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【実話】新しい生活−あの日、人生が終わったと思った。

    プロローグ

    これは、私の身に本当に起こった話です。

    公正証書の手続きが終わって、
    私はひとり、ビルの外に立っていた。

    これで終わるはずだった。

    元夫は、
    私の隣で淡々と手続きを終え、
    先に外へ出た。

    最後に何を話したのか、
    もう覚えていない。

    でも、
    後ろ姿だけは今でもはっきり覚えている。

    黒い、大きなリュック。

    あの人のトレードマークだった。

    その日も、
    黒いリュックを背負って、
    軽い足取りで歩いていった。

    私はこれから、
    幼い息子をひとりで育てていかなければいけない。

    どうやって生きていけばいいのか、
    何もわからなかった。

    なのに、
    あの人の背中は軽く見えた。

    まるで、
    ずっと背負っていた重い荷物を、
    ようやく下ろせた人みたいだった。

    私は駐車場へ向かった。

    涙で前が見えなかった。

    それでもあの時の私は、
    まだ思っていた。

    私が悪かったんだって。

    でも本当は、
    私は何も知らなかった。

    あの日が、
    私の知らない“新しい生活”の始まりだったことも。

    ⸻

    第1章 夫が消えた日


    2014年8月4日。

    あの日の朝は、
    本当にいつも通りだった。

    息子は二歳になる少し前。

    私はいつものように夫のお弁当を作り、
    「いってらっしゃい」と送り出した。

    あの朝が、
    家族三人で過ごす最後の朝になるなんて、
    思いもしなかった。

    夕方、
    夫からLINEが届いた。

    「もうムリ」

    このまま消えてしまうんじゃないかと、
    命の危険すら感じる内容だった。

    息子を抱えて、
    必死で家へ向かった。

    家のドアを開けた瞬間、
    違和感があった。

    そしてすぐに気づいた。

    夫の荷物が、なくなっていた。

    そこに残されていたのは、
    一通の手紙だけだった。

    私を責める言葉が並んでいた。

    「依存しすぎている」

    「一緒にいて休まる時間がなかった」

    あの時の私は、
    全部そのまま受け止めた。

    私が悪かったんだ。

    そう思った。

    突然いなくなった夫より、
    自分を責めた。

    どうしてもっと優しくできなかったんだろう。

    でも、そう思っていたのは私だけだった。

    家族は違った。

    「こんなの、おかしい」

    私は仕事に出ていた。

    家には誰もいなかった。

    その時間を知っていて、
    全部運び出したのだとしたら。

    それは衝動じゃない。

    最初から準備されていたことになる。

    「こんなこと、一人でできる?」

    そう言われても、
    私は考えたくなかった。

    “誰か”の存在なんて、
    1ミリも疑っていなかったからだ。

    私はただ、
    どうしたら夫が戻ってくるのか、
    それだけを考えていた。

    帰ってきてほしかった。

    家族に戻りたかった。

    本気でそう思っていた。

    あの時の私はまだ、
    終わったなんて思っていなかった。


    第2章 おやすみなさい


    突然消えたあの日から、
    私は毎晩LINEを送り続けていた。

    返事は来なかった。

    既読すら、つかなかった。

    私は本気で心配していた。

    あんなLINEを送ってきた人だ。

    ちゃんと生きているんだろうか。

    そればかり考えていた。

    息子の写真を添えて、
    毎日の成長を送り続けた。

    父親として見てほしかった。

    そして正直、
    少しでも心が戻ってくれたらと思っていた。

    最後には必ず、

    「おやすみ」

    と送った。

    返事は来なかった。

    後になって、
    姉から聞いた話がある。

    私たち家族が本気で心配していた頃、
    義兄が元夫の勤める美容室の近くで待っていてくれたらしい。

    ちゃんと生きているのか、
    確かめるためだった。

    姿を見て無事だとわかったあと、
    義兄は聞いたそうだ。

    「なんでだ?」

    そして、

    「女じゃないだろうな?」

    元夫は、
    泣きながら否定したらしい。

    「違います。違います」

    それを聞いて、
    私は安心した。

    そんなこと、あるわけないって。

    私はまだ、
    全部私たち夫婦の問題なんだと思っていた。

    どれくらい経ったのか、
    もう正確には覚えていない。

    でも、ある日。

    初めて既読がついた。

    それだけで、
    心から安心した。

    そして、しばらくして。

    初めて返ってきた。

    「おやすみなさい」

    たったひと言だった。

    でも、
    涙が出るほど嬉しかった。

    繋がった。

    完全に切られたわけじゃなかった。

    それだけで、
    救われた気がした。

    そのひと言で、
    また希望を持ってしまった。

    もしかしたら。

    少しずつ、
    戻れるかもしれない。

    そう思ってしまった。

    でも、
    あの時の私はまだ知らなかった。

    この小さな希望が、
    この先もっと深く私を苦しめることになるなんて。


    第3章 希望を見せられて


    夫が突然いなくなってから、
    どれくらい経ったのか。

    あの頃の私は、
    時間の感覚すらよくわからなくなっていた。

    途切れ途切れの睡眠で朝を迎え、
    目が覚めるたびに思った。

    また1日が始まる。
    どうやって今日を生きよう。

    息子を起こして。

    ごはんを食べさせて。

    着替えさせて。

    笑いかけて。

    眠らせて。

    毎日、
    ただそれを繰り返していた。

    でも。

    「おやすみなさい」が返ってきてから、
    私はまた希望を持ってしまった。

    そして、家を出てから9ヶ月後。

    夫から、
    息子に会いたいと連絡がきた。

    突然だった。

    2015年5月。

    公園だった。

    9ヶ月ぶりに会う父親。

    息子は、
    覚えているんだろうか。

    そんな心配は、
    一瞬で消えた。

    息子は、
    何事もなかったみたいに笑った。

    夫も笑った。

    9ヶ月会っていなかったとは思えないくらい、
    自然だった。

    その姿を見て、
    私は泣きそうになった。

    やっぱり父親なんだ。

    そう思った。

    そして、
    また期待してしまった。

    そこから少しずつ、
    “家族みたいな時間”が増えていった。

    3人で公園に行った。

    ディズニーにも行った。

    友人の結婚式にも出席した。

    息子の七五三の写真も、
    3人で撮った。

    お正月は、
    お義母さんと、
    元夫のお姉さん家族と一緒に過ごした。

    みんなでごはんを食べて、
    たくさん笑った。

    どう見ても、
    家族だった。

    だから、
    期待してしまった。

    でも。

    その希望は、
    あまりにもあっけなく壊れる。

    お正月を一緒に過ごして、
    たった3週間後だった。


    第4章 知らない人になっていた


    お正月を一緒に過ごしてから、
    3週間後。

    夫から、
    連絡がきた。

    「2人で話したい」

    本当は、
    その日も3人で会う予定だった。

    でも、
    その言葉で空気が変わった。

    嫌な予感はしていた。

    けれど、
    まさかこんな話だとは思っていなかった。

    そこで突然、言われた。

    「もう離婚しか考えられない」

    じゃあ、
    あの時間は何だったの?

    ディズニーは?

    七五三は?

    お正月は?

    なんの時間だったの?

    その場で、
    もう考えは変わらないんだとわかった。

    本当に卑怯で酷いやり方だと思った。

    でも、
    諦められなかった。

    息子を、
    父親のいない子にしたくなかった。

    それからしばらく、
    3人で会うことはなくなった。

    息子が体調を崩した時、
    私は連絡した。

    父親として、
    気にかけてほしかった。

    でも、
    返事は来なかった。

    それでも私は、
    まだ諦めきれなかった。

    息子の入園式が近づいた時、
    私は聞いた。

    「一緒に行ける?」

    返事が来たのは、
    前日だった。

    「行く!」

    その文字を見て、
    私はまた期待してしまった。

    2016年4月1日。

    3人で入園式に行った。

    肩車をしてもらって、
    嬉しそうに笑う息子。

    その姿を見てしまったら、
    “もう終わり”なんて思えなかった。

    やっぱり、
    父親なんだって思った。

    入園式のあと、
    私は長いLINEを送った。

    息子がどれだけ父親を求めているか。

    このまま父親のいない環境で育てる不安。

    自分にも悪かったところがあること。

    全部、伝えた。

    でも。

    返事は最後まで来なかった。

    そして。

    2016年12月。

    突然、LINEが届いた。

    ⸻

    「僕の気持ちは、もう離婚でしか前に進めないと思っています」

    「これから先、ういかさんと一緒にやっていく事は無いです」

    「来週の火曜日は休みかな? 届けを持って伺います」

    ⸻

    どうして急に?

    どうしてそんなに急ぐの?

    私は返した。

    もう少し落ち着いて話してほしい。

    2年以上拒絶され続けて、
    今いきなり急がされても気持ちが追いつかない。

    そう伝えた。

    すると、

    「僕はもう職場の人にも知られている」

    そのあと、

    「ごちゃごちゃ言ってる職場の人、全員殺してやろうかと思った」

    さらに、

    「僕がこの世からいなくなれば」

    そんな言葉まであった。

    怖かった。

    昔、
    私が好きだったあの人は、
    もうどこにもいなかった。

    話し合える相手じゃない。

    そう思った。

    それでも私は、
    最後まで揺れていた。

    息子から父親を失わせたくなかったから。

    でも、
    どこかでわかっていた。

    もし戻れたとしても、
    もう幸せにはなれないって。

    だから私は、
    離婚に同意した。

    それでも最後に聞いた。

    今後、
    息子とはどう関わっていくつもりなのか。

    返ってきたのは、

    「月1では会っていこうと思います」

    私は確認した。

    それは、
    会いたいのか。

    それとも、
    義務なのか。

    返ってきた答えは、

    「義務が近いです」

    ……やっぱりな。

    それでも私は、
    父親としての気持ちだけは残っていると信じたかった。

    息子のことだけは、
    愛してくれているって。

    でも。

    その最後の希望が、
    そのひと言で切れた。

    義務。

    その言葉が、
    あまりにも冷たかった。

    ちゃんと向き合わず。

    逃げて。

    曖昧な希望だけ見せて。

    こっちだけ苦しませて。

    その瞬間、
    全部なくなった。

    そんな気持ちで息子に会うくらいなら、いらない。

    中途半端な義務なら、いらない。

    いない方が、何倍もいい。

    あんなに戻りたかったのに。

    あんなに家族でいたかったのに。

    必死に繋ぎ止めてきた気持ちが、
    その時、ぷつんと切れた。

    これで、終わるんだと思った。


    第5章 証拠はなかった


    離婚したのに、
    私はしばらく旧姓に戻せなかった。

    とにかく、
    離婚したことを知られたくなかった。

    “離婚した人”という目で見られることが、
    怖かった。

    だから私は、
    親友にも、
    誰にも言えなかった。

    息子を育てて、
    毎日を回すことで精一杯だった。

    そんな中、
    離婚して初めて迎える息子の誕生日。

    2017年9月。

    ある日、
    プレゼントが届いた。

    息子が喜びそうな、
    ラジコンだった。

    でも、
    送り主の名前はどこにもなかった。

    もしかして。

    そう思った。

    もし元夫が送ってくれたんだとしたら。

    息子のことを、
    ちゃんと想ってくれていたんだって。

    そう思って、嬉しかった。

    だから私は、
    LINEを送った。

    ありがとうって。

    本当に素直に、
    お礼を伝えた。

    その時の私は、
    まだ信じていた。

    父親としての気持ちは、
    少しは残っているんじゃないかって。

    でも。

    2018年11月。

    離婚して1年以上経って、
    私はようやく、
    職場の同僚に離婚していたことを打ち明けた。

    するとその子が、
    少し言いづらそうにスマホを見せてきた。

    「……ういかさん。
    これって、やっぱり元旦那さんですか?」

    画面に映っていたのは、
    インスタに投稿されていた結婚式の写真だった。

    一瞬、
    何を見ているのかわからなかった。

    相手の女性に、
    見覚えがあった。

    元夫の職場の後輩だった。

    その美容室のオーナーに頼まれて、
    私はその子に着付けを教えていた。

    1対1で。

    しかも。

    日付を見て、
    息が止まった。

    2017年10月。

    ……え?

    待って。

    離婚して、
    8ヶ月後。

    元夫は、

    入籍じゃない。
    結婚式を挙げていた。

    正直、
    その瞬間思った。

    ……絶対クロじゃん。

    離婚して、
    たった8ヶ月後。

    それを見て、
    離婚してから始まったなんて思えるはずがなかった。

    別居していたとしても、
    まだ離婚はしていなかった。

    それはもう、
    裏切りだと思った。

    もちろん、
    証拠はなかった。

    ただ、
    証拠がないだけだった。

    でも。

    正直、
    少しホッとした気持ちもあった。

    私は、
    ずっと思っていたから。

    私が、
    この人を幸せにできなかったんだって。

    だから。

    もし、
    あの人がもう一度幸せを見つけたんだとしたら。

    それなら、
    よかったのかもしれないって。

    そう思った。

    そう思うことで、
    自分を少しだけ許してあげたかったのかもしれない。

    一通りの感情が落ち着いたあと、
    私は同僚に聞いた。

    「なんでこの投稿に辿り着いたの?」

    するとその子は、
    あっさり言った。

    「この女、私の元カレと友達なんです。」

    「だから繋がってて。」

    世の中って、
    本当に狭い。

    そう思った。

    そして、
    もうひとつ思った。

    この人と同じ苗字でいたくない。

    心の底から、
    そう思った。

    2018年11月にそれを知って。

    翌年、
    息子が小学校に上がる。

    このタイミングがベストだと思った。

    私は裁判所に通い、
    旧姓に戻した。

    私は、
    それで自分の中で終わらせようとしていた。

    あの日が、
    “始まり”だったなんて知らずに。


    第6章 新しい家族


    2021年。

    私は再婚した。

    知人の紹介で出会った人だった。

    彼もまた、
    傷を持っている人だった。

    元奥さんの裏切りで、離婚していた。

    娘さんにも、
    思うように会えなかった。

    父親なのに、
    会いたくても自由に会えない。

    そんな苦しさを知っている人だった。

    それでも彼は、
    娘さんのことをずっと大切に想っていた。

    将来、娘さんに渡せるように、
    娘さん名義で積み立てもしていた。

    会えないから終わり、
    じゃなかった。

    息子にも、
    こんなふうに想ってくれる父親がいたらよかったのにって、
    何度も思った。

    そんな彼が、
    私だけじゃなく、
    息子ごと家族になることを選んでくれた。

    養子縁組もした。

    本当に、
    救われたと思った。

    あんなに、
    壊れかけた家族を必死で繋ぎ止めようとしていたのに。

    しがみつかなくてよかったと心から思えた。

    だから私は、
    元夫に連絡をした。

    再婚したこと。

    養子縁組をしたこと。

    そして、
    養育費のこと。

    それに元夫からは、
    「再婚したら連絡してほしい」
    と言われていた。

    養子縁組をしたら、
    もう養育費を払う必要がなくなることは、
    私もわかっていた。

    でも。

    そんな簡単に、
    “もう終わり”って片付けられるものじゃなかった。

    養育費は、
    私にとって、
    ただのお金じゃなかった。

    息子と実の父親を繋ぐ、
    最後の細い糸みたいなものだった。

    せめて。

    罪悪感でもいい。

    責任感でもいい。

    “せめてこれだけは”っていう気持ちが、
    少しでも残っていてほしかった。

    息子の父親は、
    そういう人であってほしかった。

    それが、
    私の最後の願いだった。

    元夫の返信は、
    一見、丁寧だった。

    再婚を祝う言葉もあった。

    でも。

    読んでいて、
    私は感じていた。

    これ以上、
    息子との繋がりを持ちたくないんだろうなって。

    正当化するような言葉だけが並んでいて、
    そこに父親としての気持ちは感じなかった。

    私は思った。

    同じ父親でも、
    こんなにも違うんだって。

    会えなくても、
    想い続ける人。

    最後の繋がりすら、
    断ち切ろうとする人。

    それでも。

    これで本当に終わりなんだと思っていた。

    でも、終わってなんていなかった。


    第7章 全部、嘘だった


    この日、
    私はすべてを知ることになる。

    職場で、
    あの結婚式の写真を見せてくれた同僚が言った。

    「もう、ういかさん大丈夫そうだから言うね」

    見せられたのは、
    元夫の今の奥さんのTwitterだった。

    次の瞬間。

    息が止まった。

    そこにあった投稿の日付は、

    2014年8月4日。

    元夫が、
    私と息子を置いて家を出ていった日だった。

    投稿には、
    こう書かれていた。

    ⸻

    「この1年ほんと色んなことがあったけど、今日から新しい生活がスタートしました!うん!がんばる!」

    ⸻

    ……え?

    意味がわからなかった。

    その日は、
    私の人生が壊れた日だ。

    夫が突然いなくなって。

    何が起きたのかわからなくて。

    地獄に落ちたあの日だ。

    その日に。

    あの人たちは。

    “新しい生活”を始めていた。

    手が、震えた。

    スマホを持つ手が、
    自分のものじゃないみたいだった。

    頭の中で、
    今までの出来事が、
    ぐちゃぐちゃに繋がっていった。

    そして。

    もうひとつ。

    「この1年ほんと色んなことがあった」

    ……1年?

    2014年8月4日から1年前。

    2013年。

    息子が、
    初めてのお誕生日を迎える直前だった。

    私たちは、
    息子のために。

    2人で

    似顔絵を描いたり。

    パーティー用の帽子を作ったり。

    普通に笑っていた。

    ちゃんと家族をしていると思っていた。

    その頃から…?

    そして。

    全部が繋がった。

    あの日。

    義兄が、
    元夫の勤める美容室の近くまで行ってくれた日。

    ちゃんと生きているのか、
    確かめるために。

    その時、
    義兄は言っていた。

    「女と帰ってたぞ」

    でも元夫は、
    泣きながら否定した。

    「違います。女関係じゃありません」

    私は、
    信じた。

    でも今ならわかる。

    同じ場所に帰るなら、
    一緒にいるのは当たり前だった。

    その女の前で。

    私の家族の前で。

    泣きながら。

    “女じゃない”って言っていたんだ。

    弱い男だと思った。

    そして。

    気づいてしまった。

    そのTwitterは、
    鍵もついていなかった。

    誰でも見られる状態だった。

    あの投稿たちは、
    ずっとそこにあった。

    もし、私が離婚前に見つけていたら。

    自分が悪かったんだって、
    何年も苦しまなかった。

    息子のために、
    もっとちゃんと戦えたかもしれない。

    悔しかった。

    悔しくて、
    たまらなかった。

    誰でも見られる場所に、
    ずっと残していたあの投稿は、
    歪んだ優越感にしか見えなかった。

    私を悪者にして。

    自分を被害者みたいにして。

    命をほのめかして。

    私の罪悪感を利用して。

    あの日のLINE。

    「もうムリ」

    命を絶ってしまうんじゃないかと、
    本気で心配した。

    毎晩送ったLINE。

    既読がついた時の安心。

    “おやすみなさい”のひと言に、
    涙が出るほど救われたこと。

    全部。

    全部。

    感じる必要のなかった感情だった。

    私は必死だったのに。

    まるで、
    バカにされていたみたいだった。

    公正証書の日。

    黒いリュックを背負って、
    去っていった背中。

    今思えば、
    それはそれは軽い足取りだったに違いない。

    私は、
    何を見ていたんだろう。

    何を信じていたんだろう。

    大好きだった
    あの人との10年の何が本当だったのか、わからなかった。

    最初から、
    本当の姿を
    知らなかったのかもしれない。

    あの日、
    私が家族を壊してしまったんだと
    思っていた。

    でも違った。

    壊されていたことを、
    7年越しに知ったんだ。


    第8章 返ってこなかった答え


    全部を知ったあと。

    私は、
    最後に元夫へLINEを送った。

    本当に最後だから。

    謝ってほしかった。

    私のためだけじゃない。

    息子の父親として。

    人として。

    言うべき言葉があると思った。

    私は伝えた。

    全部を知っているということ。

    そして、
    謝罪の言葉がほしいこと。

    最後に、
    こう書いた。

    「もし、この返事に対しても今までのような言葉を突きつけてくるのであれば、何も返さないでください。」

    待った。

    正直、
    期待していた。

    全部知った上で送った言葉だから。

    せめて。

    ひと言くらい。

    謝罪でも。

    後悔でも。

    人としての言葉が、
    返ってくるんじゃないかって。

    でも。

    返信は、ありませんでした。

    何も。

    本当に、
    何も。

    その時、
    やっとわかった。

    最後まで、
    この人は向き合わないんだって。

    逃げるように家を出ていって。

    最後まで、
    逃げたままの人だった。

    私は、
    最後まで期待してしまっていた。

    ちゃんと終わらせたかった。

    でも。

    それすら、叶わなかった。


    最終章 私の新しい生活

    7年越しに、
    真実を知った。

    あの日、
    突然終わったと思っていた私の人生は。

    最初から、
    私の知らないところで壊されていた。

    そう知った時。

    苦しかった。

    悔しかった。

    でも。

    やっと、
    全部を自分のせいにしなくていいんだと思えた。

    ずっと抱えていた罪悪感を、
    少しだけ下ろせた気がした。

    もちろん、
    許せるわけじゃない。

    でも。

    あの経験があったから、
    今の私がいる。

    そして。

    はっきり言えることがある。

    今の自分の方が、
    あの頃の自分より
    ずっと好きだということ。

    そしてもうひとつ。

    今の私があるのは、
    人に恵まれていたからだということ。

    人は、
    絶対にひとりでは生きていけない。

    心から、
    そう思う。

    あの地獄みたいな日々を、
    生きてこられたのは。

    父、母、姉、義兄。

    家族がいてくれたから。

    私と息子を、
    ずっと守ってくれていた。

    もしあの時ひとりだったら。

    私は生きてこれなかったと思う。

    それくらい、
    ギリギリだった。

    そして。

    今の旦那さん。

    息子の父親になってくれたこと。

    それが、
    どれだけすごいことか。

    今なら、
    よくわかる。

    実の親子でも、
    父と息子って難しい。

    それなのに。

    小さかった息子も、
    今は中2になった。

    優しい子だけど、
    思春期らしい難しさもちゃんとある。

    私は、
    実の母親だから感情のまま怒れる。

    でも、
    今の旦那さんはきっと違う。

    実の父親じゃないからこその、
    葛藤や、悩みや、
    飲み込んでいる気持ちが
    きっとたくさんあると思う。

    最初に持ってくれた覚悟より、
    ずっと難しくなっているはずなのに。

    それでも、
    家族でいてくれている。

    守ってくれている。

    時には、
    私より息子のことを考えてくれている時もある。

    本当に、
    感謝しかない。

    心から尊敬しています。

    そんな今だからこそ、
    わかることがある。

    家族って、
    血のつながりだけじゃないんだって。

    大切な人の、
    大切な人だから。

    大切な人になる。

    少しずつ、
    本当の家族になっていく。

    私はずっと、
    “血がつながっていること”に
    意味があると思っていた。

    だから、
    あんな関係でも
    繋ぎ止めようとしていた。

    でも今は違う。

    血のつながりよりも、
    深くて強い絆があることを知った。

    血がつながっていないからこそ、
    できあがる関係もあるんだって。

    そしてもうひとつ。

    前の結婚で、
    私はひとつ大きなことを学んだ。

    子どもが生まれると、
    夫婦の形は変わるということ。

    もちろん、
    愛情がなくなったわけじゃない。

    でも私は確実に、
    “妻”より“母”になっていた。

    元夫のことを、
    ちゃんと見れていなかったと思う。

    あの頃の私は、
    家族を守ることに必死で、
    夫婦でいることを忘れていた。

    だからこそ、
    今の旦那さんとの関係で
    大切にしていることがある。

    私は、
    母親としてだけじゃなく、
    ひとりの女性として、
    ちゃんと旦那さんを好きでいること。

    旦那さんも、
    夫婦でいることを大切にしてくれる。

    「パパ、ママって呼び合うと、
    夫婦じゃなくなっちゃうからよくないんだって」

    そう言ってくれた時。

    私は、うれしかった。

    夫婦としての関係も、
    同じように大切にしたいと思ってくれているんだって。

    それが、
    すごくうれしかった。

    夫婦こそ、
    もともとは血のつながらない他人同士。

    だからこそ。

    人としてどう関わるのか。

    そこにある思いやりを、
    おろそかにしてはいけないんだって。

    前の結婚があったから、
    私はそれを知れた。

    今までの私の中にはなかった、
    すごく大切なものを
    自分の中に持てるようになった気がしている。

    そして今。

    守る側だったはずの私が、
    気づけば息子に救われていることがたくさんある。

    ずっと、
    気になっていたことがあった。

    息子は、
    実の父親のことを覚えているんだろうかって。

    離婚してから、
    一度も
    その話をしたことはなかったから。

    でもこの前。

    中2になった息子に、
    思いきって聞いてみた。

    「覚えてる?」

    って。

    答えは、

    「覚えてない」

    だった。

    私は、
    正直ホッとした。

    覚えていてほしくなかったから。

    もし覚えていて、会いたいって言われたら。

    私は、
    どうしたらいいのかわからなかったから。


    私の選択で、
    この子にはたくさんの変化を経験させてしまった。

    3つの苗字を経験させた。

    しなくてよかった苦労も、
    きっとたくさんあったと思う。

    今のお父さんとの関係で、
    見えないところで気を遣ったり、
    言えなかった気持ちもあったと思う。

    それでも。

    息子は、
    私の人生に
    ひとつも文句を言わず、
    ずっと一緒に生きてくれている。

    実の父親と会えないことも。

    今のお父さんとの生活も。

    全部ひっくるめて。

    この子は、
    私なんかよりずっと強くて、
    ずっと優しい。

    そして。

    京都の事件をきっかけに、
    SNSでは、

    シングルマザーの恋や再婚を、
    まるで悪いことのように言う声で溢れていた。

    それを見て、
    私は苦しくなった。

    自分が責められているような気持ちになって、

    怖くなって聞いてみた。

    「幸せ?」

    そしたら息子は、
    少しも迷わず。

    「幸せだよ‼︎なんで?☺️」

    って。

    あぁ。

    間違っていなかったんだ、って思えた。

    あの日。

    息子とふたりで、
    どう生きていけばいいのかわからなかった私に。

    今は、
    にぎやかな家族がいる。

    双子の娘たちという、
    神様からの最高の贈り物まで来てくれました。

    あの頃の私には、
    想像もできなかった未来です。

    2014年8月4日。

    私は、
    人生が終わったと思った。

    息子を抱えて。

    どうやって生きていけばいいのかもわからなくて。

    泣きながら、
    立ち尽くしていた。

    でも。

    終わっていなかった。

    あの日、
    終わったんじゃない。

    あの日から、
    私の本当の人生が始まったんだ。

    あの時の私に、
    言ってあげたい。

    息子を抱えて、
    泣いていた私に。

    大丈夫。

    あなたが必死に守ったその子は、
    ちゃんと幸せって笑ってるよ。

    あなたも、
    ちゃんと幸せになれてるよ。

    だから。

    もう、
    自分を責めなくていい。

    あの日、終わったと思った人生は。

    終わりじゃなくて、
    私の新しい生活の始まりだったんだよ。


    最後に…

    ドラマみたいな本当の話がある。

    元夫が、
    離婚から8ヶ月後に挙げた結婚式。

    実は。

    今の旦那さんは、
    そこに出席していた。

    もちろんあの時、
    私と出会うなんて思ってもいなかった。

    会ったことも話したこともない。

    でも、
    私たちのことは知っていたらしい。

    “不倫されて捨てられた奥さんと、その息子”

    として。

    心配してくれていたみたいです。

    そんなこと、ある?って私も思います。

    でも、
    本当なんです。

    あの時。

    私の人生と、
    今の旦那さんの人生が。

    もう、どこかで交差していた。

    人生って、
    本当にわからない。

    ドラマみたいだけど。

    本当の話なんです。


    #創作大賞2026 #エッセイ部門 #体験談

     
     
    傷ついた過去も、私の物語。 自分を責め続けた先で、 やっと「私の人生、いいな」と思えた。 家族|再婚|ステップファミリー|心の再生

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