
雨の先に願うこと
雨の中を、歩き続けているような人生だった。
幼い頃から、人前でうまく話せなかった。
声も小さくて、自分の意見を飲み込むことの方が多かった。
大学生になっても、それは変わらなかった。
就活は上手くいかず、グループディスカッションなんかは最悪で、
一言も話せずに終わる日もあったくらいには。
降り止まない雨の中を、
ただ闇雲に歩き続けてきた人生だった気がする。
そんな私が両親から授かったのは
「美しく晴れる」と書いて「みはる」という名前だった。
とても自分には似つかわしくない「美晴」という名前が、
私は心底嫌いだった。
名前を呼ばれるたびに「違います」「私じゃない」と
言いたくなるのを、何度も何度も飲み込んできた。
美しく晴れるどころか、私の空には、ずっと雲しかない。
小雨の日もあれば、叩きつけるような豪雨の日もある。
でも、濡れていることには変わりなかった。
ユーザーネーム「雨」のアカウントから、今日も投稿する。
「4月6日。今日の気分は霧雨。」
「4月7日。今日の気分は長雨。」
「4月8日。今日の気分は夕立。」
今日の気分を雨の種類で例える。
そんな投稿を、気づけば1年ほど続けていた。
ふとスマホに目を落とすと、珍しく通知が来ていた。
昨日の投稿に返信がついていた。
「雨さんの気分が、いつの日か美しく晴れますように。」
「これからも、見守っています。」
青天の霹靂だった。
誰かも分からない人から、”美しく晴れる”人生を願われたことが。
自分の人生に訪れることはないと思っていた
「美しく晴れる」瞬間を、知らない誰かが願ってくれた。
何度も呪ったその2文字から
その日、初めて温度を感じることができた。
悔しかった。
でも、ほんの少しだけ、救われた気もした。
4月9日。今日の気分は、雨のち、晴れるといいな。