
「大きな喜びを得ること」と「大きな悲しみがないこと」
最近、「大きな喜びを得ること」と「大きな悲しみがないこと」のどちらが幸せかを考えることがある。
学生時代は大きな喜びを得ることが人生の成功だと思っていた。大金持ちになるとか、何かで有名になるとか、好きなことで成功するとか。
でも、そんなものは凡人の私には起こり得ないことだと、ある時から悟った。残念ながら私はあまりにも普通なのだ。
そして、「大きな悲しみがないこと」が一番幸せなんじゃないかと思うようになった。
ありがたいことに、私は今大きな病気もなく、
両親も健在で、身近な友人もみんな元気だ。
年に一度、初詣の時だけ神にお願い事をするが、
歳を重ねるごとに「自分と自分の周りの人に大きい不幸がありませんように」と願うようになった。
多少の小さな不幸は人生なのでしょうがない。
受け入れる。
でも、自分も自分の周りの人も普通にいい人たちなのだから、大きな悲しみが訪れないといいなと思う。
大人になってからはそんなことを考えていたのに、
20代最後の年になって、人生に欲が出てきた。
「大きな喜びを得てみたい」と。
私は、人生で一度も「大きな喜びを得ること」に本気で挑戦したことがない。
あまりにも自分が平凡なので、挑戦する前から諦めていたからだ。
でも、挑戦するくらいなら、こんな私でもやる価値はあるのではないか?と、ふと思うようになった。
私にとっての「大きな喜びを得ること」は「自分の本を出版すること」。
小さい頃から文章を書くことが好きで、自分が書いた文章が本屋に並ぶのが夢だった。
でも、いまいち道のりが分からない。
とりあえず小説を書き始めた。賞に応募してみたい。
あと、このnoteを始めてみた。
ものすごい数の記事がある中で、私の記事が見つかるかは分からない。
それでも、1人でも読んでくれる人がいるなら始めた意味がある気がする。
そして、何十年かかってもいいので、死ぬまでに「大きな喜びを得ること」が叶ったら嬉しい。
でも、やっぱり「大きな悲しみがないこと」は最重要だ。
欲張りだろうか。
いや、誰しもそうだよね
「大きな悲しみ」が自分と自分の周りの人と、そして読んでくださった方に訪れないことを願っています。
そして、人生で一度くらい、「大きな喜びを得ること」もありますように。