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山音の宿で、もう䞀床 / 第5ç«  第11話 / 今幎も来およかったわ

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    坂井様の倕食は、窓際に近い、少しだけ静かな垭に敎えられおいた。

    食事凊の灯りはやわらかく萜ちおいお、遠くの卓の䌚話も、ここたで来る頃には氎の音に䌌た響きにほどけおいる。坂井様は垭に぀くず、運ばれおきた料理をひず぀ひず぀静かに芋た。驚いたり、感心したりする様子はない。ただ、確かめるような目で芋お、それから小さく息を぀く。

    「今日は少し軜めなのね」

    坂井様の前に眮かれた料理は、ほかの垭ずたったく違うものではない。けれど、量も順番も、ほんの少しだけやさしく敎えられおいた。重たくなりすぎないように。無理に食べ進めなくおもいいように。

    栞は䞀拍だけ眮いおから答えた。

    「もし量が倚いようでしたらず思いたしお」

    坂井様は顔を䞊げ、栞を芋た。
    倀螏みする目ではない。䜕かを蚀い圓おられた時の、少しだけやわらかい驚きがその目にあった。

    「助かるわ」

    その䞀蚀が、ひどく自然に胞ぞ萜ちた。

    栞はそれ以䞊、気の利いたこずは蚀わなかった。
    蚀えなかったのではなく、蚀わないほうがいいず思った。
    坂井様に必芁なのは、気づかれおいるず意識しすぎるこずではなく、䜕も壊されずにここにいられるこずなのだず、今日はもう少しだけわかる気がしおいた。

    料理が進むに぀れお、坂井様の衚情は少しず぀やわらいでいった。
    箞の進みは速くない。けれど止たりすぎもしない。
    お茶を足すず、小さく瀌を蚀う。
    焌き物を䞋げる時には、「ちょうどよかったわ」ず蚀った。

    その“ちょうどよかった”が、栞には䜕よりうれしかった。

    倚すぎない。少なすぎない。
    螏み蟌みすぎない。遠すぎない。
    今日䞀日、自分が探しおいたのは、たぶんそういう加枛だった。

    食埌のお茶を出した時、坂井様は湯気の向こうに目を萜ずしたたた、ぜ぀りず蚀った。

    「今幎は、来るか少し迷ったの」

    その声は静かで、独り蚀にも聞こえる。
    けれど栞には、それを拟う責任がある気がした。

    それでも、おそるおそる理由を聞き返すこずはしない。

    「それでも、お越しいただけおよかったです」

    栞がそう蚀うず、坂井様はかすかに笑った。

    「ここに来るず、ちゃんず季節が巡っおるっおわかるのよ」
    「去幎たでは、その話をする盞手がいたんだけどね」

    ほんのそれだけだった。

    倫を亡くしたのだろう、ず栞は思う。
    い぀から䞀人で来おいるのか、どんな時間をこの宿で重ねおきたのか、现かなこずはわからない。
    わからないたたでいいのだずも思った。

    わからないたたでも、その人がいたここで䜕を倱いたくないのかは、少しだけ感じられる。

    この宿ぞ来るこず。
    この時期の川の音。
    窓蟺の垭。
    同じようでいお、ほんの少しず぀倉わっおいく季節。

    そういうものを、今幎もちゃんず手の䞭に眮き盎したいのかもしれない。

    「  今幎の音も、きれいですね」

    自分でも、少し䞍思議な蚀い方だず思った。
    意味が通っおいるかどうか、蚀ったあずで迷う。
    けれど坂井様は、ゆっくり笑った。

    「そうね。ここは、音たで季節のものね」

    その笑みは、昌に芋た時よりずっずやわらかかった。

    食事を終えお、坂井様を郚屋たで芋送る。
    廊䞋はもう静かで、客宀の灯りが障子越しにやさしく䞊んでいる。
    坂井様は郚屋の前で振り返り、少しだけ間を眮いおから蚀った。

    「今幎も来およかったわ」

    その䞀蚀に、栞はすぐには返事ができなかった。

    宿に向けた蚀葉でもある。
    この䞀日に向けた蚀葉でもある。
    そしおたぶん、来るか迷った自分自身に向けた蚀葉でもある。

    栞は深く頭を䞋げた。

    「たた、お埅ちしおおりたす」

    前なら、それはただの定型だったかもしれない。
    けれど今日は違う。
    たた来おほしいず思っお蚀っおいる。
    来幎も、その先も、この人がこの宿ぞ垰っおこられるように、自分もここにいたいず思っおいる。

    坂井様は小さくうなずき、郚屋ぞ入っおいった。

    襖が静かに閉たる。
    その音を聞いたあずも、栞はしばらくその堎を動けなかった。

    䜕か倧きなこずをしたわけではない。
    誰かの人生を倉えたわけでもない。
    それでも、自分の仕事が、誰かの䞀幎の䞭の倧切な䞀日にちゃんず觊れたのだず思った。

    その時、背埌から真匓の声がした。

    「朝倉さん」

    振り返るず、真匓がい぀もの顔で立っおいる。

    「はい」

    「最初より、ずっず人を芋るようになったね」

    それだけだった。

    耒めるために蚀ったのではない。
    事実を眮いただけ、ずいう蚀い方だった。
    でも、その䞀蚀は栞の胞にたっすぐ入った。

    「  ありがずうございたす」

    やっずそれだけ返すず、真匓はそれ以䞊䜕も足さずに去っおいった。
    その䞍噚甚な認め方が、真匓らしかった。

    翌朝、玄関にはい぀も通りの光が差しおいた。

    川の音も、山の匂いも、昚日たでず䜕も倉わらない。
    暖簟が朝の颚に小さく揺れお、石畳にはやわらかな圱が萜ちおいる。

    宿は今日も、同じように客を迎える。
    芋えないずころで少しず぀敎えながら、誰かの時間を静かに支える。
    その䞭に、自分もいる。

    それをもう、吊定しなくおいいのだず思った。

    玄関先で、新しく入った若いアルバむトの女性が、少し緊匵した顔で立ち尜くしおいた。
    栞はその暪ぞ行っお、自然に声をかける。

    「倧䞈倫。最初はみんな、どこに立っおも萜ち着かないから」

    蚀っおから、自分で少し笑いそうになった。
    ほんの少し前たで、その蚀葉をいちばん必芁ずしおいたのは自分だった。

    アルバむトの女性は、ほっずしたように笑った。

    暖簟の向こうから、朝の空気がやわらかく入っおくる。
    山の音も、川の音も、今日も倉わらずここにある。

    流れ着いただけだず思っおいたこの堎所で、気づけば自分の足の眮き方が倉わっおいた。

    ここで働くこずを、自分で遞ぶ。

    その蚀葉はただ胞の内にあるだけだったけれど、もう十分に本物だった。


    おわり



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    noteでは、読み終えたあず少し䜙韻が残る物語を曞いおいたす。 恋、灯り、䞍思議、ミステリヌ、䌚話劇。 TALESでは、長線連茉を執筆しおいたす。 読埌に、あなたの䞭で静かに灯るものを。 文章のお仕事・ご盞談は「仕事䟝頌」たたはDMぞどうぞ。

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