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あの日、食べられなかったケーキ

    私が小学生の時の話だ。


    「ここのケーキ、おいしいの。」

    母がそう言って、
    私をあるレストランへ連れて行ってくれた。

    何かの集まりで利用したことがあり、
    「今度はういと一緒に食べよう」
    と思ってくれていたらしい。

    でも、その日私はお腹が痛かった。
    いや、正確に言うと
    レストランに着いた途端痛くなった。

    子どもの頃の私は少食で、
    外食は「食べきれなかったらどうしよう」
    という不安が大きくて苦手だった。


    この日も大好きなケーキを目の前にしても
    不安感の方が勝ってしまい、
    2口、3口となんとか口に運ぶことができたけれど
    ついにはぱんぱんにお腹が張ってしまって
    座っていることもできなくなってしまった。

    長いソファ席に横になっていると、
    お店の人が心配そうに近寄ってきた。

    「ケーキを食べて具合が悪くなっちゃいましたか?」

    「違うんです。
    もともとお腹が痛かっただけなんです」

    母がそう説明してくれた。

    「せっかく作ってくれた人に心配をかけてしまった」
    という申し訳なさと、
    その方の表情を今でも鮮明に覚えている。

    ほとんど口をつけていないケーキは
    母が食べてくれた。

    食事を終え、
    お会計を済ませたあと、母が聞いた。

    「病院行く?」

    私は「大丈夫」と答えた。

    本当に具合悪いときは、
    本人である私はもちろん
    母にもわかる。

    この日は「せっかくここまで来たから」と
    そのままウィンドウショッピングをすることにした。

    立ち寄った雑貨屋さんで、
    可愛い文房具やシールを見ているうちに
    不思議なくらい元気になってしまった。

    子どもを産んだ今ならわかる。
    子どもって、そんなものだ。

    でも、この日からずっと、
    この出来事が心にささくれとして残っていて
    ちっとも治らない。


    最近になって、
    この話を母にしてみた。

    「あの時さ、レストランで私、
    お腹痛くなって全然食べられなかったじゃん。」

    母は笑って言った。

    「え?〜全然覚えてない。そんなことあった?」


    私は拍子抜けした。
    私にとっては、何十年も忘れられなかった出来事なのに。
    母にとっては、覚えていないくらい小さな出来事だった。

    普通ならここで心が軽くなるのだろう。
    でも、私の中では終わらなかった。

    あの時ケーキ、食べたかったな。
    母と「おいしいね」って言いたかったな。


    今さらどんなおいしいケーキを食べても、
    あの日の代わりにはならない。
    あの日のケーキは、もう二度と食べられない。

    だから、この後悔は一生消えないものだと思っていた。


    でも、ふと思った。

    私はずっと、
    「母をがっかりさせてしまった」と思っていた。
    「料理した人に悪いことをした」と思っていた。

    でも母は、その出来事を覚えていなかった。
    あくまで、何十年子育てをしてきたうちの
    ひとつの「日常」に過ぎなかったのだ。

    きっとレストランの方にとっても同じで、
    私のことは何人も来る客のうちの一人に過ぎず、
    1日経てば忘れてしまうようなささいな出来事だったはずだ。

    それに、
    あの日のお腹の痛みは私のせいじゃない。
    小学生の私は、本当に具合が悪かったし、
    精神的なものなのだから、どうすることもできない。

    誰にも責められていない出来事を、
    私だけが、何十年も一人で責め続けていた。


    もう、自分を許してあげよう。

    ねぇ、お母さん。
    あの日はケーキを食べられなくてごめんね。
    お母さんは覚えていないけれど
    おいしいケーキを食べさせたいって思ってくれたこと、
    私はちゃんと、ずっと覚えてるからね。

    あの日食べられなかったケーキを、
    母と食べることは叶わない。

    でも
    これは後悔の思い出なんかじゃなくて、
    母から愛情を貰った温かい思い出として
    大事に持っておこうと決めた。


     
     

    うい

     
     
    40歳になりました。 峰不二子化プロジェクト無事完走。 引き続き、等身大の自分磨きを発信しています

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