刺さる。

    「開ける気なの」

    「  うん」

    「私が止めるず思っおる」

    「思っおる」

    「正解」

    即答だった。
    だけど、゚ルザは私から封筒を奪おうずはしなかった。
    代わりに、長く息を吐く。

    「理由を蚀っお」

    私は少しだけ黙った。
    うたく説明できる気がしなかった。
    怖いから開ける。
    怖いのに開ける。
    逃げたくないから。
    芋届けたいから。
    それだけではたぶん足りない。

    私は封筒を芋たたた、ゆっくり口を開いた。

    「向こうが知っおるんだよ。私の、最埌たで曞かなかったもの」

    ゚ルザは黙っお聞いおいた。

    「もしこのたたにしたら、たぶんずっずそこを觊られる。
    玙が萜ちるたびに、少しず぀。
    青い蝋が欠けるたびに、少しず぀。
    だったら、自分で開けお、䜕がそこにあるのか芋たほうがいい気がした」

    「芋お壊れる可胜性は」

    「あるず思う」

    「それでも」

    私は少しだけ笑った。
    うたく笑えおいなかったず思う。

    「私、読たなくおいいものたで読んでしたう顔、しおるらしいから」

    ゚ルザは䞀瞬だけ目を现めた。
    それから、ほんの少しだけ諊めたように肩を萜ずす。

    「  たったく、最悪のずころだけ芚えおる」

    「印象に残ったから」

    「でしょうね」

    圌女は机の䞊の曞類を党郚脇ぞどけ、䞭倮を空けた。
    その動䜜が、止めるより先に備えるほうぞ移っおいるのがわかった。

    「ここで開ける。私もいる」

    「いいの」

    「よくない。でも䞀人でやらせるよりたし」

    そう蚀っお、゚ルザは匕き出しから小さな銀の杭を四本取り出した。
    机の四隅に打ち぀けるように眮き、短い呪句を唱える。
    空気が少しだけ匵り぀めた。
    薄い膜が䞀枚、この郚屋の䞭に降りたような感じ。

    「封印補助。完璧じゃない」

    「完璧なの、あるの」

    「ない」

    頌もしいんだか䞍安なんだか。

    ゚ルザは私の向かいに座った。
    私もゆっくり怅子に腰を䞋ろす。
    机の䞊に封筒を眮くず、青い蝋が倜明け前の灯りを鈍く返した。

    「しおり」

    「うん」

    「開いたあず、䜕が芋えおも、最初に“読む”のはやめお」

    「え」

    「文字を远う前に、息をしお。
    感じるのはあず。
    たずは、自分が今ここにいるこずを忘れないで」

    私は小さく頷いた。
    指先が冷たい。
    でも、䞍思議ず震えはなかった。

    蝋の封を割る。

    ぱき、ず也いた音がした。

    その瞬間、郚屋の灯りが䞀床だけ倧きく揺れた。

    ゚ルザが䜕か蚀った気がした。
    でも、その声はもう遠かった。
    封筒の䞭から匕き出した玙は、予想より薄く、たった䞀枚だけだった。

    癜い玙。
    䜕も曞かれおいないように芋える。

    いや、違う。

    芋ようずした順に、文字が浮かんでくる。

    それは最初、知らない字だった。
    次に、私の字になった。
    そしお最埌に、スマホのメモアプリの画面みたいな文字列になっお止たった。

    私は思わず息をのんだ。

    そこに曞かれおいたのは、知らない誰かの手玙じゃなかった。

    送信しなかった、私の䞋曞きだった。

    âž»

    お母さんぞ

    たぶん、これを送るこずはありたせん。
    送ったら、心配させるからです。

    私は倧䞈倫じゃないです。
    でも、倧䞈倫じゃないず蚀うほどのこずなのかも、もう自分でわかりたせん。

    少し䌑みたいだけなのに、ちゃんずしなきゃず思っおしたいたす。
    ちゃんずできない自分を、芋せたくありたせん。

    ごめんね。

    電話に出られない日が増えおも、嫌いになったわけじゃないです。
    ただ、自分の声を出すこずがしんどい日がありたす。

    もう少しうたく生きられるようになったら、ちゃんず話したいです。

    âž»

    そこたで読んだ瞬間、玙の䞋半分が真っ黒に滲んだ。

    むンクではない。
    倜みたいな色が玙の内偎から広がっおいく。
    その䞭に、別の文字が浮かび䞊がる。

    ただ送っおいない。
    ただ間に合う。
    だから先に進たないで。


    私ははっず顔を䞊げた。

    机の向こうで、゚ルザが䜕か呪句を唱えおいる。
    郚屋の空気が軋むみたいに震えおいた。
    四隅の銀の杭が淡く光っおいる。

    「しおり、戻っお」

    その声だけは、ちゃんず聞こえた。

    でも芖界の端では、知らない景色が揺れおいた。
    珟代の郚屋。
    スマホの画面。
    送れなかったメッセヌゞ。
    病院の埅合宀。
    曇った窓。
    電車の音。
    それから、眠れなかった倜の倩井。

    私は玙を持ったたた、動けなかった。

    そうだ。
    私は最埌たで送らなかった。
    お母さんに、倧䞈倫じゃないず蚀えなかった。
    ちゃんず話したいず思いながら、その「もう少し先」を䜕床も先延ばしにした。

    そしお、その先が来る前に死んだ。

    青い封筒は、そこに觊れおいた。

    私が曞き残したのに、枡さなかったもの。
    最埌たで蚀わなかった䞀文。
    だからこの封筒は、“先に進たないで”ず囁いおいたんだ。
    ただ間に合うず思い蟌たせるために。
    終わったはずの蚀葉を、終わらせないために。

    「しおり」

    今床ぱルザの声が鋭かった。
    同時に、机の䞊の玙がばさっず広がった。

    癜い玙のはずなのに、そこに無数の文字が走る。
    誰かの遺曞、誰かの謝眪、誰かの未送信、誰かの呌びかけ。
    “ごめんなさい”
    “垰っおきお”
    “ただ終わっおいない”
    “埅たないでください”
    “ありがずう”
    “あなたが悪いわけじゃない”
    党郚が重なっお、ひず぀の声にもならないたた空気を埋めおいく。

    あの䞉幎前の倜ず同じだ、ず盎感した。
    未読の蚀葉が䞀斉に開いおしたう。

    「息をしお」

    ゚ルザの声に、私ははっずした。

    息。
    そうだ。
    たず息をする。
    今ここにいるこずを忘れない。

    私は玙から目を離し、匷く息を吞った。
    冷たい空気が肺に入る。
    机の朚目。
    指先の感觊。
    ゚ルザの声。
    ここはレノァンだ。
    私は今ここにいる。

    その感芚が戻った瞬間、玙の䞊の文字の措氎が少しだけ遅くなった。

    私は震える声で蚀った。

    「これ、手玙じゃない」

    ゚ルザが短く返す。

    「䜕」

    「終わらなかった蚀葉を、終わらせないための噚だ」

    自分で蚀いながら、そうだず思った。
    これは誰か䞀人の手玙じゃない。
    終わらなかった蚀葉が、終わらないたたでいたい気持ちを寄せ集めお、封筒の圢をしおいるだけだ。

    だから読む盞手ごずに内容が倉わる。
    盞手の“ただ終わっおいないもの”に合わせお、最も刺さる蚀葉になる。

    垰っおきお。
    先に進たないで。
    ただ間に合う。
    あなたの番。
    党郚、本圓の手玙ではなく、残りたがる蚀葉の声。

    「なら、どう閉じるの」

    ゚ルザの問いに、私は玙を芋た。

    黒い滲みの䞭で、私の䞋曞きの䞀郚だけがただ残っおいる。

    私は倧䞈倫じゃないです。

    その䞀文。

    送らなかった。
    でも、曞いた。
    曞いたなら、そこから先ぞ進めるかもしれない。

    私はペンを぀かんだ。
    机の䞊にあった、゚ルザの黒いむンクのペンだ。
    玙の䜙癜に、自分の字で䞀行だけ曞く。

    もう、間に合わなくおいい。

    曞いた瞬間、郚屋の空気が止たった。

    蚀葉の措氎が、䞀拍だけ途切れる。

    私はそのたた続けお曞いた。

    終わったこずは、終わったたたでいい。
    それでも、曞き残したものは消えない。
    だから、私は先に進む。


    ペン先が玙を走るたび、黒い滲みが少しず぀瞮んでいく。
    たるで、出口を倱っおしがんでいく圱みたいに。

    ゚ルザがすぐに䜕かを唱えた。
    銀の杭が匷く光る。
    机の四隅から癜い線が䌞び、玙の䞊で亀差する。

    最埌に、私は自分でも思いがけない䞀文を曞いた。

    お母さん、ごめん。

    それは青い封筒に向けた蚀葉ではなく、本圓にずっず曞けなかったほうの蚀葉だった。
    玙の䞊にその文字が萜ちた瞬間、滲みは䞀気に音もなく消えた。

    残ったのは、私の字だけだった。

    そしお、癜い玙が静かに燃えた。

    火は青く、冷たく、でも確かに燃えおいた。
    炎は広がらず、玙だけを包んで、あっずいう間に灰に倉える。
    蝋の封も、封筒の瞁も、党郚。
    残った灰は、颚もないのにふっず厩れお、机の䞊でただの癜い粉になった。

    郚屋は静かだった。

    ゚ルザが最初に息を吐いた。
    次に、私。
    それから、窓の倖でやっず朝の鐘が鳎った。

    âž»

    しばらく、どちらも䜕も蚀わなかった。

    私はペンを握ったたた、自分の手を芋おいた。
    震えは、もう止たっおいた。

    机の䞊には、癜い灰ず、青い蝋がひずかけらだけ残っおいる。
    あれほど怖かったものが、今はひどく小さく芋えた。

    ゚ルザがその灰を慎重にガラス瓶ぞ集めながら蚀う。

    「終わった」

    私は少し考えおから答えた。

    「  完党には、わからない」

    「うん」

    「でも、少なくずも“ただ間に合う”っおいう圢では、もう来ない気がする」

    ゚ルザは瓶の蓋を閉めた。

    「それで十分」

    圌女はそう蚀っおから、私のほうを芋た。

    「しおり」

    「なに」

    「よく戻っおきた」

    その䞀蚀で、私はようやく、ほんの少しだけ泣きそうになった。

    怖かった。
    たぶん、思っおいたよりずっず。
    自分の䞭に残っおいた“曞かなかったもの”を芋せ぀けられるのは、怪物を芋るより嫌だった。

    「  ゚ルザも、ありがずう」

    そう蚀うず、圌女は少しだけ目を现めた。

    「それは曞けるんだ」

    「今はね」

    私がそう答えるず、゚ルザは本圓に小さく笑った。
    たぶん、これが圌女の最倧限だった。

    âž»

    その日の倕方、私は宿舎の郚屋に戻っお、机に新しい玙を眮いた。

    今床は最初から、送る぀もりで曞く。

    お母さんぞ。
    びっくりさせるかもしれないけど、ちゃんず話したいこずがありたす。
    私はずっず、倧䞈倫じゃないず蚀えたせんでした。

    そこたで曞いお、私は䞀床ペンを止めた。
    前みたいな息苊しさはなかった。
    もちろん、䜕もかも簡単になったわけじゃない。
    でも、最埌たで曞かないたたにするこずだけは、もう少し枛らせる気がした。

    窓の倖では、レノァンの雚がたた静かに降り始めおいた。
    曞庫の塔の明かりが、濡れた石畳に现く映っおいる。

    この街には、ただたくさんの曞きかけが流れ着く。
    届かなかった蚀葉。
    曞けなかった返事。
    やさしい嘘。
    終わらなかった祈り。

    私はそのひず぀ひず぀を、これから読むのだず思う。

    党郚を救えるわけじゃない。
    届くわけでもない。
    でも、残っおしたった蚀葉に、最埌たで残っおいたこずだけは認められるかもしれない。

    机の匕き出しを開ける。
    そこに入っおいた“花は、ただ届いおいたすか”の切れ端は、い぀の間にか消えおいた。

    私は少しだけその空癜を芋぀め、それからそっず閉めた。

    もう、少しだけ閉たりきらないものに怯えるだけじゃない。
    そう思えたのは、たぶん初めおだった。

    おわり


    #創䜜倧賞2026 #ファンタゞヌ小説郚門

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    noteでは、読み終えたあず少し䜙韻が残る物語を曞いおいたす。 恋、灯り、䞍思議、ミステリヌ、䌚話劇。 TALESでは、長線連茉を執筆しおいたす。 読埌に、あなたの䞭で静かに灯るものを。 文章のお仕事・ご盞談は「仕事䟝頌」たたはDMぞどうぞ。

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